第57話 エドウィンの迎え
エアデーン王国からやって来たセントレナード公爵エドウィンを出迎えたのは、ジーラント帝国総督となり全権を担う帝国第三皇子ヴィクトルだった。
エドウィンは、下船すると港湾検査場で働く息子に会いに行った。
遠目に見る息子は、大きく逞しく、立派な若者になっていたが、少し、いや、かなり汚ない帝国語を話し、荷物の持ち主とお互いに掴みかかる寸前のやり取りをしていた。
『タルール産の農作物は毒を含むので、持ち出し禁止なんですよ。アレクシスは、どんなに上手く隠しても見つけ出してしまう』
横でヴィクトルが苦笑しながらエドウィンに説明した。
エドウィンはアレクシスの邪魔をせず、そのままリゼットのいる王国大使公邸へ向かった。
エドウィンは、成長し、ますます母親にそっくりに美しくなったリゼットと、抱き合って再会した。
一緒にロナルドの墓前に花を手向け、彼女の哀しみが少しでも癒えるよう、ゆっくりと話を聞いた。
息子から彼女は放心状態で、十分にケア出来ていないと聞かされていたが、少しは落ち着いてきているようだった。
そしてリゼットが王国へ戻る手配は整えてきたと説明した。
***
エドウィンは、亡き親友の忘れ形見のリゼットを、自身の養女として保護下に置きたかった。
しかし、そうするとアレクシスの妹になってしまい、将来の結婚時に支障が出る。
そこでエドウィンは、リゼットがジンシャーンに来る前に預けられていたという、彼女の亡き母の実家のレイマーフォルス子爵家を訪ねた。
ヴォリアーシャ地方のグレーンフィーン領に程近い町に、小さな領地を持つリゼットの母親の兄夫妻は、すでに家督を息子に譲り、引退していた。
エドウィンは、彼らが引退後に移り住んだという、所領の外れの高台にある小さな別荘に向かった。
リゼットの伯父夫妻は、そこでのんびりと自給自足のような暮らしを楽しんでいた。事情を話すとリゼットを養女として、喜んで迎えると言ってくれた。
エドウィンは、亡き親友ロナルドの娘のリゼットの後見人となり、グレーンフィーン家の領地を、セントレナード公爵家の預りとした。
そして、リゼットが十八才の成人後に、領地を彼女に返却し、彼女がグレーンフィーン伯爵と名乗れるよう手続きをしたことを伯父夫妻に説明した。
……そこまでリゼットに説明したところで、エドウィンは言葉に詰まった。
エドウィンは、リゼットが息子アレクシスの婚約者であることは、彼女の伯父夫妻には伝えなかった。
アレクシスは王国では存在を無視されている。さらに、この後帝国に渡る予定だ。
息子が王国を不在にしている間は、王家のゴタゴタに彼女を巻き込むわけにはいかなかった。
エドウィンは少し憂い顔になってしまったのを、リゼットが心配そうな顔で見つめてきたので、慌ててごまかした。
「レイマーフォルス前子爵の別荘は素敵なところだったよ。リゼットも気に入ると思うよ。もちろんクラヴィアも運ばせるからね」
そう明るく言って、リゼットを安心させるように微笑んだ。
***
リゼットはエドウィンに感謝の言葉を伝えた。
思えば、ジンシャーンの家や学校の設備を、リゼットの為に整えてくれたのもエドウィンだった。
だが話の中で、さらりと説明されたことが気になった。
「あの……、グレーンフィーン領をおじ様が預かっておいてくださるって……」
「ああ、エアデーン貴族は、王族もそうだが、男女関係なく爵位は祝福の力の強い者が継承する。リゼットの場合は、もともとグレーンフィーンはリゼットだけだからね。リゼットが継承するんだ。形式的には、成人になるまでは、私が後見人になって預かっておくから……」
「でも私、領地管理のこととか、何にも知らないんですけど……」
リゼットは、生前の父ロナルドから、自分は名ばかり伯爵で、領地の管理も執事のハースマンまかせだと聞いていた。
「うん、普通は女子が継承した場合は婿取りをして、領地管理は婿の仕事になるんだけどね……」
リゼットには、アレクシスがあの小さなグレーンフィーン領の領地管理をする姿が、全く想像できなかった。
「でも、アレクシスは王子様ですよね? そんな田舎の領主の仕事をしてもらうのは……」
「そうだな……。そこはホラ、アレクシスが何とかするだろう! 今だって執事のハースマン氏に、任せっぱなしだし。将来は、アレクシスの後を継がなかった子どもに与えることも出来るし……」
それを聞いて、リゼットはちょっとだけ安心した。
「でも、アレクは王都に帰るなら、なかなか会えなくなりますね」
何気なくリゼットは呟いた。エドウィンは、おや? と思いながら答えた。
「ん? アレクシスは帝国に行くつもりらしいぞ? 引き続き帝国の食料問題に取り組むとかで……」
「……聞いてない。私……」
エドウィンは慌てて口を押さえた。
──アレクシスのやつ、こんな大事なことをリゼットに説明してなかったのか!
エドウィンは、リゼットに優しく語りかけた。
「アレクシスはロナルドとの約束で、リゼットを帝国には連れていけないから、私に保護を頼んで来たんだ」
「お父様との約束?」
「そう。帝国はタルールと逆で、夏の間はまだいいが、冬はかなり寒さが厳しい。普通の王国人は、数時間で低体温症になって、下手すれば死んでしまうからね」
「タルールの逆……」
温暖な王国と、亜熱帯のジンシャーンしか知らないリゼットには、数時間で死んでしまうという寒さが想像つかなかった。
「ロナルドはリゼットをタルールに連れて来たことを、君が倒れる度に後悔していた。私もロナルドから、将来は二人がエアデーン王国に住むことを条件に、婚約を認めた……と聞いたよ」
「……婚約にそんな条件があったなんて、知らなかった……」
そもそもリゼットが、生死の境をさ迷うような熱中症にかかった後に、勝手に決められていた婚約ではあったのだが、婚約後も二人からそのような条件があるとは聞かされなかった。
──当事者なのに、扱いがひどすぎる……。
そんなリゼットの気持ちに気付いたのか、エドウィンは優しく慰めた。
「ロナルドもアレクシスも、リゼットのことが心配だったんだよ。アレクシスも、帝国にタルールを放棄する選択をさせたんだ。良い仲間にも巡り会えたようだし、彼らのためにも、このまま投げ出す訳にはいかなかったんだろう。リゼット、アレクも苦渋の決断なんだ。出来れば分かってやって欲しい」
そう言われて、リゼットはコクリと頷きながら、ちょっと想像してみた。
父ロナルドを喪って、アレクシスとも遠く離れて、引退生活を送る伯父夫妻のところに行く自分……。
優しい伯父と伯母である。だけど、その他に誰も知り合いがいない。昔遊んだことのある友達がいるにはいるが、もうどの顔も今ではあまりよくは覚えていない。
帝国に行くというアレクシスは、いつ戻って来るのだろう。
リゼットが十八才になるまでに彼が戻って来なかったら、どうなるのだろう……。
──そもそも「実は王子様と婚約しています」と他の人に言えるの?
プロポーズの言葉も、婚約指輪も何もないのに……。
エドウィンは考え込んでしまったリゼットの肩を、優しく抱き締めた。
「そうだな。夏になったら、リゼットがジーラント帝国にいるアレクシスに会えるようにしてあげるよ」
「本当ですかっ?」
リゼットはパッと顔をあげた。
「ああ。夏の帝都は避暑には最高だ。ジーラント帝国語は話せるようになったかな?」
『私、ここでヴィクトル殿下とタルール人との間で、通訳の仕事をしていたんです』
リゼットは帝国語で答えた。
「ほぅ! 王国人でもそこまで流暢に帝国語を話す者は、なかなかいないよ。大したもんだ! アレクシスと結婚するんなら、役に立つから忘れないように、王国に戻っても勉強を続けておくんだよ」
「はい! 私、離れていても、アレクシスに手紙を書くわ!」
すると、エドウィンは「あー」と言って、少し遠い目をした。リゼットがキョトンとしてると、
「アレクが何故言葉を声に出さずに、思念通話ばかりするか知ってる?」
リゼットは首を横に振った。
アレクシスはリゼットと話すときは、殆ど思念通話だ。ジーラント人は思念受信が出来ないから、帝国語で声に出して話すけど……。
「アレクはね、母親がジーラント人だから、最初に覚えたのは帝国語なんだよ。で、次に覚えたのが、思念通話だ。王国語はずっとカタコトのままだった。結局、セイレーンとなってから、転記して覚えたらしい」
「セイレーンとなってから? ダウンロード?」
リゼットにはよく分からない用語が出てくる。
リゼットがポカンとしていると、エドウィンは「……アレクめ、そこも教えてないのか」と、また口を押さえながら、ブツブツ言っている。
「とにかく、アレクは王国語が一番苦手だった。もっと言うなら、手紙は今も壊滅的に苦手だ。あれは手紙じゃない。箇条書きの事務連絡だ」
エドウィンは憤ってみせた後、ため息をついた。
「だから、手紙の返事は期待してはいけないよ?」




