第28話 救出
校舎には、屋上まで続く階段は一つしかなかった。
アレクシスは、巨大馬を飛び降り、校舎内に入ると階段を駆け上がった。
屋上へ続く扉の前に、リゼットの鞄とその中身が散らかっており、急いで扉の鍵を開けた。
開く扉に引っ掛かりを感じ、扉にもたれるようにして、気を失っているリゼットを見つけた。
アレクシスは慎重に扉を開け、リゼットが体勢を崩す直前で手を伸ばして、支えながら自分の体を滑り込ませた。
すぐに着ていた断熱マントで小さな体を包むと、抱き上げ、急いで医務室に向かう。
……意識がない。かなり危険な状態だ。
追い付いたオリガが、散らかったリゼットの荷物を拾い、アレクシスの後に続いた。
アレクシスは階段を駆け下りながら、グレーンフィーン家の執事のヤオバに遠距離思念通信を飛ばした。
〈ヤオバ! リゼットが倒れた! ロナルドに学校の医務室へ急ぐよう伝えてくれ!〉
ヤオバから返事は出来ないが、彼は受信したアレクシスの思念をロナルドに伝えるだろう。
医務室へ着き、アレクシスはベッドにリゼットを下ろした。医務官は不在だった。
オリガに冷蔵庫から保冷剤を出し、リゼットの首や脇に当てるよう指示しながら、アレクシスはこのような緊急事態に備えて、医務室に用意されていた点滴を取り出し準備した。
リゼットの腕に駆血帯を巻き、手袋をはめ、リゼットの細い静脈を指先で探し出し、消毒する。
遅れて医務室に現れたヴィクトルが、アレクシスのやろうとしていることを見て驚き、
『アレク、注射出来るのか?』
と尋ねた。アレクシスは、
『やり方は初めて倒れた時に、転記しておいた』
と答えた。
ヴィクトルには判らない言葉を使ったかもしれないが、今はそれどころではなかった。
先程見つけた静脈に針を指し、血液の逆流を確認する。実践は初めてだったが、上手く入ったようだ。
針を固定しながら駆血帯をゆるめ、さらに輸液の管をループを作ってルートを固定し、テープで留める。滴下速度を調整し、点滴作業を終えた。
そしてオリガがリゼットの体に当てた保冷剤を、改めて正しい位置に置き直し、断熱マントを外した。
顔にも怪我をしており、よく見ると、身体中あちこちに、擦り傷や軽いやけどのように赤くなっている箇所があることに気が付いた。
怒りを抑え、冷静になるよう、自身を戒めながら、そちらも処置をした。
不意にリゼットの瞼が揺らぎ、うっすらと目が開いた。
「アレク……、ごめんね……。ありがと……」
リゼットはアレクシスに一生懸命、焦点を当てながら小さい声で呟いた。
それを聞いたヴィクトルは、出し抜けに明るい声で
『良かった! 意識が戻ったんなら、もう安心だよな! じゃあ、俺たちは帰るから!』
と言い、尚も残ろうとするオリガの背中を押して、医務室を出て行った。
医務室に残された二人に静寂が訪れる。
「私、もうダメかなって思ったとき、アレクを呼んだの。『アレク、たすけて』って」
〈知ってる。聞こえたから〉
「ふふ。私、やっぱりアレクのこと……、好きみたい……」
そう素直な気持ちを伝えると安心したのか、リゼットは再び眠ってしまった。
アレクシスは、リゼットの突然の告白に狼狽えた。口元を手で覆い、動揺を抑えると、リゼットの寝顔を愛おしげに見つめた。
〈やっと手にいれた〉
……リゼットの気持ちを。
アレクシスはもうずっと前から、リゼットの心が自分に定まるのを待っていた。
アレクシスから気持ちを押し付けたりはせず、幼いリゼットが成長し、そうと自覚するまでは待とうと考えていた。
最近はヴィクトルと巨大馬に二人乗りして出掛けたり、他の女子の手紙を持ってきたりして、もうダメなのかと苛立っていたが、今日初めて、リゼットは遠隔思念通信を使ってきた。
それはハイラーレーンの特殊な祝福のうちの一つだろうと、アレクシスは感じた。
ハイラーレーンの「特別」が、緊急事態に陥り、その名を呼んだ時にだけ、自動的に通話チャネルが開かれる、というもの……。この祝福はお互いの強い絆や想いが必要となる。
アレクシスはベッドサイドを持ち、体を屈ませて、眠るリゼットのおでこに優しくキスをした。
自分の思いはとっくに定まっており、今リゼットの気持ちも確かめた。
──つまり、もう次の行動に移しても良いということ。
執事のヤオバから連絡を受け、ロナルドが慌てて医務室に駆け込んできた。
アレクシスは経緯を報告し、危機を脱したことを説明した。
そして娘の無事を確認し、一息ついたロナルドに、こう声に出して切り出した。
「リゼットと婚約したい」
と。




