第107話 縁談
リゼットは、ヴォリアーシャタウンの駅に迎えに来てくれたトビーと、だいぶ打ち解けて話ができるようになった。
いつもふて腐れているという印象だったトビーも、今はそう感じない。
トビーが見せてくれた笑顔に勇気付けられて、リゼットはずっと気になっていたことを口にした。
「あの……、グレーンフィーン伯爵家の事情に巻き込んでしまってごめんなさい。トビーは……、その……、グレーンフィーン伯爵家の次期当主になってしまうでしょ? だから……」
突然、そんな風に謝るリゼットに、トビーは怪訝な顔をした。
そして、言葉を選びながら、ポツリポツリと話し始めた。
「……俺たちは嘘つきじゃないって認められた結果だから……。……だから、別にいいんだ。……俺たちはタルール人と意思疎通出来るんだ。そのお陰で、タルール人たちに助けられた命だ。この祝福を持って生まれたことが、悪いことだとは思えない。……だから、お前が気にすることじゃない」
リゼットは、そんな風にトビーが思ってくれていたことを嬉しく思い、少し感動すらしてしまった。
「そうね、そうよね! これって、素敵な祝福よね! ……トビーがそう言ってくれて、ちょっと気が楽になったわ!」
リゼットはそう言って、安心したように微笑んだ。
だが、先程から義弟となったトビーに、リゼットはどうしても一言、言っておきたいことがあった。こうしてトビーと打ち解けた今が、そのチャンスだと思った。
リゼットは、少し居住まいを正すと、咳払いをしてから言った。
「私、貴方のお姉さんになったのよ?」
「だから何だよ?」
また突然話が飛んだなと、トビーは思った。
「お前、と呼ばないで」
「じゃあなんて呼ぶんだよ!」
リゼットは、その質問を待ってました! とばかりに、
「ずっと一人っ子だったから、弟や妹が出来て嬉しいの。出来れば姉上とか、せめて姉さんとか呼んでくれたら嬉しいわ」
「えぇ~」
心底嫌そうにトビーが唸る。トビーは前を向いたままボソッと呟いた。
「……お前みたいな姉貴、ありえねぇだろ」
リゼットは、その呟きを聞き逃さず、笑いながらも、むくれたように言った。
「ほら! また、お前って言った! リゼ姉様、でもいいわよ?」
「……絶対に呼ばねぇ」
そっぽを向いてしまったトビーの顔は、少し赤くなっていた。
トビーは二年ほど前、乗馬の練習でグレーンフィーン領にやって来たリゼットを見かけたことがあった。
あれが、グレーンフィーン伯爵家のお嬢様だと聞いた時は、なるほど、やはり庶民の自分とは、どこか違うと思ったのだ。
おまけに、最近聞いた話によると、彼女はセイレーン・アレクシスの元婚約者だという。この国の王子様に見初められる程の……美少女だ。
だが、その美少女は、犬のフンや、黒光りする害虫を処理する逞しさを持ち、姉と呼べと自分に迫って来て……。
……トビーには、色々と気持ちの切り替えが出来なかった。
***
すっかり二人が打ち解けた頃、レイマーフォルス家の別荘に到着した。
リゼットは出迎えに現れた伯父のサミュエル、伯母のアンナと抱きあって挨拶した。
「ただいま戻りました。伯父様、お身体の具合はどうですか?」
「おお、えらく早かったな。心臓のやつは、薬で今のところ何とかなってるよ。トビー君、リゼットを迎えに行ってくれてありがとう。二人に話があるんだ。まぁここではなんだ、お茶にしよう。トビー君も寄って行きなさい」
サミュエルは馬車から降りようとしないトビーにも声をかけた。だがトビーは、
「いや、俺はこれで帰ります」
とつれなく返事をした。
「まぁそう言わずに、パウンドケーキを焼いたの。たくさん作ったから妹さんたちにも持って帰ってあげて」
とアンナまで引き留めるので、トビーは仕方なく、お茶を呼ばれることにした。
リゼットも手伝い、別荘の客室に四人分のお茶が入り、全員が着席したところで、サミュエルは切り出した。
「どうだね、トビー君。リゼットは? おかしなところもあるが、良い娘だろう?」
リゼットは伯父の持って回ったような言い方に、伯父が何を話そうとするのか察し、「伯父様、やめて」と小さく訴えたが、伯父の口は止められなかった。
「リゼットは、グレーンフィーンの祝福の力が強すぎて、タルール人と思念通話しないと、体調を崩すんだよ。だから……」
「伯父様!」
「定期的にタルールに連れていってやれて、年齢的にも釣り合う君が、リゼットを貰ってくれたら、有難いと思っている」
トビーは驚きのあまり、無理やり飲み込んだお茶が気管に入ったらしく、ゲホゲホとむせている。
「ほら! 伯父様が変なこと仰るから!」
「どこが変なんだ? 王都で通訳をしてたって、グレーンフィーンの祝福は発散出来ない。リゼットはグレーンフィーン領に戻り、ロナルドのように、毎年冬にタルールに出掛ける生活をさせてくれる夫を選ぶべきだ!」
リゼットはアレクシスの角翼竜ヴェータとの思念通話でも代わりになることを説明したかったが、アレクシスとの婚約破棄をした伯父にその話を蒸し返すと、ややこしくなるので押し黙った。
気管に入った異物を取り除くのに成功したトビーが、まず確認したのは、リゼットの体質のことだった。
「……リゼット、体調を崩すって本当なのか?」
リゼットはトビーが初めて「お前」と呼ばなかったのにも気付かず、
「たまによ。ちょっと負の感情を受けとってしまって、急に熱が出て倒れてしまうだけ。四、五日すれば治るし。トビー、伯父様の言ったことは気にしないで。トビーも言ったでしょ? この祝福を持って生まれたことの方が幸せなのだから……」
リゼットは、グレーンフィーンの祝福を持つことが分かったトビーたち一家に、不安な気持ちを与えたくなかった。
だが、リゼットのそんな気遣いを無視して、サミュエルは続けた。
「トビー君。君のお父上にもこの話は手紙で説明しているが、君自身にも、改めてお願いしたいと思ってね。まず、リゼットがどんな娘か知ってもらおうと思って、迎えに行ってやってくれと頼んだんだよ。母親に似て美人だし、ぜひ前向きに考えて貰いたい」
「伯父様! 私はまだ……」
「リゼットは黙りなさい!」
サミュエルは、アレクシスのことを言おうとするリゼットを、ピシャリと黙らせた。そしてトビーに、
「お父上にも改めてお願いする。これを渡して欲しい」
と言って、手紙を渡した。
サミュエルから手紙を受け取ったトビーは、リゼットの顔色を窺った。だが、黙れと言われたリゼットは、俯いたままで、その表情は髪の毛に隠れて見えなかった。
トビーには、少なくともリゼットが、自分との結婚に前向きでないことだけは分かった。
こんな気まずい雰囲気になるとは思わなかったが、そもそも残ろうと思った理由は、ただひとつだ。
「パウンドケーキを……」
と、トビーはアンナに弟妹たちの分をしっかり催促した。
アンナは、
「あっ、あら? もう帰るの? 少し待ってね。今、包むわ」
と言うと、台所に消えていった。
トビーは約束通り、パウンドケーキを受け取った。そのまま帰り支度をしていると、外までリゼットが見送りに来た。
「……あの、トビー。その……、迷惑かけてごめんなさい」
申し訳なさそうに謝るリゼットに、トビーは何故か不機嫌になった。
──何故だろう。何かムシャクシャする……。
トビーは、その苛立ちを無愛想と言われる、いつもの表情で隠した。
「じゃ、また二日後の朝、迎えに来る」
とだけ言って、帰っていった。




