第52話 犠牲
《戦闘を辞めろ! 敵はミハイルだ!》
アレクシスの暗示支配は、敵、味方関わらず、ジーラント人にじわじわと浸透していく。
暗示にかかったものから、動きが防戦一方になり、相討つ者たち両方がかかると、その動きは止まった。
今、血気盛んに動いているのはヴィクトルただ一人、という状態になって、
『ヴィクトル、もう辞めろ』
とアレクシスが口頭で注意した。
ヴィクトルが見渡すと、敵・味方の動きは止まり、尚も戦いを挑むヴィクトルを全員が見ていて……。
……かなりマヌケな状態だった。
ヴィクトルはアレクシスの暗示が全員にかかったことに唐突に気付き、咳払いをして、自分が馬乗りになっていた帝国人兵士に手を貸して立たせた。
これでヴィクトル側についた兵士の数は二十数名。残りのミハイルの私兵は十数名といったところか。
『アレク、兵士たち三分の二は、こっちに付いた。だから俺たちだけでミハイルは何とか出来そうだ。お前はロナルドの救出に向かえ』
『大丈夫か?』
アレクシスもタルール人達だけで、ロナルドの救出が出来るかは、少し心配していた。確かに味方となった兵士の数は、これでこちらが上回ったと思う。
『なんとかする。皆、俺たちだけで出来るだろ?』
『おおー!』
急に一致団結するジーラント人達を見て、自分がやったこととはいえ、調子の良さを感じるが、それでもアレクシスは皆がそう言ってくれて助かった。
『すまない。ミハイルは卑怯な手を使ってくるかもしれない。気を付けろよ!』
『お前もな!』
二人はそう言葉を交わし、アレクシスは地下にいるロナルドの元へ向かった。
ヴィクトルは『さてと』と呟く。
『俺たちは、皇帝陛下の勅命に従わないミハイルを捕らえるぞ!』
『おおー!』
第三皇子の掛け声に、ジーラント人は一斉に答えた。
***
アレクシスは途中で出会った城勤めのタルール人達に、半地下にある牢までのルートを訪ねながら、岩城の中を下階に向かって進み、目的の場所までたどり着いた。
地下牢の前では数十名のタルール人たちが、鍵開け師の解錠作業を見守っており、ちょうど扉が開いたところだった。
アレクシスは、小さなタルール人達をかき分け進んでいく。
牢の中には、タルール人兵士と二人でロナルドの腕を持って担ごうとしていたワンチェシーがいた。
〈ロナルド!〉
アレクシスはロナルドに駆け寄った。
ロナルドの顔は真っ青で、ぐったりとしている。呼吸は辛うじてあるようだが、それも非常に弱い。
だが、アレクシスの呼び掛けが聞こえたのか、瞼がピクリと動いた。
〈アレクか……〉
〈大丈夫か! しっかりしろ!〉
アレクシスはロナルドの弱々しい思念を無理矢理拾った。もう声も出せないようだった。ロナルドは動かなくなった体で、それでも必死に伝えようと意識を繋ぐ。
〈ミハイルに……シキニェムのこと……知られてしまった〉
〈何だって!〉
アレクシスが足元を見ると、そこには木の燃えた後のような、灰と残りかすがあった。
〈この毒で……エアデーンを……うばうと……いっていた〉
そう伝えると、さらに苦しくなったのか、アレクシスがロナルドの意識を掴もうとしても、掴めないようになった。
〈ロナルド! ロナルド! リゼが待ってる! しっかりしろ!〉
〈アレク……。リゼを……たのむ……。しあ……わ……せに……〉
ロナルドは、そう小さく伝えると、小さく息を吐き切ったのを最後に……。
……息を引き取った。
「ロナルド! ロナルド!」
アレクシスは必死に叫んだ。
もう呼びかけても、その身体を揺すっても、ロナルドと意識は繋がらない。
今までどんなことがあっても、涙など流したことのないアレクシスの目から、次々に涙が溢れ、頬を伝った。
彼は、心を失いタルールへ流されてきたアレクシスを優しく見守る、第二の父親だった。
大人びたアレクシスに子どもらしく振る舞っていいんだと諭し、友人が出来ると喜んでくれた。
アレクシスに遠慮がなくなり、「ロナルド」と呼び捨てにしたり、からかっても笑って受け入れてくれ、リゼットに注ぐ愛情と同じぐらいの愛情をアレクシスにも注いでくれた。
タルール人からも、悲痛な思念が伝わってくる。
彼らは滅多に使わない発声器官を低く震わせ、悲しい気持ちを伝える涙の代わりとしているようだ。
ワンチェシーもそうしていたが、大事なことを思い出した。
〈アレクシス! リゼットがチチウエにツれていかれた! ミハイルにデていけとツタえるために、ナグってイシキなくして……〉
〈何!〉
アレクシスはみるみる血相を変えた。
〈ロナルドを頼む!〉
と思念で伝えると、急いで牢から出て、階段を駆け上がる。
──リゼは、やはりここへ来ていた!
ヴィクトルは、リゼットはジンシャーンでオリガと留守番と言っていたはずだ。
オリガが連れて来たのか?
アレクシスはもと来た経路を全速力で駆け戻った。




