第102話 グレーンフィーン家 1
リゼットの婚約破棄に、エドウィンも頭を悩ませていた。
「星の支配者:ハイラーレーン」である息子が、リゼットとの結婚を望み、婚約者と定めた。
それはつまり、リゼット本人以外、この星の誰も覆すことの出来ない婚約ということだ。
……最後の「グレーンフィーン:星の理解者」であるリゼットには、グレーンフィーン伯爵家を存続させる義務があり、婿入り出来ない王族との婚姻は認められない……という建前は、ハイラーレーンの望みの前には、通用しない。
生前のロナルドは、アレクシスのことを、一人娘のリゼットを任せるに足る男だと認めてくれていたようだが、仮に反対したとしても、ハイラーレーンであるアレクシスが本気を出せば、暗示支配の祝福を使って、強引に話を進めることだって可能なのだ。
生前のロナルドは、恐れを知らなかったから、「セイレーン・アレクシス」との婚約を承認したのではない。
「ハイラーレーン・アレクシス」を、正しく恐れていたからこそ、二人の婚約を承認したのだ。
だが、アレクシスがハイラーレーンであることは、今ではエレオノーラとエドウィンしか知らない秘密だった。
恐らくアレクシスは、リゼットにもまだ伝えていない。
アレクシス自身が不在の今、エドウィンの口から、そのことを公にすることは出来なかった。
エドウィンに出来ることは、アレクシスが帰ってくるまで、何とかやり過ごすよう、リゼットを励ますことぐらいだった。
***
そんなエドウィンのところに一通の手紙が届いた。リゼット不在のグレーンフィーン伯爵家のカントリーハウスの管理を任せている執事ジョン・ハースマンからだった。
娘ネリーの漁師の夫、ジャック・タイラーが、漁に出たきり戻らず、行方不明となっていたが、二ヶ月後に帰って来た。
だが、おかしなことを言っているので相談したい、とあった。
……いわく、娘婿ジャックは「星の嵐」に遭い、タルールに流されて、タルール人に助けて貰った。タルール人の王から、アレクシス様に渡すよう預かっているものがある、と。
エドウィンは、これを読んで思わず立ち上がった。
──タルール人の王の意思を理解できる者、つまりグレーンフィーンの血を引く者が、他にもいる!
エドウィンは、顧問弁護士を呼び、ジャック・タイラーとその一家の祝福を調べるため、王都エアデーリャに連れてくるよう指示を出した。
***
一週間後、ジャック・タイラーとその一家は、王都エアデーリャにやって来た。
漁師のジャックとその妻ネリーの間には、十六才から三才まで三男ニ女の子どもがいた。エドウィンはその大家族ぶりに喜んだ。
セントレナード公爵邸にいきなり招かれた一家は、豪華な宮殿にポカンと口を開けていた。
エドウィンは笑顔で彼ら一家を出迎えた。
「ようこそ、エアデーリャへ。私はエドウィン・レーン・セントレナード。君たちにどうしても会いたくてね。遠いところ来てくれてありがとう」
「オレ、いや、わたしはアレクシス様に渡すようタルールの王に頼まれたモンがあって……。どーしたらいいんかなぁって嫁のネリーに相談しただけなのに、まさか一家で呼び出し食らう、いや、えーと、呼び出されるとは思ってなかったんで……」
面食らった様子のジャックが、エドウィンの差し出した手を握り、言葉を選びながら告げると、
「君が生きて帰って来てくれて、本当にありがたいよ。君たち一家について確認したいことがあったんだ」
エドウィンは笑顔でそう答えた。
だが、これに長男らしき一番背の高い少年が、ピリピリとした雰囲気をまとわせて、父親の前に進み出た。
「とーちゃんは嘘なんかついてねぇ! オレも一緒だったんだ! オレにもあいつらの声が聞こえたし、あいつらも俺たちの言ってることが分かるんだ! リゼットお嬢様の侍女をしていたっていうンケイラっていうタルール人が、オレに『お嬢様に渡してほしい』ってこんなんくれたんだぞ!」
そう言って、リゼットがお別れに受け取っていたような組紐をエドウィンに見せた。
母親のネリーは、そんな息子の脳天に、拳骨を見舞った。
「痛ってぇ!」
「トビー! 王子殿下になんて口を利くんだい! 殿下、躾のなってない息子で申し訳ございません!」
と、問答無用の鉄拳制裁で息子を窘め、エドウィンに謝った。
エドウィンは、トビーの話を聞いて気を悪くするどころか、グレーンフィーンの祝福はジャックだけでなく、息子にも受け継がれていると確信し、感激した。
「おお、ンケイラのことは私も知っているよ! 君たちが嘘をついているなんて思ってないよ。これで確信したよ。タルール人と意思疎通出来る君たちは『星の理解者:グレーンフィーン』だ! それを証明してもらおうと思って、来て貰ったんだ」
エドウィンは、再び驚く一家を、王都のティタレーン神殿に自ら案内し、祝福の判定をして貰った。
指に小さな針で穴を開け、血を一滴小さなガラスの上に載せ、古代技術の機械にかけると判定が出る。ジャックと子どもたち全員に、グレーンフィーンの祝福の反応が出た。
これでリゼットが「最後のグレーンフィーン」ではないと分かった。グレーンフィーンの祝福を持つ者が、六人も見つかったのだ。エドウィンが期待した通りの、いや、予想以上の結果だった。
その結果を聞いたジャックが、
「俺は、親父の顔を知らねぇ……」
と、ポツポツと話し始めた。
「俺は母親に、女手ひとつで育てられたんだ。俺の親父は漁師で、海で死んだんだって。死んだ母親は、最期まで親父の名を明かさなかった。まさか、俺の親父は、ロナルドの親父の……、グレーンフィーンの大旦那だったのか……?」
夫ジャックの独白を聞いた妻のネリーは、半信半疑で言った。
「……てことは、父ちゃんはロナルド様と腹違いの異母兄弟ってこと? にしちゃあ、亡くなった大旦那様にも、ロナルド様にも、全然似てないと思うけど……」
エドウィンも、恰幅が良く色白なロナルドと、細身で浅黒いジャックは、体格も、顔のどのパーツも似ていない、と思った。
だが、生活環境が全く異なっていたし、同じ母から生まれても似ていない兄弟はいるものだから、何とも言えないと思った。
「うーん、君の父上がロナルドの父上、という可能性も、もちろんあるだろうし、お父上はひそかに、グレーンフィーンの血を引く者だったのかもしれないね。古代技術でリゼットとの血縁関係を調べることは可能だ。君がどうしてもと望むなら、調べてもいい。……でも大事なのは血縁関係ではなく、現れたグレーンフィーンの祝福の力なんだよ」
と、エドウィンは、ジャックの父親が誰なのかは重要ではない、と語った。
「それにしては、私たちは五人の子ども達が生まれる度に、ヴォリアーシャ地方で一番大きな神殿に連れて行って診てもらったのに、なぜその時に判定が出なかったのでしょうか?」
というネリーの疑問はもっともだ。
普通の信仰心のある王国人の親ならば、生まれた子どもに祝福があるかないか、神殿で診てもらうのが一般的である。
ジャックの母は、父親が誰であるか発覚するのを恐れて、敢えて神殿に連れて行かなかったのかもしれない……と、説明がつくが、二人の五人の子どもはきちんと診てもらっている。
「グレーンフィーンは、所持者の少ない特殊な祝福だからね。調べないこともあるのかもしれないね……。それに、タルールに行かないと使わない能力のために、今まで気が付かなかったのかもしれない……」
というエドウィンの推測を聞いたジャックは、思い出したように呻いた。
「くっそぅ! わざわざヴォリアーシャタウンの神殿まで連れてったのに、ちゃんと診てもらってなかったってことだよな!」
「アンタが毎度、神官様に失礼な口を利くから、うちの子らには祝福なんて絶対ないって思われたんだよ!」
とネリーも思い出して、ジャックのせいにして、腹を立てた。
そして、あの五人分の神殿参りにかかった金で、酒がいくら飲めたかと悔しがるジャックと、そういう話じゃない! と憤る信心深いネリーとで、犬も喰わないケンカを始めた。
エドウィンはこの様子を眺めながら、グレーンフィーンの血を繋ぐジャック一家の登場が、アレクシスとの婚約の、リゼット側の事情を解決する、一筋の光明のように感じていた。
リゼットが養父のレイマーフォルス前子爵により、アレクシスとの婚約が破棄された一番大きな理由は「最後のグレーンフィーンだから、婿を取らねばならない」というものだった。
──ジャック・タイラーとその一家には、リゼットの代わりにグレーンフィーン伯爵家を再興してもらう!
エドウィンは、この結果をリゼットとレイマーフォルス家に伝えるため、王都にあるレイマーフォルス家のタウンハウスへ、至急連絡を取るよう命じた。




