第55話 帰路
かくして、ルオフー城は解放され、城の外で待機していたタルール人とオリガが城内に入ってきた。
別行動となってしまったリゼットをずっと案じていたオリガは、アレクシスの腕の中にリゼットがいるのを見て、『リゼ!』と叫びながら、飛びついてきた。
アレクシスは、
『何でリゼを連れてきたんだ』
と、オリガを責めるように言った。
リゼットがただ気を失っているだけなのを確認し、安堵したオリガは、
『リゼは役に立っただろう?』
と殊勝に聞いてきた。
──オリガは何故リゼットが役に立ったことを知っているのか? 王の間で起きたことを見てもいないのに?
と訝ったアレクシスが、
『何で知ってる?』
と尋ねると、オリガはフフンと得意気に笑って、
『ってことは、役に立ったんだな。リゼットは身体は小さくて弱いが、気持ちはイザって時は強いからな。今回は途中で別行動になったんで、心配した』
オリガは、アレクシスの腕の中で眠るリゼットを見て微笑んだ。
オリガは、アレクシスが川原でタルール人に預けた巨大馬エリサに乗っていた。
その代わりに、タルール人にここまで乗ってきた翼竜を預けてきたらしい。
気難しいエリサはアレクシスを見ると、アレクシスを乗せたがった。
アレクシスは、エリサでジンシャーンに帰るが、リゼットはオリガと一緒に翼竜で帰る方がいい。
なのでアレクシスは、ここはいったん別れて、川原で集合しようと言った。
オリガはヴィクトルの翼竜に乗り、リゼットはアレクシスが巨大馬エリサに乗せて、川原まで連れていくことになった。
オリガは、アレクシスの指示に文句も言わず、黙ってヴィクトルの翼竜ヨックーに乗った。
『オリガ、お前、翼竜に乗れるようになったんだな』
ヴィクトルが、自分の後ろに乗るオリガに話しかけた。
『……私も竜騎族だからな』
ボソッとオリガが口を開く。
『良かった。これでお前も大丈夫だな』
まるで、乗れなくなったのは自分のせいだというような口振りに聞こえて、オリガは腹を立てた。
『リゼのおかげだ。もう心配してもらわなくても結構だ!』
そう言うと、オリガはそれきり口をつぐんでしまった。
ヴィクトルはため息をつく。
──どうしてオリガはいつもこんな調子で、自分に冷たく当たるのだろう。
アレクシスは今頃、リゼットをベッタベタに甘やかしているに違いないのに……。
***
アレクシスは、静かにリゼットを起こし、まだふらつく彼女をエリサに乗せて、ゆっくり発進させた。
しばらくしてアレクシスは切り出した。
〈バオアン平原を租借地にする対価は「宝石の原石」だった。それは結局、翡翠によく似た「狐石」という石だったらしい。サファルは、ロナルドが騙したと勘違いして、牢に入れた。タルール人は、見た目可愛らしくて、温厚だが、……どうしようもないバカだな〉
黙って聞いていたリゼットだが
「……ヒドイ言い方」
とポツリと呟いた。
〈いや、タルール人はバカで、マヌケだ。だからミハイルみたいな小者の嘘を容易く信じるし、呆気なく騙される。……だから、「星の理解者:グレーンフィーン」という特別な遺伝子を持つ者を、古代エアデーン人は作ったんだろう。……そのバカな原住民を守るために〉
グレーンフィーン家の祝福は、思念通話は受信のみ、送信はほぼ出来ない。拡張脳機能はない。凡人だ。
なのに、タルール人とのコミュニケーション能力だけは、ハイラーレーンをある意味凌いでいる。
……話したエアデーン語がそのまま伝わるとか、思念通信より脳への負担が少なく、簡単。まさに特化型の祝福だ。
〈ギフト……。入植者には毒で、原住民には贈り物。古代エアデーン人、神々と呼ばれる者たちが、もっと本気で取り組めば中和剤ぐらいできたはずだ。だがそれをしなかった。古代エアデーン人たちも、タルール人を「愛すべきバカ」だと思ったんだろうな……〉
そこでアレクシスは、言葉を切った。……思念が震える。
──まるで、トゥルールーの森を、異星人から守っているかのようだ──
と、古代エアデーン人達が評したシキニェムの木……。
〈そんな「愛すべきバカ」を守っていた毒で、「愛すべきバカ」を愛した者を喪うなんて……な〉
リゼットの目にも、また涙が浮かんでくる。
それを察してアレクシスは、リゼットが「意地悪モード」と呼んでいるいつもの調子で伝える。
〈そういえば、「愛すべきバカ」を愛するバカがここにもいたな〉
「ヒドイ、それって私のこと?」
リゼットは涙を引っ込めてむくれる。
〈お、バカだという自覚はあるんだな。俺は『ジンシャーンにいてくれ』と頼んだよな? 『お願い』したはずだよな?〉
「……う」
腕の中のリゼットに、動揺が走るのが伝わる。
〈お前はバカじゃない。俺を苛立たせる天才だ!〉
「……すみません」
リゼットはしおらしく謝った。
……アレクシスはいつの間にか巨大馬の歩みを止めていた。
〈やっぱりバカだ。……そんなバカに助けられてる俺は、大バカ野郎だな……〉
「……アレクシス?」
アレクシスは、手綱を離し、リゼットを後ろからぎゅっと抱き締めた。
〈ヴィクトルを呼びに行ってくれて……、俺を止めてくれて……、ありがとう〉
リゼットは驚いて、目を見開いた。
──アレクシスからお礼を言われるなんて!
「わ、私の方こそ、いっぱい助けてくれてありがとう!」
リゼットは動揺のあまり、声が裏返ってしまった。
〈……だが、ロナルドは助けられなかった。……ごめん〉
「そ、そんなっ。私が最後に見たときはお父様、もう意識なくて……。アレクシスは、お父様の最期を看取ってくれたの?」
〈ああ。ミハイルがタルールの毒でエアデーンを手に入れようとしていると教えてくれた。最期に、リゼのことを頼まれた〉
……そして「幸せに」と言われた。
タルール撤退後は、アレクシスはジーラント帝国に渡る予定だ。
エアデーン王国で、リゼットと待っていてくれる予定だったロナルドは、もういない。
──星の入植者に畏怖を与える、神々に与えられた力を振るう自分を、リゼットだけが、唯一止めることができた。
……この存在なしでは、自分は人として、ハイラーレーンとして、もう立っていけないかもしれない……。
二人が「幸せに」なるために、これからどうすべきか……。
アレクシスはそれ以上は語らず、愛馬の手綱を再び握り、集合場所の川原に向けて歩を進めた。
リゼットは、背を預けたアレクシスの腕の中で、亡くした父親を偲び、静かに涙を流した。




