第31話 従兄弟
ミーティングの後、ヴィクトルは珍しくアレクシスに話があるからと自宅へ昼食に誘った。
昼食を食べながら婚約をどう申し込んだのかとか、一通り聞き出してから、人払いをして、本題に入った。
『アレクシス、お前は誰だ? 本当の名前があるんだろ?』
アレクシスも、ヴィクトルの前でタチヤーナに暗示支配を使い、特殊な単語「転記」を口走ってしまった自覚はあったので、もう隠す気はなかった。
『さすがだな。そう、俺の本当の名はアレクシス・セイレーン・セントレナード。現国王の弟、エドウィンと、帝国皇帝の妹、ミランダの息子。つまり、お前の従兄弟だ。黙っていて悪かった』
アレクシスは「星の制御者:セイレーン」ではなく、本当は「星の支配者:ハイラーレーン」だが、その事実を知るものは父エドウィンと伯母のエレオノーラ、亡き祖父で前国王のアンドリュー、そしてロナルドだけなので伏せた。
ヴィクトルも、おそらく予想はしていただろうが、やはり衝撃だったらしい。
椅子の背もたれにぐったり寄りかかる。
『初めて王族の「暗示支配」を見たよ。一部の王族はジーラント人を操ることが出来ると聞いてはいたが、あそこまで強力な力だとは……』
『俺が恐ろしいか?』
探るようにヴィクトルに尋ねる。
『俺のことも「暗示支配」しようとしたことはあるのか?』
アレクシスは窓の外に視線を移しながら『ある』と答えた。
アレクシスの「暗示支配」が全く効かない相手はリゼット。
だが、エアデーン人を「暗示支配」出来るのは「ハイラーレーン」だけなので、伏せておく。
『安心しろよ、ヴィクトル。登校初日、お前含めクラス全員に《俺に構うな》と暗示をかけた。だが、お前は俺をペールに誘ってきた』
懐かしそうに、どこか嬉しそうに告げるアレクシス。
『え、それは』
『お前には俺の「暗示支配」は効きづらい。一応かかるが、すぐ破ってくる。それは特別なことだ。だからお前にはかけない』
アレクシスは、今は親友として隣に立つヴィクトルを見て微笑んだ。
ヴィクトルは少しはにかみながら、
『そ、そうか。でも何でセイレーンがタルールにいるんだ?』
『俺がここにいることは、気付かれてはいるらしいが、表向きは、行方不明のセイレーンとなっている。俺の存在は目障りだからな』
『目障り?』
『そうだ。セイレーンの力があるのは、現国王オリヴァール陛下と、その娘マグノリア王女、そして俺だけ。俺は生まれてすぐの聖名はただの「レーン」だった。成長するなんて普通はあり得ない。ジーラントの血が混じったせいかもな。王統はオリヴァール陛下だから、ジーラント人の血を引く俺は余計なんだ』
自嘲じみた笑みを浮かべるアレクシス。
『では、アレクシス。その力をジーラントの為に使ってくれないか?』
ヴィクトルは、第三皇子の顔でアレクシスに問いかける。
『今もそのつもりだ。俺は帝国との友好の証に生まれたんだぜ?』
『そんな言い方はよせ、アレクシス。俺はただ、友人であるお前に知恵を貸してもらいたいんだ』
アレクシスの皮肉っぽい言い方が気に入らなかったのか、ヴィクトルは真剣だ。
『最近、ミハイルがおかしな動きをしているんだ。……ミハイルは、租借地を割譲地にしようとしているんじゃないかと思っている』
『は? 九十九年の租借期限が迫っているならともかく……。あと九十一年、ほぼ永久租借のようなものだろう?』
アレクシスは思わず声を荒げてしまった。
ミハイル・マクシモヴィ・ナザロフは、ジーラント帝国の駐タルール総督である。
リゼットの父のロナルドに通訳を頼んで、タルール・シェグファ藩王サファルと交渉し、ジンシャーン含むバオアン平原を、ジーラント帝国の租借地とした立役者だ。
ヴィクトルは続けた。
『俺もヤツが本当はどうするつもりなのかは分からない。ただヤツは、この冬になにかを始める気だ。帝国への調達要求物資リストの中に、翼竜を五十頭とあった。さらに、兵士の増員を要求していたんだ。その時は俺の方で揉み消したが、帝国に里帰りするヤツに要求書を運ばせるとか、俺の知らないルートなんていくらでもあるからな』
ジーラント人の移動の足とも呼べる翼竜は、最大時速百クローム(km)で空を飛ぶ、この星の原住生物だ。
この翼竜に乗るために、ジーラント人は古代エアデーン人によって、遺伝子操作され創られたと言っても過言ではない。ジーラント人の中には自身のことを「竜騎族」と自称する者もいる。
ただリーフォスは寒い地方に棲息する生き物で、亜熱帯のバオアン草原では、短い冬の期間の一~二ヶ月しか動けないはずだ。
アレクシスは、ヴィクトルには証明出来るまでは伏せておくつもりだったが、どうやら状況はそれを待ってはくれなさそうだと感じた。
意を決して、ヴィクトルに研究所で行っている真の研究内容「バオアン草原で収穫される農作物に含まれる、生殖機能阻害物質の可能性」について話した。
ロナルドは驚き、なかなか信じようとしなかった内容だが、ヴィクトルはすぐに『そうかやはり』と信じてくれた。
アレクシスがこの研究に取り組むきっかけとなった交流会での会話を、ヴィクトルも一緒に聞いており、彼も個人的に引っ掛かっていたらしい。
アレクシスに言われて調べた、「タルールで妊娠から出産まで迎えた妊婦がいない」という統計結果も気になっていた。
その後、たまたま聞いてしまった同居しているオリガの母娘の会話からも、タルールの農作物は、女性の体調に何らかの影響を及ぼすのではと、薄々思っていたらしい。
『だが、もう生殖機能を使わない年寄りの食料専用にするとかじゃダメなのか?』
『問題が起きるのが生殖機能だけならアリだろう。だが問題は、今、分かっているのが、生殖機能への影響だけであって、他の臓器への影響や、長年摂取し続けた場合の、人体への影響のデータがまだないってことだ』
思えば、帝国人の食べ物を食べると腹を壊すグレーンフィーン家の二人には、毒物に対する防御反応が働いていたのかもしれない。
あの「神の石」の開けないフォルダ「トゥルールー」には、その詳細なデータがあるのだろう。
……パスコード「星の名」。古代エアデーン人がこの星をなんと呼んでいたかさえ分かれば……。
アレクシスは自分がここにいて実験や分析を続けるより、王国に戻って王国の「神の石」で、星の名について調べる方が早いような気さえしてきた。
成分分析装置がない状況が、アレクシスを行き詰まらせている。
『……タルール撤退か』
ヴィクトルはジンシャーンを第二の故郷のように感じていた。その地を捨てる決断は自分には重くて出来そうになかった。
だがアレクシスは冷静にヴィクトルに言った。
『お前のルートで、皇帝陛下にその可能性を伝えておいた方が良いかもしれない。急に言われても動けないこともあるだろうしな』
『……分かった』
その後、ヴィクトルは極秘に帝国皇帝オレーグへ、アレクシスのタルール産の農作物に関する研究の途中経過を報告した。
皇帝は、第三皇子の進言を受け入れ、理由は伏せたまま、タルールへの新たな移民出願を保留とし、撤退は研究結果を待ってから判断することにしてくれたらしい。
その年の冬は結局翼竜はやって来ず、ヴィクトルの監視をくぐり抜け、別ルートで届いたミハイルの兵士の増員要請も、『必要なし』という皇帝の一言で却下されたようだった。
アレクシスは、さらに実験を重ねた。
バオアン草原で収穫されたコーンをエサとするラットは、加齢と共に、様々な内分泌代謝異常が原因と見られる症状を示すことが分かってきた。
だが、どれも帝国人にタルールを放棄させる決定的な確証を得るには、至らないままだった。




