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亡命王子は星を導く~運命の婚約者と祝福された結婚~  作者: 和田 モエコ
第三部 エアデーン【再婚約編】

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第107話 縁談

 リゼットは、ヴォリアーシャタウンの駅に迎えに来てくれたトビーと、だいぶ打ち解けて話ができるようになった。

 いつもふて腐れているという印象だったトビーも、今はそう感じない。

 

 トビーが見せてくれた笑顔に勇気付けられて、リゼットはずっと気になっていたことを口にした。

 

「あの……、グレーンフィーン伯爵家の事情に巻き込んでしまってごめんなさい。トビーは……、その……、グレーンフィーン伯爵家の次期当主になってしまうでしょ? だから……」

 

 突然、そんな風に謝るリゼットに、トビーは怪訝(けげん)な顔をした。

 そして、言葉を選びながら、ポツリポツリと話し始めた。


「……俺たちは嘘つきじゃないって認められた結果だから……。……だから、別にいいんだ。……俺たちはタルール人と意思疎通出来るんだ。そのお陰で、タルール人たちに助けられた命だ。この祝福を持って生まれたことが、悪いことだとは思えない。……だから、お前が気にすることじゃない」

 

 リゼットは、そんな風にトビーが思ってくれていたことを嬉しく思い、少し感動すらしてしまった。

 

「そうね、そうよね! これって、素敵な祝福よね! ……トビーがそう言ってくれて、ちょっと気が楽になったわ!」

 

 リゼットはそう言って、安心したように微笑んだ。

 

 

 だが、先程から義弟となったトビーに、リゼットはどうしても一言、言っておきたいことがあった。こうしてトビーと打ち解けた今が、そのチャンスだと思った。

 

 リゼットは、少し居住まいを正すと、咳払いをしてから言った。

 

「私、貴方のお姉さんになったのよ?」

「だから何だよ?」

 

 また突然話が飛んだなと、トビーは思った。

 

「お前、と呼ばないで」

「じゃあなんて呼ぶんだよ!」

 

 リゼットは、その質問を待ってました! とばかりに、

 

「ずっと一人っ子だったから、弟や妹が出来て嬉しいの。出来れば姉上とか、せめて姉さんとか呼んでくれたら嬉しいわ」

「えぇ~」

 

 心底嫌そうにトビーが(うな)る。トビーは前を向いたままボソッと呟いた。

 

「……お前みたいな姉貴、ありえねぇだろ」

 

 リゼットは、その呟きを聞き逃さず、笑いながらも、むくれたように言った。

 

「ほら! また、お前って言った! リゼ姉様、でもいいわよ?」

「……絶対に呼ばねぇ」

 

 そっぽを向いてしまったトビーの顔は、少し赤くなっていた。

 

 

 トビーは二年ほど前、乗馬の練習でグレーンフィーン領にやって来たリゼットを見かけたことがあった。

 あれが、グレーンフィーン伯爵家のお嬢様だと聞いた時は、なるほど、やはり庶民の自分とは、どこか違うと思ったのだ。


 おまけに、最近聞いた話によると、彼女はセイレーン・アレクシスの元婚約者だという。この国の王子様に見初められる程の……美少女だ。

 

 だが、その美少女は、犬のフンや、黒光りする害虫を処理する(たくま)しさを持ち、姉と呼べと自分に迫って来て……。

 

 ……トビーには、色々と気持ちの切り替えが出来なかった。

 

 

 ***

 

 

 すっかり二人が打ち解けた頃、レイマーフォルス家の別荘に到着した。

 リゼットは出迎えに現れた伯父のサミュエル、伯母のアンナと抱きあって挨拶した。

 

「ただいま戻りました。伯父様、お身体の具合はどうですか?」

「おお、えらく早かったな。心臓のやつは、薬で今のところ何とかなってるよ。トビー君、リゼットを迎えに行ってくれてありがとう。二人に話があるんだ。まぁここではなんだ、お茶にしよう。トビー君も寄って行きなさい」

 

 サミュエルは馬車から降りようとしないトビーにも声をかけた。だがトビーは、

 

「いや、俺はこれで帰ります」

 

 とつれなく返事をした。

 

「まぁそう言わずに、パウンドケーキを焼いたの。たくさん作ったから妹さんたちにも持って帰ってあげて」

 

 とアンナまで引き留めるので、トビーは仕方なく、お茶を呼ばれることにした。

 

 

 リゼットも手伝い、別荘の客室に四人分のお茶が入り、全員が着席したところで、サミュエルは切り出した。

 

「どうだね、トビー君。リゼットは? おかしなところもあるが、良い()だろう?」


 リゼットは伯父の持って回ったような言い方に、伯父が何を話そうとするのか察し、「伯父様、やめて」と小さく訴えたが、伯父の口は止められなかった。

 

「リゼットは、グレーンフィーンの祝福の力が強すぎて、タルール人と思念通話しないと、体調を崩すんだよ。だから……」

「伯父様!」

「定期的にタルールに連れていってやれて、年齢的にも釣り合う君が、リゼットを貰ってくれたら、有難いと思っている」


 トビーは驚きのあまり、無理やり飲み込んだお茶が気管に入ったらしく、ゲホゲホとむせている。


「ほら! 伯父様が変なこと(おっしゃ)るから!」

「どこが変なんだ? 王都で通訳をしてたって、グレーンフィーンの祝福は発散出来ない。リゼットはグレーンフィーン領に戻り、ロナルドのように、毎年冬にタルールに出掛ける生活をさせてくれる夫を選ぶべきだ!」


 リゼットはアレクシスの角翼竜ヴェータとの思念通話でも代わりになることを説明したかったが、アレクシスとの婚約破棄をした伯父にその話を蒸し返すと、ややこしくなるので押し黙った。

 

 

 気管に入った異物を取り除くのに成功したトビーが、まず確認したのは、リゼットの体質のことだった。

 

「……リゼット、体調を崩すって本当なのか?」

 

 リゼットはトビーが初めて「お前」と呼ばなかったのにも気付かず、

 

「たまによ。ちょっと負の感情を受けとってしまって、急に熱が出て倒れてしまうだけ。四、五日すれば治るし。トビー、伯父様の言ったことは気にしないで。トビーも言ったでしょ? この祝福を持って生まれたことの方が幸せなのだから……」

 

 リゼットは、グレーンフィーンの祝福を持つことが分かったトビーたち一家に、不安な気持ちを与えたくなかった。

 だが、リゼットのそんな気遣いを無視して、サミュエルは続けた。

 

「トビー君。君のお父上にもこの話は手紙で説明しているが、君自身にも、改めてお願いしたいと思ってね。まず、リゼットがどんな娘か知ってもらおうと思って、迎えに行ってやってくれと頼んだんだよ。母親に似て美人だし、ぜひ前向きに考えて貰いたい」

「伯父様! 私はまだ……」

「リゼットは黙りなさい!」

 

 サミュエルは、アレクシスのことを言おうとするリゼットを、ピシャリと黙らせた。そしてトビーに、


「お父上にも改めてお願いする。これを渡して欲しい」

 

 と言って、手紙を渡した。

 

 

 サミュエルから手紙を受け取ったトビーは、リゼットの顔色を(うかが)った。だが、黙れと言われたリゼットは、俯いたままで、その表情は髪の毛に隠れて見えなかった。

 トビーには、少なくともリゼットが、自分との結婚に前向きでないことだけは分かった。

 

 

 こんな気まずい雰囲気になるとは思わなかったが、そもそも残ろうと思った理由は、ただひとつだ。

 

「パウンドケーキを……」


 と、トビーはアンナに弟妹たちの分をしっかり催促した。

 アンナは、

 

「あっ、あら? もう帰るの? 少し待ってね。今、包むわ」

 

 と言うと、台所に消えていった。

 

 

 トビーは約束通り、パウンドケーキを受け取った。そのまま帰り支度をしていると、外までリゼットが見送りに来た。

 

「……あの、トビー。その……、迷惑かけてごめんなさい」

 

 申し訳なさそうに謝るリゼットに、トビーは何故か不機嫌になった。

 

 ──何故だろう。何かムシャクシャする……。

 

 トビーは、その苛立ちを無愛想と言われる、いつもの表情で隠した。


「じゃ、また二日後の朝、迎えに来る」


 とだけ言って、帰っていった。

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