第51話 潜入
川原を飛び立ったチーム・ヴィクトルの翼竜部隊は、まずはミハイルの旗艦の上空を飛行した。
アレクシスを乗せたヴィクトルだけは、見張りのそばを低空飛行し、叫んだ。
『この船は今から帝国第三皇子ヴィクトルの預りとなる。船員は船上で待機せよ!』
アレクシスは、ヴィクトルの後ろから同内容の暗示をかけてゆく。
甲板に出てきた者全てに暗示がかかったところで、部隊は洞窟入り口へ移動した。
そこにいた二人の見張りに、
『ミハイル・マクシモヴィ・ナザロフは解任された。全ての帝国人兵士は旗艦に戻り待機せよ!』
とヴィクトルが叫びつつ、アレクシスが暗示をかけた。
彼らがそろりと移動を始めたところで、ヴィクトルは翼竜をさらに移動させた。
城の入り口にいた二人の見張りにも、同様の指示を出して暗示をかけ終わると、ヴィクトルは翼竜の首をグッと反らせ、急上昇させた。
『改めて……、凄いな。その力……。疲れたりしないのか?』
ヴィクトルは後ろのアレクシスを気遣う。
『まぁ、集中力はいるな。それより、目を合わさないとかけられない。ここからは慎重にしないと……』
アレクシスは、目を閉じて休ませながら答えた。
ヴィクトルは上空に待機している仲間と合流し、ルオフー城の屋上に翼竜を着陸させた。
城内にいた帝国人兵士の見張りのうち、窓の外を見て翼竜がいることに気づいた数名が、屋上に上がってきた。
『我が名はヴィクトル、帝国第三皇子だ! 引け! ミハイルのもとへ案内せよ!』
ヴィクトルを見た帝国人兵士の視線のその先にアレクシスがいる。目が合った者から武器を下ろしていった。
チーム・ヴィクトルの仲間は、
『ヴィクトル、お前スゲー! やっぱ皇子だったんだな!』
と無邪気に喜んでいる。ヴィクトルは
『ウルセー! 俺に気がつく前の不意討ちに気を付けろ』
と仲間に注意を促した。
アレクシスは暗示にかかった兵士に、
《ヴィクトルとその仲間を護衛せよ》
と追加の暗示をかけた。
一行は暗示にかかった兵士を先頭に城内を進み、王の間に続く広間の前までやって来た。
味方となった兵士に広間のドアを開けさせる。
広間の中にいたミハイルの部下の帝国人兵士は一斉に振り返り、
『誰だ!』
と武器を構えて、侵入者を見た。
『我が名はヴィクトル、帝国第三皇子だ! 武器を下ろして、我が命に従え!』
アレクシスは、そのヴィクトルの口上の後ろから、中にいた帝国人兵士らに同内容の暗示をかけた。
だがその最中、異変に気付いて、他の場所から駆けつけた兵士が、
『お前たち、何をやっている!』
と、ヴィクトル達の背後の廊下から叫び、走り寄ってきた。
仲間の一人が怯えて叫ぶ。
『ヴィクトル、やばい。やつらここに集まって来てるぜ!』
帝国兵士の制服こそ着ているが、ミハイルの私兵である彼らはヴィクトルに向けて、剣を抜き、こう述べた。
『例えヴィクトル殿下であっても、総督閣下への邪魔立ては我らが許さぬ!』
対して、チーム・ヴィクトルの少年たちは丸腰だ。
怯える少年たちに向けられた剣に対し、暗示にかかって味方となっていた帝国人兵士が動いた。
それを皮切りに剣での戦闘が始まった。
アレクシスがミハイルの部下の兵士達にかけていた暗示は、目が合わなくなったので、途中で途切れた。
暗示にかかった者もいれば、中途半端にかかって葛藤している者も、かかっていない者もいて、誰が敵か味方か分からない。
『取り敢えず、襲ってくるヤツは敵だ!』
ヴィクトルは倒れた敵から奪った剣で、応戦を始めた。
血気盛んな第三皇子は、「自分の身分を振りかざす(そして暗示をかける)作戦」を放棄したようだ。
それを見て、チーム・ヴィクトルの仲間も手近な物を掴んで身構えるが、残念ながら、彼らは実戦経験ゼロの農家の少年たちだ。
『みんな固まって身を守れ!』
アレクシスは仲間達を、広間の入り口の角に固まらせ、身を守ることだけを優先させつつ、襲ってきた者には暗示をかけて攻撃を辞めさせると、味方の護衛を命じた。
──これでは埒があかない。
目を合わせられない場合は、ジーラント人全体にゆっくりとしか暗示がかけられないが、仕方がない。
アレクシスは、広間の中央にある天井まで垂直に伸びる柱に目をつけた。味方となった兵士たちに叫ぶ。
『俺はあの柱に登る。援護してくれ!』
アレクシスは、正面から襲いかかって来る者の攻撃を躱しつつ、次々と暗示をかけ、アレクシスの死角から襲ってきた兵士たちは、暗示済みの兵士たちに相手をさせて、柱までたどり着くと、柱に足を絡ませ、グイグイと登った。
そして、広間の混戦を上から眺められる位置に来ると、アレクシスは強烈な思念を、広間にいるジーラント人全員に流し込んだ。
《戦闘を辞めろ! 敵はミハイルだ!》
***
一方、タルール人たちとリゼットの地下からの救出部隊は、抜け道から、城の地下水路に侵入した。
先頭を行くタルール人が、水路の出口から梯子を使って、そおっと顔を出し、地下階の様子を探った。
そして、牢の前にいる見張りのジーラント帝国人兵士の姿を捉え、慌てて頭を引っ込めた。一行に緊張が走る。
だが、見張りの帝国人兵士は、城の上層階で起きている揉め事に加勢すべく、別な帝国人兵士に呼ばれて持ち場を離れていった。
〈イマだ!〉
タルール人たちは梯子を上って、水路から地下階の廊下へ次々と入った。
仲間のタルール人たちの足音に気づいたワンチェシーが、
〈ボクはここだ!〉
と思念を送った。
ワンチェシーと共に捕まった後に、一人抜け出した鍵開け師が牢に走り寄り、鍵開けに取り組み始めた。
リゼットも牢に走り寄った。
そして、扉についた鉄格子越しに、ぐったりと意識のない父ロナルドの姿を見つけた。
「お父様!」
リゼットはたまらず叫び、扉にしがみつく。
〈リゼット! おチチウエはミハイルに……〉
ロナルドの介抱を続けるワンチェシーが、リゼットに説明をしようとした時、リゼットの後ろにいたタルール人たちが、サッと後ろに下がった。
リゼットはその様子を怪訝に思い、振り返った。
……そこには上階の騒ぎに乗じ、隠し通路を使ってやって来たタルール・シェグファ藩王サファルが、部下たちを連れて立っていた。
〈ロナルドのムスメ。こちらにキてもらおう〉
そうサファルは伝えると、彼の部下の一人がリゼットに近寄り、彼女の腕を強引に引っ張った。
「嫌よ! 離して! お父様が!」
リゼットが抵抗を見せると、サファルはリゼットの後ろから、彼女の後頭部に手刀を落とした。
「うっ……」と短い悲鳴を上げて意識を失い、ふらりと倒れたリゼットを、サファルの部下が肩に担ぎ上げた。
〈チチウエ! ナニをする!〉
リゼットに暴力を振るった父王に、ワンチェシーはまだ開かない牢の中から抗議した。
〈ダマれ、ワンチェシー。ヤツらにタルールからデていけとツタえられるのは、もうこのムスメしかいないのだ!〉
サファルはそう言うと、リゼットを担いだ部下たちと共に、もと来た王族の間へ通じる、隠し通路に消えていった。




