第101話 見舞い
熱を出して寝込んでしまったリゼットの元に、差出人不明の花束が毎日届くようになった。
「まぁ、今日は黄色い薔薇ね。一体どなたなのかしら? 素敵ねぇ」
リゼットがセイレーン・アレクシス殿下の元婚約者と知られてから、求婚者がいなくなってしまったので、伯母のアンナはこの毎日届く花束の送り主に期待していた。
リゼットの過去を知った上で、毎日細やかに気遣ってくれる男性こそ、可哀想な姪を幸せにしてくれるのではないか……、と。
ようやくベッドの上に起き上がれるようになったリゼットは、部屋に飾られた花の送り主が不明と知ると、気味悪がり、受け取らないよう伯母に頼んだ。
「何故? こんなに綺麗なのに? 名乗りもせず奥ゆかしい方じゃない」
「……あの方かもしれないから」
「貴女と最後に踊っていらした方?」
リゼットはうなずいた。
あの方の嫌味な嫌がらせの一環かもしれない。
人の顔を覚えるのが得意なアンナが、誰か分からないと言う、あの男性……。
この贈り物を契機に、また彼に近づかれたくないリゼットは、伯母に理解してもらうために、角翼竜ヴェータによって明らかになった「グレーンフィーンの祝福の副作用」について説明した。
星の原住民のタルール人や、角翼竜との思念通話を長く使わないと、祝福の力が暴走し、マイナスの感情を拾って、体力を奪われ倒れてしまう。
帝国を離れる前に、祝福の力をヴェータで発散させてきたはずだったが、ダンスという直接的な接触により、祝福の副作用を発動させてしまった、と。
「それじゃあ、デビュタントの時に倒れたのも、その副作用が原因ってことだったの?」
コクリとうなずくリゼットに、アンナは驚いていた。
あの時リゼットは、国王陛下に「あの者はどうしているか」と尋ねられていた。
そこにリゼットが倒れてしまうほどの「負の感情」が含まれていたとは……!
今思えば、「あの者」とは、リゼットが黙っていた婚約者、セイレーン・アレクシスのことだったと、アンナはようやく腑に落ちた。
「だから、私がこの力を抑えて、エアデーン王国で生きていくには、タルール人と接するか、アレクシスの角翼竜に接するしかないの……」
と訴えるリゼットに、グレーンフィーンの祝福が強すぎるリゼットの体質を知ったアンナは、ため息をついた。
そして、それまでの見当違いの社交を詫びた。
「わかったわ。つまり、貴女に相応しいのは、社交界で出会うような、家柄とか教養がある貴族の方ではなかったということね。そういうことなら、ここでお相手を探すより、貴女を年に一度はタルールに連れていってくれるような方から、探さなければならないわね」
「そういうことじゃなくて、私はアレクシスが……」
「あの方はダメよ!」
アンナはピシャリと言った。
「貴女のお養父様、サミュエルも言ったでしょう。あの方はダメ。貴女はグレーンフィーン伯爵領を守る役目があるの。もうずっと領主不在で、港の施設は荒れ放題、領民は困っているけど、今はエドウィン様の預かりになっているからどうもしてやれないって、ベンジャミンが困っていたわ。貴女と共にあの土地を愛して、管理してくれる方を見つけるべきよ。それが貴女の役目なのだから……」
リゼットは、グレーンフィーン家の領民が、レイマーフォルス家の現子爵である、従兄のベンジャミンに訴えてくるほどの窮状に陥っていることを、初めて知った。
自分の結婚を待っている領民がいる……。
タルール人たちのためにも、グレーンフィーン家の祝福を絶やしてはいけないことも分かっている。
でも、そのためにアレクシス以外の男性とキスとか、それ以上とか……。リゼットは身を震わせ、あり得ないと思った。
リゼットはあと三ヵ月で十八才。成人となり、グレーンフィーンの爵位を継ぐことになる。
──元気になって、足首の捻挫が治ったら、エドウィン様に相談しに行こう。
婚約が破棄されても、アレクシス以外の人と結婚することは、リゼットにはやっぱり、考えられなかった。
***
リゼットの熱は下がっても、痛めた足首がなかなか回復しなかった。
今では貿易省の同僚となったジェニファーが、お見舞いに来てくれた。
リゼットのタウンハウスへの訪問が初めてではないジェニファーは、吠えたてる犬のバロンをサクッと無視して、スタスタと入ってきた。
そして、「家でゴロゴロしてるのも退屈でしょう?」と言って、家で出来る翻訳の仕事を机の上に置いた。
「ふふ、ホントは去年からやっといてって頼まれてた仕事なの。リゼットがいて、本当に助かるわぁ~」
と、バロンをガシガシ撫で回し、ご機嫌で帰っていった。
確かに急ぎではないが、これの翻訳版があればジーラント人が助かるだろうと思われる資料だった。
リゼットも、何もしないでいると気が滅入ってしまいそうだったので、ジェニファーの依頼は助かった。
相変わらず、差出人不明の花は届いていた。
最初の頃は毎日だったが、今では間隔が空いて届く。リゼットの回復状況に合わせているようで、ますます気味悪く思った。
一度受け取り拒否をしたが、玄関先に置いていかれるようになり、アンナは花が大好きなので、花に罪はないと受け取り続けていた。
***
夜会で知り合ったローズマリーも、母親とともにお見舞いに現れた。
控え目な外出着も品が良く、大人しいローズマリーに良く似合っていた。
リゼットの部屋に迎え入れたローズマリーに、犬のバロンが興奮してワンワン吠えたてた。
驚いて戸口で固まっているローズマリーのために、リゼットは吠え続けるバロンを抱っこし、マズルを手で押さえた。バロンは押さえられた口の中で、くぐもった声でホフホフ吠え続けている。
「ごめんなさい。躾のなってない犬で……」
驚いていたローズマリーが、おずおずとリゼットの腕の中にいるバロンに手を差し出した。
その匂いを嗅いで落ち着いたのか、バロンはペロリとローズマリーの手をひとなめした。
「可愛いワンちゃんね。名前は何て言うの?」
「バロンよ。こんなだけど、ホントは賢い犬なのよ?」
そう言って、リゼットはバロンに仕込んだ芸を一通り披露した。
リゼットが「お手」という前にお手をする、バロンお得意のフライング気味の芸ではあったが、ローズマリーも喜び、二人の少女の距離は一気に縮まった。
「お元気そうで良かったわ。貴女と最後に踊ったあの方、……ヒューイット・オブライエン様のことなんだけど……」
「……ヒューイット・オブライエン様?」
リゼットは、ローズマリーに言われた名前を繰り返した。
あの男性が何者か、ローズマリーが知っていたことに、リゼットは驚いた。
記憶力がよいとは言えないリゼットだが、それでも初めて聞く名前のような気がする……。
「……お久し振りです、と言われたけど、私は覚えてないの。伯母も知らない方だと言っていたわ。そう、ヒューイット様と仰るのね……。ローズマリーのお知り合いなの?」
ローズマリーは、かぶりを振った。
「いえ、兄が……。我が家は平民なんだけど、父と兄が祝福を持っていて、神官として働いているの。ヒューイット様は、以前、準神官として、神殿で勤めていた方だと、兄が言っていたから……」
あの夜会で、ローズマリーの付き添いで来ていた彼女の兄のマシューが、倒れたリゼットを、馬車まで抱えて運んでくれたらしいことは、リゼットも聞いていた。
「……そう。お兄様のお知り合いだったのね。あの時は急に倒れてしまって、お兄様にはご迷惑をおかけしたわ。それであの方は、今は何を?」
「兄が調べたところによると、準神官を辞めてから、国王陛下の侍従職に就かれているらしいわ」
「国王陛下の……」
それを聞いたリゼットは、初めて「祝福の副作用」を発動させた時のことを思い出した。
国王陛下から受け取ったのは、不信感、そして不愉快、というような感情だった。
アレクシスは、それはリゼットを通して、自分に向けられたものだと言って謝り、落ち込み、そして怒っていた。
アレクシスは、この国の最高権力者である国王陛下に疎まれている。
そのため国外に出て戻らないアレクシスのことを「亡命王子」と呼んで蔑む者もいることを、リゼットは最近になって知った。
ヒューイットは周囲にその内容が伝わらないよう帝国語を用いて、アレクシスが王国に戻らないことを願い、その為にも、リゼットに早く結婚してしまえ、と言った。
ヒューイットが国王陛下の侍従ということは、陛下の命令で自分の前に現れたのかもしれない。
……国王陛下の直接の伝言なのか、お考えを拝察しての行動なのか……。
伯父の言うように、オリヴァール陛下には、アレクシスにハイラーレーンとなってもらいたくないと思う側近がいて、ヒューイットは、そのうちの一人であるということは間違いなさそうだ……。
だが、それにしては、グレーンフィーンの祝福で受け取ってしまった感情は、リゼット個人に向けられていたような気がした。
……傷付けてやりたい、痛めつけてやりたい、というような、嗜虐心?、不幸を願う気持ち? のようなものだった。
まるで、アレクシスの元婚約者である自分に、八つ当たりするかのようで……。
リゼットは、二人に当てられた負の感情を思い出し、知らず、自身を抱きしめ、ぶるっと身震いした。
ローズマリーは、そんなリゼットを見て、気の毒そうに言った。
「ひどいリードのダンスだったわ。それで貴女は足を痛めて……」
「ううん、いいの。これのお陰で気の進まない夜会への参加が、堂々とキャンセル出来るんですもの」
リゼットはローズマリーを安心させようと、慌ててにっこり笑ってみせた。
それからは、二人の少女は仲良く語り合った。
ローズマリーはリゼットと同い年で、趣味が音楽ということが分かり、タウンハウスにあるアップライトのクラヴィアを連弾したりして、リゼットも久しぶりに心の底から笑うことが出来た。
***
楽しい時はあっという間に過ぎ、ローズマリーは帰り支度を始めながら、ふと、リゼットの机の上に飾られた、犬のぬいぐるみに視線をやった。
リゼットはローズマリーが何を見ているか気付くと、恥ずかしそうに笑った。
「このぬいぐるみは、秋祭りの射的の景品で、初めてアレクシスに貰ったものなの。名前はコロン。バロンの彼女なのよ」
アレクシスには笑われるから明かしたことのない、ぬいぐるみの名前と設定を教えた。女の子同士なら通じる楽しい空想遊びだ。
「ふふ。バロンの彼女なのね。この首についてる指輪は?」
「アレクシスから貰った婚約指輪なの。伯父には破棄されてしまったけど、私はアレクシスを待ってるから……。伯母には、母の形見って説明してあるから、内緒にしていてね」
「分かったわ。素敵ね、リゼット。貴女の恋が実るよう応援しているわ」
「ありがとう、ローズマリー」
二人はどちらからともなくハグしあった。
リゼットは夜会でローズマリーに会ったとき、仲良くなれそう、と思った自分の直感が正しかったことを、嬉しく思った。
居間ではアンナとローズマリーの母親も、お茶を飲みながら親交を深めていたようだった。
「また遊びに来て」と頼むリゼットに、母娘で大きくうなずいてくれた。
リゼットが王都の社交界で初めて掴んだ、素敵な出会いだった。




