第22話 体調不良
アレクシスがバオアンに研究所を作った。
最初は夜遅くに家に戻って来ていたらしいが、だんだん研究所に泊まり込むようになり、スーが世話係として通いだすと、アレクシスは全く家に帰ってこなくなった。
リゼットがアレクシスに会おうと思ったら、チーム・ヴィクトルのペール練習の時に運動場に会いに行くしかない。
アレクシスが来た十二才の頃は、夏の暑さで倒れて心配をかけたリゼットも、今は日陰の応援席に座っていられるようになった。
日傘を差して、フード付きの断熱マントを着て、流した汗の分、きちんと補水液を飲んでいたら、倒れることはなくなった。
最近、リゼットには、ペールをしているアレクシスが格好よく見えて仕方がない。
もともとエドウィンに似て整った顔立ちをしているが、成長期に入り、背がグングン伸び、どんどん男性らしくなってきた。
そして、運動場のどこにいても、すぐに見つけてしまうほどのオーラがある。
体格の良いジーラント人は身長も伸びるが、筋肉量も増え、ガッチリとした体格になっていく。
王国人とのハーフのアレクシスはきっちり筋肉はついているが、体型はジーラント人と比べてスリムで、足の長さが目立つ。
そう、彼は帝国人の中にあって目立つのだ。
リゼットも最初の頃は、アレクシスに練習後に話しかけに行っていたが、ここ最近は、応援席から手だけ振って帰るときのほうが多い。
リゼットの他にも、アレクシス目当てに練習を見に来ている女子が何人かいる。その女子たちの手前、一人だけアレクシスに話しかけに行くのを躊躇うようになってしまった。
それに何より、一緒に住まなくなってから、何を話せばいいのか分からなくなってしまった。
アレクシスのことを、応援席から眺めているぐらいの距離がちょうど良くなっていた。
***
安息日。
アレクシスに会える日の朝、リゼットは下着が薄く汚れているのに気がついた。友人が
『最初、薄く汚れたときに気が付かなかったら、次は大変よ! そうかな? と思ったら違っても良いから当てておくのよ!』
と言っていたことを思い出した。同い年で未だ来ていないのはリゼットだけ。
「……これが生理?」
とりあえず、いつ来ても良いように用意していたナプキンを当て、帯で固定した。
階下で父親と朝食をすませ、部屋に戻る階段を上っていると、ドクリと体から出ていくものを感じた。
またトイレに戻って見てみる。今度はしっかりと付いていた。
──やっと私にも生理が来た!
ジーラント人と比べて自分の体が小さいことや、胸の発育が悪いことを気にしていない訳ではなかったので、とりあえず、生理が来たから、これから皆みたいに女らしい体型になれるはず! と思って、安堵した……のは数瞬だった。
謎の腹痛が始まったのだ。
内蔵が下に引っ張られて、出ていこうとしている感じ。嫌な汗も出てきた。
とりあえず、ベッドシーツの上に漏れた時のために大判のタオルを敷いてから、横になる。
──痛い。痛くて眠れない……。
タルール人には生理はないらしいし、お父様にも恥ずかしくて言えない。これは私が一人で、何とか耐えなくてはならない痛みなんだ……。
リゼットは悲壮な気持ちになっていった。
昼食は部屋に運んでもらい、午後からアレクシスの練習を見に行くのも「体調不良だから行かない」とンケイラに伝えた。
昼食を食べてトイレでナプキンを交換し、横になっていたら、眠ってしまっていたらしい。
部屋の外から伝わるンケイラのウキウキとした思念に目を覚ました。
〈アレクさまがもどられるの、ひさしぶりですわ。おじょうさま、きっとよろこぶ〉
──え、アレクが来ているの?
戸惑う間もなく、部屋のドアがノックされ、返事もしてないのにアレクシスが入ってきた。リゼットは毛布で顔を隠した。
〈体調不良って聞いたけど、具合はどうだ?〉
生理になったことを、一番知られたくない相手だ。
──何で今日に限って戻ってきたの?
「……最悪」
と答えた。
アレクシスは遠慮なくリゼットの顔にかかった毛布をめくり、おでこに手を伸ばす。
〈熱はないようだけど、食欲はどうだ?〉
「ある」
〈ならまぁ安心だが、顔色が悪いな。どうしたんだ?〉
心配そうにリゼットの顔を覗き込んでくるアレクシス。
──近い、近いから!
親切モードのアレクシスの翡翠色の目に、リゼットは挙動不審になる。
そして、仕方なく答えた。
「……おなかが痛い」
すると、親切モードのアレクシスが、意地悪モードに一気に変身した。
〈何を食べたんだ? またジーラント人の油っぽいジャンクフードと冷たいジュースいっぺんに飲み食いしたのか? あいつらとは腹の作りが違うんだから! 全くお前も懲りないな……〉
……悲しくなった。
そりゃ、そんなこともありました。だからって、だからって……。
リゼットの目に涙が浮かんできた。
〈おい、泣くな! なんで泣くんだよ! 悪かった、言い過ぎた。じゃあ、何で『おなかが痛く』なったんだ?〉
寝ながら泣くと、涙は顔の両端に流れる。それを拭くためにうつ伏せになった。
これ以上、アレクシスに泣き顔を見られたくないし、恥ずかしい。
リゼットは、枕に顔を押し付けたまま答えた。
「……理になった」
〈は? よく聞こえなかった〉
〈せいりになったっていってんのよ! でてってー!〉
怒りと恥ずかしさのあまり、うつ伏せのまま、アレクシスのように、声に出さずに思念通話で「発信」してしまった。
伝えてから横目でそおっとアレクシスを見ると、その内容と、リゼットが初めて思念通話で「発信」してきたことに驚いたのか、アレクシスは目を丸くし、次いで目線をそらした。
口元を手で押さえた横顔が、ほんのり赤い。
そして、その動揺も冷めやらぬ様子のアレクシスは、ふらりと戸口に向かい、振り返らずに
〈悪かった。おだいじに〉
と伝えて、静かに出て行った。




