第109話 リゼットの想い 2
リゼットは、伯父夫婦に話を続けた。
アレクシスは、親友のヴィクトルにさえ嫉妬した。それが元で、アレクシスとの最長のケンカ状態になった頃の話になる。
「ある時クラスメイトに、アレクシスにラブレターを渡すよう頼まれて渡したら、ビリビリに破られて、すごく怒られたの……。そうして彼女にラブレターを渡せなかったことを話したら、恨まれてしまって……。屋上に閉じ込められて、熱中症にかかって死にかけたことがあったの」
アンナは「ひゅっ」と口元に手を当てて、息を飲んだ。
「最期にアレクシスに会いたい、アレク助けてって思った。アレクシスのこと、私も好きだったんだ……って、死ぬ前に気づいたって遅いなぁ~って思ったの。ふふ、アレクシスには、私の助けを呼ぶ声が聞こえたんですって」
アンナが、口元に手を当てたまま喜んだ。
「まぁ! そんな状況で自分の気持ちに気付いただなんて! ところで、リゼは思念通話も出来るの?」
「受信は出来るけど、発信は拙いから、通じてるかどうか……」
サミュエルもそこが気になった。リゼットの思念通話の受信レベルは、神殿でも感度が高いと高評価だったが、発信のレベルは、かなり低かったはず……。
「ちょっと待て。殿下はリゼが倒れた時、近くにいたのか?」
「いいえ。学校から千二百ミールほど離れた研究所から駆けつけてくれたと聞いたわ」
「……普通の思念通話が届く距離ではないな」
サミュエルが難しい顔をしたが、リゼットはアンナに促されて先を続けた。
「それで、アレクシスが助けてくれて、私が寝ている間に、お父様に私と婚約したいと申し込んで……。私が起きたとき『婚約者になったから』って言われて、びっくりしたわ」
「まっ! リゼはプロポーズされてないのに? でも、アレクシス殿下は、貴女の命の危機を救ってくれた王子様ってことよね~」
アンナは、夢物語の王子様と、アレクシスをダブらせて喜んでいた。リゼットは少し笑って話を続けた。
「アレクシスはタルールの毒のことを、熱心に研究して突き止めて、ヴィクトル殿下と一緒に撤退を発表したわ。撤退の時期は、皆が毒となる農作物を持ち出さないよう、アレクシスはチェックする係だったわ。セイレーンということはずっと内緒だったけど、アレクシスは誤魔化そうとするジーラント人の嘘を、祝福を使って見抜くの」
「……高性能な拡張脳機能と、高いセイレーンの暗示支配能力を持っておられるのだな」
セイレーン・アレクシスの祝福に関する情報は、国民には殆ど知らされておらず、サミュエルも初めて知った。
「アレクシスが連日、港に泊まり込むほど撤退作業で忙しい時期、撤退に反対していた帝国総督のミハイル様に、お父様が拐われてしまったの」
サミュエルは、撤退準備のために、ロナルドが一人でグレーンフィーン領に、荷物を運び入れに戻ってきていたことを知っていた。恐らくその時期だろうと思った。
「アレクシスは、お父様を助けに行ってくれて、最期を看取ってくれて……。お父様に、私のことを頼むって託されたそうなの……」
「だが現状リゼットは、その遺言を守ってもらえていない、というわけだな」
サミュエルは、リゼットの痛いところを突いた。
リゼットも、アレクシスにほったらかしにされている状況なので、そう言われて、言葉に詰まった。
「貴方、今それを言わなくても……。それで?」
アンナが夫を窘め、リゼットに話の続きを促した。
「私もタルールのワンチェシー王子にお父様が危篤だって……、早く来いって呼ばれて、後から連れて行ってもらったの……」
「まぁリゼット、貴女まで!」
「そのお陰で、私も意識のないお父様に最期に会えたの……。でも、タルールの藩王陛下に殴られて、意識をなくしてしまって……。そして連れて行かれた先には、ミハイル様がいたの」
アンナは、再び「ひゅっ」と息を飲んだ。
「アレクシスは、ワンチェシー王子から、私が捕まったことを聞いて、助けに来てくれた。その時、私はミハイル様に首を絞められて殺されそうになっていて……。お父様の死に立ち会った直後に、それを見たアレクシスは、ミハイル様の心臓を止めたの……。恐ろしい祝福の力だった……」
「暗示支配で、ジーラント人を殺したのか!」
サミュエルは唸った。ジーラント人が本能的に畏れるという「セイレーン:星の制御者」の暗示支配の力は、そこまで出来るのか!
アンナは、リゼットの手を握った。タルールでリゼットまで、そんな危険な目に遭っていたとは知らなかった。
「アレクシスは、お父様を牢に入れたり、私を気絶させたタルールの藩王陛下も許せなかったみたいで……。ミハイル様に続いて藩王陛下も殺そうとしたの……。だから、私、彼を必死で止めたわ……」
サミュエルは、
「リゼが『セイレーンの制裁』を止めたのか……」
と、リゼットに確認するでもなく呟いた。その呟きを拾ったリゼットは、
「今思えば、私が唯一の王国人だったから、あのときアレクシスを止めることができたんだと思う……」
と控え目に言ってから、思い出したように付け加えた。
「……あ、今の話は秘密でお願いします! 公式発表では、ミハイル様は自害されたことになっているみたいなの。アレクシスがミハイル様を殺したことは、ジーラント人は知らされてなくて……。私が聞かれて教えたのは、エドウィン殿下と、ミハイル様のお父様で帝国宰相のマクシム様、そして伯父様たちだけなの。だから、この事は黙っていて下さい」
と、リゼットは二人に頭を下げて頼んだ。
サミュエルは、リゼットの話に、帝国宰相マクシム・グレゴヴィ・ナザロフの名が出て驚いた。
……そんな大物に、帝国で会っていたとは!
「リゼは、帝国に留学したのは、アレクシス殿下に会いに行くためだったんじゃないのか?」
「ええ。エドウィン様が、アレクシスに会わせてあげる、留学するってことにしておこうって、仰って下さって……。伯父様達には嘘をついてて、ごめんなさい。でもアレクシスは、魔鉱脈を探しに行っていて、すぐには会えなくて……。その時にマクシム様に捕まって、ミハイル様が亡くなった理由を尋ねられて、祝福の副作用で倒れてしまったの……」
「まぁ! 貴女、帝国でも倒れてたの?」
アンナは驚き、深刻な顔をした。
リゼットは、心配させたくないので、なるべく明るい口調で話を続けた。
「でも、アレクシスのお母様のミランダ様に看病してもらって、そのまま、一緒に行ったジェニファーの留学期間が終わるまで、ミランダ様の暮らす離宮にいたの。マナーやダンスの講師をつけてもらったり、倒れても、早く元気になれるように、運動して体力をつけたり、色々と良くして頂いたわ。最後に疎遠になってたアレクシスと二人の間を取り持ってあげれたし、帝国に行かせてもらえて良かった……」
サミュエルは、リゼットがアレクシス殿下の母君、ミランダ殿下とまで、交流関係を持っていたことに驚いた。
「アレクシスの角の生えた翼竜、角翼竜は思念通話が出来る特別種で、私が相手の負の感情で倒れてしまうのは、祝福の副作用だから、発散させなきゃダメだと教えてくれたの……。角翼竜と話していると、副作用は起きないから、たくさん話して、帰ってきたの……」
そこでリゼットは、伯父夫妻に改めて向き直った。
「伯父様、伯母様、私が知るアレクシスは、意地悪で優しくて、真面目で……。自分にしか為し得ないと思うことに、責任感が強くて、そこに向かって突き進んで、必ず成し遂げてしまう人です。ただ、手紙はもともと苦手で……。今も新しい魔鉱脈を探しに行っていて、……それで手紙を書けないんだと思います」
そう言ってリゼットは、服の下から婚約指輪を取り出した。
「それ、ロナルドから譲り受けた、シャーロットの形見の指輪よね?」
リゼットは、この指輪について、以前、母シャーロットの形見だとアンナに説明していた。
「いいえ、本当はアレクシスがくれた婚約指輪なんです。王子殿下と婚約してるだなんて、言い出せなくて……。嘘をついてしまって、ごめんなさい」
そう、この指輪について嘘をついた報いを今、受けているのかもしれない、とリゼットは思った。
「私……、もともとセイレーンの、王族の妻になる覚悟なんてなかったんです。今もないし……。ただ、好きな人のそばにいたいと思っただけで……。ミランダ様にも『覚悟を決めて強くなりなさい』って、背中を叩かれたんですけど……」
リゼットはミランダとの別れの日に叩かれた、背中の痛みを思い出した。
「私、休暇が終わったら、もう一度アレクシスに会いに行こうと思います。とりあえず帝国に行って、友人に頼んで、魔鉱山にいるアレクシスに魔電報を打ってもらって、彼に一度、帝都に戻って来てもらいます。彼に会って、もう一度話がしたいんです」
「しかし未婚の娘がそんな一人で……」
サミュエルは渋った。
「ジェニファーに付いてきてもらいます。私が彼と婚約破棄するのは『恐れ多いから』じゃない。私は彼のことを『恐れ多い』と思ったことはないから……。ただ、アレクシスが伯父様の言うように、もう私のことをどうでもいいと思っているのか確かめたい……。もしそうなら、きちんと振って欲しいだけです」
「……貴女はそれでいいの? もう愛してないの?」
アンナに問われ、リゼットはグサリと心を刺された気がした。
「……私、彼のことを遠くから見てるのが好きだったんです……」
そう言うと、そこで初めて、ポロリと涙をこぼした。
──そう、本当は遠くから眺めているぐらいの距離が、ちょうど良かったのよ……。
わたし、婚約破棄したのよ? もう婚約者じゃないのよ? アレクシスは、それでいいの?
静かに泣くリゼットをアンナは優しく抱き締め、サミュエルは険しい表情を浮かべて見守った。




