第50話 舞踏
ヴィクトルらを乗せた翼竜が飛び立った川原ではしばらく、タルール人たちのダンスが続いていた。
ダンスに加わるタルール人たちはだんだん増え、輪はどんどん大きく、幾重にも広がっていった。
後からヴィクトルらを追いかけて、ルオフーにやって来たオリガとリゼットを乗せた翼竜からも、タルール人たちの躍りの輪は確認できた。
二人を乗せた翼竜は、その不思議なダンスの輪のそばに降り立った。
オリガは翼竜からリゼットを降ろし、彼女を保護するために巻いていた布を取り外した。
リゼットは集まっているタルール人たちに、「あの……」と声をかけた。
すると、輪の中心にいたタルール人が、
〈エアデーンジンつうやく、リゼット。こちらへ〉
と伝えてきた。
リゼットの方には覚えがないが、そのタルール人はリゼットのことを知っているらしい。
タルール人たちは、リゼットのために、さぁっと道を開けた。
リゼットは頷くと、オリガと手を繋いで、タルール人たちの輪の中に入っていった。
リゼットは、大勢集まったタルール人のつぶらな瞳が、自分に集中しているのを感じ、緊張した。
リゼットに声をかけたタルール人は、
〈ワンチェシーさまがヨんでいる。イッショにコい〉
と伝えてきた。
タルール人は皆で躍りながら、リゼットが到着するのを待っていたらしい。
それを聞いてリゼットは驚いた。
「なんで私が来るって分かったの?」
〈ジンシャーンにいるナカマが、リゼットのタビのブジをイノるオドりをオドっていたからだ〉
タルール人の思念は、一緒に思いを一つにして踊ることで、遠距離の仲間に届く……らしい。
リゼットは長年タルールに住んでいて、初めて知った。
ふと馬の嘶きが聞こえたので、リゼットがそちらを見るとエリサがいた。
彼女の見ている方向に気付いた別なタルール人が説明した。
〈ワンチェシーさまのドウメイアイテ、アレクシスがオいていった。かれはジーラントジンのナカマと、ソラをトんでいった〉
「と言うことは、アレクシスはヴィクトル殿下達と合流出来たのね!」
リゼットの表情が明るくなったのを見て、オリガが『どうしたんだ?』と聞いてきた。
リゼットはオリガに『アレクシスは無事にヴィクトル殿下達と合流出来たみたい』と帝国語で伝えた。
続いて、彼らはアレクシスとヴィクトルたちとの間で交わした作戦を説明した。
アレクシスは愛馬エリサを置いて、ヴィクトルたちとルオフー城の上空から翼竜で先に潜入し、ミハイルらを取り押さえようと暴れるらしい。
その隙にタルール人たちは、ロナルドとワンチェシーを救出する作戦なのだそうだ。
タルール人たちは、ロナルドとワンチェシーが捕まっている城の半地下へ直接繋がる抜け道へ、リゼットを連れていくと伝えてきた。
だが、その道は狭く、成人タルール人と変わらない152シーム(cm)ほどのリゼットなら通れるが、170シームを越えるオリガや、太っているロナルドは通れず、脱出時は使えない道らしい。
だから、地下から潜入してロナルドを助け出す「内からの部隊」と、ロナルドを城の外に連れ出すための「外からの部隊」の、二手に分かれるつもりだと。
リゼットは、それをオリガに伝え、オリガは外で待機する部隊と行動をともにする事になった。
タルール人たちは駝鳥に乗って行くというので、オリガは翼竜で行くより、アレクシスの愛馬エリサで行くほうが良いとリゼットに告げた。
翼竜は目立つし、着陸場所を選ぶからだ。
それを聞いて、リゼットは考え込んだ。
……以前アレクシスにエリサに乗せてもらった時に、エリサは乗り手を選ぶ気難しい巨大馬で、アレクシス以外は乗せないと聞いていたからだ。
なので、リゼットはエリサにダメ元で、心を込めてお願いすることにした。
「お願い、エリサ。私たちルオフー城に行きたいの。こちらは私の友達のオリガよ。オリガと私をあなたに乗せて欲しいの……」
「星の理解者:グレーンフィーン」の祝福は、星の原住生物とのコミュニケーション能力だ。
巨大馬は、古代エアデーン人が、通常のエアデーン人が乗る馬に、星の原住生物を掛け合わせて作った品種。どこまでリゼットの声が届くか分からない。
リゼットはエリサの瞳を探るように見詰めながら、エリサの返事を待った。
エリサは思念通話が出来るわけではないが、リゼットの心にはエリサのため息とともに、〈……いいよ〉と言う声が、聞こえたような気がした。
「ありがとう! エリサ!」
と、リゼットがエリサに抱きつくと、エリサの尻尾がユサユサとゆっくり揺れた。
リゼットは、エリサを預かっていたタルール人に、エリサに乗って行くことを伝え、代わりにオリガとリゼットが乗ってきた翼竜を預かっていて欲しいとお願いした。
リゼットはオリガに言われたように、「死にたくなければ翼竜に乗ろうとしないように」と伝えた。
預けられたタルール人は、ゴクリと唾を飲み込み、おっかなびっくり翼竜の手綱を受け取った。
そうして、タルール人たちの先導する駝鳥に続いて、リゼットとオリガは、巨大馬エリサで密林の中を進んだ。巨大馬では通りづらい道で、時々オリガとリゼットは屈んだり、降りたりする必要があった。
抜け道の入り口までやって来ると、オリガは二手に分かれることを了承したとはいえ、リゼットと別行動になるのをかなり渋った。
『ごめんね、オリガ。タルール人たちのなかに置いてきぼりにして……』
リゼットはオリガが渋っている意味を誤解して、謝った。
『この天然娘! 気を付けろよ! リゼはここではいっちばん弱いんだから!』
そう叫ぶと、オリガはリゼットを抱き締めた。
……口調も態度も体格も男性と変わらない友人は、昔からリゼットには過保護で、心配性だ。
『そ、そうだね。気を付ける。オリガも気を付けて』
そう言うと、リゼットはオリガと別れた。
木のウロから入る城の半地下部分へ通じるという抜け道は、確かに狭かった。
オリガやロナルドは通れない、とタルール人たちが言ってた意味が分かった。リゼットも、もう少しふくよかな体型だったら、胸の辺りがつっかえて通れなかったかもしれない。
……複雑な気分だったが、今は感謝だ。
日の光は全く届かない地下なはずだが、光る苔が天井を覆っているおかげで、仄かに明るい。
先ほど見たタルール人たちのダンスに、リゼットは言葉では説明出来ない勇気をもらっていた。
リゼットは不思議な空間を、先導するタルール人に付いて、とにかく前に進んだ。




