第25話 すれ違い
その日の放課後、ヴィクトルの用事が珍しく入っていなかったので、リゼットは久しぶりにンケイラを伴ってアレクシスの研究所に行くことにした。
アレクシスとは、あれ以来会ってないので、久しぶりだ。
今までも何度かケンカをしたことがある。
たいてい、アレクシスがリゼットに意地悪なことを言い、リゼットが怒り、もう口をきかない! と一人で喚き立てるが、結局、その誓いを忘れて口をきいてしまい、ケンカの原因も忘れてウヤムヤになってしまうのだった。
リゼットとしては、今回のケンカはウヤムヤに出来ない。
だからこんなに長くケンカ中のまま、口をきかないのは初めてだった。
……だけど、引き受けてしまった手紙の配達は、早いうちに終わらせたかった。
***
アレクシスの研究所はバオアン平原と言っても、ジンシャーンから歩いて十五分程のところにある。
まだ研究所が出来たばかりで、スーが世話係として派遣されていなかった頃、リゼットもアレクシスの食事を持って何度か通った。
研究所は菜園と研究室、居住スペースを合わせた、空調の効いた半円筒型の建物だ。
リゼットは、その居住室前のドアの横についている呼び出しボタンを押した。
縦に長い建物なので、彼が今いる場所によっては、押してからドアが開くまで時間がかかるのだが、今日もかなり待たされた。
アレクシスは、どうやら居住室でシャワー中だったらしい。
少し気だるげな表情、艶っぽく濡れたままの髪、下はズボンをはいているが、上半身はバスタオルを両肩にかけているだけだ。リゼットは目のやり場に困り、慌てて視線をそらす。
〈何? 今日はヴィクトルは一緒じゃないのか?〉
不機嫌そうな思念通話。まだ怒っているようだ。
「突然ごめんなさい。アレクシスに渡すよう頼まれたものがあって」
と言いながら、リゼットはタチヤーナの手紙を差し出した。
〈何これ?〉
「あの、タチヤーナから。自分が渡しても受け取ってもらえなかったからって」
〈は? だからお前がわざわざ持ってきたって言うのか? 安息日も勉強で忙しいお前が?〉
アレクシスの思念通話に、苛立ちが乗せられる。
「だって、彼女、辛そうに泣いて、可哀想で……」
〈は? 泣いて頼まれたら、お前は何でも言うことを聞くのか? じゃあ、ロナルドが泣いて頼んだら、お前はヴィクトルといちゃつきながら、フラフラ出歩くのをやめるのか?〉
「だって、アレクシスに渡すだけだし。それに、昨日からはオリガの巨大馬に乗せてもらってるもん!」
だから今アレクシスに会いに来るのは嫌だったのだ。
リゼットは無理やりアレクシスに手紙を押し付ける。
〈お前は、これが何か知ってるのか?〉
「手紙でしょ? アレクシスのこと好きって書いてあるんでしょ? 良かったね、アレクはモテモテだもんね~」
リゼットはわざと嫌味っぽくなるように言った。
アレクシスは受け取った手紙を、無表情にビリビリと破り出した。
「あ、ヒドイ! 何するの! ちゃんと読んであげてよ!」
〈酷いのはどっちだ! だったらこんな用事、二度と頼まれるな!〉
そう言って、バタン! と激しい音をたてて、アレクシスは扉を閉めた。
辺りには無惨に破かれたラブレターが残る。小さな可愛らしい文字で、懸命に綴られた「アレクシスを好き」と告げる言葉たち……。
ツキン……とリゼットの胸の奥が痛んだ。
タチヤーナは本当に、アレクシスが好きなんだ……。
アレクシスが手紙を受け取ってくれない時点で、分かっていても、引けないくらいに。……彼に近い自分に頼むぐらいに。
──この「好き」が恋愛感情というならば、私の「好き」は、たぶん違う。
そして、タチヤーナの「好き」には応えられないと、手紙を受け取らないことで断ったアレクシス。
さらにリゼットから気持ちを押し付けられたアレクシスが、どう思うかなんて、こうなるまで考えていなかった。
リゼットはやっと自分がしでかしたことの愚かさに気付いた。
アレクシスがリゼットに、「ヴィクトルと一緒に仕事をするな」と強要するように、リゼットはアレクシスに、「タチヤーナの気持ちに応えてやれ」と強要したのだ。
……もちろんそんなつもりはなかった。ただ手紙を渡すだけだと思っていた。
扉の向こうのアレクシスを思う。
「……ごめんね」
破かれた手紙を拾いながら、涙が頬を伝う。
人の気持ちは難しい。
想いが届かないことも、想いを返せないことも。
分かって欲しい人に、分かってもらえないことも。




