第54話 制裁
「アレク!」
リゼットは振り返ってアレクシスを見た。
……間に合わなかった。
アレクシスは恐ろしく怒っている。
さんざん彼を怒らせてきたリゼットだが、ここまでの怒りを放つアレクシスは初めて見た。
リゼットの首にかけられたミハイルの手が離れ、リゼットは床に咳き込みながら、座り込んでしまった。
ミハイルは今、リゼットの首にかけていた手を自分の首に当て、呻き声を上げている。
リゼットは恐れていたことを、アレクシスが本当にやろうとしていることに気付いた。
「……アレク、……だ、……だめよ!」
リゼットの訴える声は掠れ、アレクシスには届かなかった。
復讐に燃えるアレクシスは、ミハイルしか見ていなかった。
『ミハイル・マクシモヴィ・ナザロフ。俺はお前を許さない!』
遺伝子操作により作られたジーラント人は、この「星の制御者:セイレーン」の命に逆らえない。
……ましてや、今の自分は「星の支配者:ハイラーレーン」だ!
──以前は暴走し、母を瀕死に追いやり、呪われていると厭うた力……。
ロナルドを喪った今のアレクシスは、その力を最大限解放した。
アレクシスは、ゆっくりとミハイルに近付きながら宣告した。
《ロナルドを殺害し、タルール人の王を拘束し、ハイラーレーンの婚約者を手にかけようとした罪、死を以て贖え!》
……この場にいる他の者は誰も、身動きひとつ出来なかった。
ミハイルは、身悶えながら膝をつく。
床に座り込んでいたリゼットは、ミハイルの苦痛に歪んだ顔を間近で見てしまい、声にならない悲鳴を上げた。
リゼットには、ミハイルが首に手を当てて、自分で自分の首を絞めているように見えた。
……目をそらしたいのに、そらせない。
ミハイルは首を絞める見えない力に抗おうと、空気を求めて喘ぎ、苦悶の表情を浮かべながら、リゼットに手を伸ばした。
腰を抜かしているリゼットは、震えるばかりで動けない。あと少しでその手に捕まってしまう。
「イヤ、やめ……」
やっと出た声も、恐怖のあまり、小さな声にしかならなかった。
何とか後ずさろうと、気持ちだけで、懸命にもがいているリゼットの前に、アレクシスが立ちはだかった。
その死の形相を彼女から隠すため、アレクシスはミハイルを蹴り飛ばした。
呆気なく吹っ飛んだミハイルは、仰向けに寝転がされた。
だが、アレクシスの暗示支配から逃れられたのは、一瞬だった。
ミハイルが目を開けた時、その真上には、彼を見下ろす翡翠の瞳があった。
《死ね! ミハイル!》
アレクシスの思念は、ミハイルの心臓に活動停止を命じた。
『うっ……』
ミハイルは最期に一度だけ唸り声を上げ、ビクリと跳ねた心臓を押さえた手は、やがて弛緩し……。
……二度と動くことはなかった。
肩で息をするアレクシスの呼吸音だけが、王の間に響き渡っていた。
……誰も動けない。……誰も言葉を発せない。
〈次はお前だ!〉
アレクシスは、今度は思念で宣言する。
その視線の先には、タルール人の王、サファルがいた。
ミハイルに加担しロナルドを牢に入れ、リゼットを気絶させて無理矢理連れて行ったというサファルもまた、アレクシスは許してはいなかった。
サファルは、その発声器官から情けない甲高い声を上げた。
〈ヒ、ヒー! や、やめてくれ! ワルかった、ワシがワルかったよぅ~〉
と思念で謝り、地面に這いつくばって目で訴える。
アレクシスは睨みながら、その距離を詰める。
その時、アレクシスの後ろでリゼットが立ち上がり、駆け寄った。
「アレク!」
リゼットは懸命に背伸びをして、アレクシスの後ろから手を伸ばし、彼の両目を手で塞いだ。
その手は、恐怖で震えていた。
「もういい! もういいの……」
震える手に視界を遮られたアレクシスは、我に返った。
……タルール人は、星の原住民。
ハイラーレーンの暗示支配は効かないことを思い出した。
アレクシスは、自分の顔にかかるリゼットの冷たい手の上から、自分の手を重ね、ゆっくり離しながら振り返った。
リゼットが必死にアレクシスを見上げている。
〈ロナルドが……〉
アレクシスはその死を彼女に伝えようとした。
リゼットは涙を浮かべ、こくりと頷く。
伏せられた瞳から涙がポロリと零れ、ガクリと膝を落とした。慌ててその小さな身体を支える。
リゼットは、泣きながら気絶してしまった。
──星の入植者に畏怖を与える、魂に刻まれた神々の力。
そのハイラーレーンの力を振るおうとした自分を、この小さな身体で止めたのだ。
……ミハイルの壮絶な死の直後で、怖かっただろうに……。
アレクシスは、改めてリゼットを抱き締めた。
そして、気を失ったままの彼女を抱きかかえると、玉座の壇上に上がり、全てのジーラント人の前に立った。皆の注目を集めたところで
《ロナルドの死の原因は記憶から消去せよ。エアデーン王国大使ロナルド・グレーンフィーンはミハイルによる冤罪で衰弱死。ジーラント帝国総督ミハイル・マクシモヴィ・ナザロフは自害した。ミハイルの私兵は、これより帝国人兵士として、撤退作業に協力せよ!》
と暗示支配をかけた。
ヴィクトルが後に続き、具体的な指示を出す。
『ミハイルとロナルドの遺体を回収し、屋上の翼竜でジンシャーンに運べ!』
兵士や仲間たちがその指示に従い動き出す中、ヴィクトルはアレクシスに近づいて囁いた。
『……リゼットの親父さんは、シキニェムにやられたってことなんだな』
ヴィクトルは暗示支配を破って尋ねてきた。
……アレクシスは口を真一文字に結び、悲痛な顔で頷いた。
『ロナルドには申し訳ないことをした。お前にも……。帝国の尻拭いを、お前にばかり押し付けて申し訳ない』
ヴィクトルは改めてアレクシスに詫び、頭を下げた。
……アレクシスの心を支える者はここにもいた。
アレクシスは、頭を下げ続ける親友に、
『……そうだな。貸しにしとくよ』
と言い、やっと顔を上げたヴィクトルと二人で、苦く笑いあった。




