第98話 不安な別れ
アレクシスは「祝福の副作用」という病気を抱えてしまったリゼットを、王国に戻したくはなかった。
だが、帝国はもうすぐ厳しい冬を迎える。リゼットに帝国の冬を経験させないことは、亡くなったロナルドとの約束だ。
それに未婚の王国人の娘を、帝国で自由に過ごさせるのには、限界があった。
アレクシスはリゼットに、副作用防止のため、最後にヴェータとたくさん話し込んで、祝福の力を発散させるように言った。
リゼットはこの機会に、気になっていたヴェータの名前の由来を聞き出した。
〈御主人様に、つがい様と同じ名前を付けて頂いたのですわ〉
そこで初めて、「ヴェータ」が「エリザベス」の帝国風の名前「エリザヴェータ」の愛称であることを知った。
アレクシスが巨大馬のエリサに続いて、またもや「リゼット」に因んだ名前を付けたことを知って、リゼットは赤面したが、アレクシスは開き直っていて厄介だった。
そしてリゼットは王国に戻ってから、どう過ごしていたかヴェータとアレクシスに聞いてもらった。
髪を切った話はアレクシスにやはり怒られたし、怒られると分かっている社交界の話は、かなり曖昧に話した。
王国に戻ったら、エドウィンが長官を務める貿易省で働く予定であることも話した。
***
国境の街、北フォークシャスに着いた。
エアデーン王国との取り決めで、翼竜で飛べるのはここまでだ。
アレクシスは、リゼットをヴェータから降ろしてやりながら、難しい顔をして話を切り出した。
〈実は……、リゼが十八になる来年の春までに迎えに行くって約束してたけど、ちょっと守れそうにない。迎えに行くのは、そこから三ヶ月後、来年の夏になりそうなんだ。ごめん……〉
まず「帝国の星の塔」の魔力充填作業が思ったより進まなかった。「環境保護システム:アーエリオス」として使用するには、莫大な量の魔力を充填する必要があった。
ウィリバートはダリヤーム川が航行可能なギリギリまで残って作業をすることにして、冬の間はアレクシスが作業を引き継ぐが、やはり春までには終わらない、という計算になった。
来年の春、ウィリバートには魔力充填作業のために、再び帝国に来てもらうことになっているが、それでも来年中に終わるかどうか……というところだった。
理由はもうひとつあった。
魔鉱省では今回新しい魔鉱脈を見つけたが、今後「帝国の星の塔」で使用する莫大な量の魔鉱石のこともある。
更なる安定的な魔鉱供給のために、次の新しい魔鉱脈の開発計画を抱えていた。
魔鉱省長官ヴィクトルと、魔鉱脈開発部隊を率いるイワンに、あと一回だけは、探索現場に同行して欲しいとアレクシスは頼まれた。
それが来年の雪解け後の出発で、魔鉱脈を見つけ次第、一人で離脱する約束で引き受けたものの、王国に戻るのは夏になる。
ヴィクトルは、
『リゼを迎えに行くのが、三ヶ月だけ遅れるだけだろ?』
と、笑って簡単に言ってくれたが、アレクシスとしては、それを引き受けたのは、苦渋の選択だった。
リゼットは、一瞬暗い顔をしたが、パッと笑って、
「ううん。三年とか言って、アレクシスに無理をさせてしまって悪かったなぁと思ってて……。アレクシスはアレクシスのやりたいことを、気の済むまでやって」
と言ったが、腹芸の出来ないリゼットは、すぐに深刻な顔に戻ってしまった。
〈本当に大丈夫か?〉
「……う、うん! 大丈夫! 気にしないで!」
またパッと明るく笑う。
アレクシスは、そんなリゼットを見ていて辛くなった。
〈もう俺が帝国にいるとバラされた。ちゃんと指輪をして、俺と婚約してると言えばいい〉
「ダメ! 絶対そんなの言えない……」
と、リゼットは目をそらした。アレクシスはイラッとしながら、
〈何で言えないんだ?〉
と問い詰めた。リゼットは、ポツリと言った。
「……陛下が怖いから」
リゼットは、初めての「祝福の副作用」のせいで、オリヴァールに苦手意識があるようだった。アレクシスは厳しい顔をした。
〈オリヴァールには、いずれ落とし前をつけに行く……〉
「や、アレクシスもそんな怖いこと言わないで! 私の方は大丈夫……」
リゼットはそう言って笑うと、また深刻な顔に戻り、小さく「……たぶん」と呟いた。
〈……心配だ。副作用のこともある。来年も春になったらすぐに留学しに来い〉
そう言ってアレクシスはリゼットを抱き締めた。リゼットは、深刻そうな顔のまま、何も答えなかった。
最後にヴェータの翼の陰で長い口付けを贈り、ポワンとしたリゼットを、ジェニファーに引き渡した。
***
リゼットを引き受けたジェニファーは、アレクシスを見て、ポワンとした。
髪は短めの綺麗なプラチナブロンド、翡翠色の印象的な瞳、身長は182シーム(cm)の自分より、ほんの数シーム低い程度か……。
──きっとあの騎士服の下は、綺麗な筋肉がついているに違いな……!
……残念ながら、ジェニファーのニヨニヨとした想像は、アレクシスと目が合って、強制終了させられた。
ジェニファーは、ジーラント人とのハーフだったので、暗示支配にかかりやすかった。
アレクシスは、すでにリゼットとは仲の良い友人関係にあるジェニファーに、念押しで《リゼットの味方になってやって》と暗示をかけた。
そんなわけで、ジェニファーのポワンは覚めてしまったが、リゼットはまだどこか、ポワンとしたままだった。
心配そうな表情でリゼットを見送るアレクシスに、二人は船の上から手を振った。
***
船が岸壁から離れ、甲板に出ていた乗客が客室に戻る頃、ジェニファーはリゼットを質問攻めにした。
「ねぇねぇ! さっきのイケメン誰? リゼットの恋人? 帝国で騎士してるの?」
「あ、あの……彼のことは、どこまで話していいか、わからないの……。ごめんなさい……」
と泣きそうな表情で謝るリゼットに、ジェニファーは慌てて
「あっ! いいの、無理に話さなくって! 私はリゼの味方になってって、彼に頼まれたからね! 話してくれる気になったら、いつでも聞いてあげるからね」
と、「味方らしく」大人しく引き下がってくれた。
そうして話題を変えるために、自分の話をし始めた。
「私の方はさー。そこそこ出会いはあったんだよ? だけど、私が見た目と違ってか弱い王国人だから、夏の間しか来れないし、いずれ王国で暮らしてほしいな~って言ったとたん、帝国人男子は逃げていくんだよ! どう思う? そんなに頭使って、王国語勉強するのがイヤなの!? それとも、ただ愛がないだけ?」
リゼットはどう答えていいかわからなくて、目をぱちくりさせた。
「もう私は結婚なんて諦めたから! 仕事に生きる!」
そうジェニファーは力強く宣言した。
***
それからリゼットは一人になりたいと言って、甲板に残っていた。
秋の空気の澄んだ空には、雲ひとつ浮かんでいない。
もうすぐタルールから戻ってきて二年経つ。
甲板の手摺に腕をおき、顎を預けてゆったりとした川の流れを見つめながら考えていた。
リゼットは、セイレーンの妻になる覚悟も、自分が領主になる覚悟も、他の男性と結婚する覚悟も、……何の覚悟もないままだった。
王国では十八才は「大人」と見なされる。いつまでも子どもではいられない。
自分は、来年の春には「大人」になって、そういう覚悟を決めることが出来るのだろうか……。
今のリゼットには全く自信がなかった。
***
帰国後、リゼットは貿易省のジェニファーと同じ部署で通訳として働き始めた。
伯父のサミュエルが、貴族の娘であるリゼットが王都で働くことを許してくれるのか心配していたが、意外にも伯母が、田舎の別荘に引きこもっているより、良い出会いがあるかもしれないと、伯父を説得してくれたらしい。
仕事は失敗もあったが、やりがいがあって楽しかった。
やがて王国にも冬が訪れ、新年を迎えた。
リゼット十八才になる社交シーズンが、始まろうとしていた。
【第二部 完】
ここまで読んで下さってありがとうございました。
第二部あとがきは活動報告に書かせて頂きました。第三部から登録ジャンルを「ハイファンタジー」から「異世界恋愛」に戻す予定です。
第三部も引き続きよろしくお願い致します~
ヽ(´▽`)/




