ひばり姫
優秀な竜を使役することが貴族女性の名誉と称えられる世界。
ある田舎の貧乏貴族家当主は、一人娘の良縁を願い、できるだけのことをさせて社交界に送り出した。
その夜のこと。
「姫よ。初めての舞踏会はどうだったかな」
「お父様。とても楽しかったですわ」
「それは良かった。素敵な紳士と踊れたかな?」
「紳士?そうだ、お父様にお願いがあります」
「言ってみなさい」
「わたくしも、竜がほしいです!みなさん持っていらっしゃるの」
「……」
「わたくしも竜を持てたら公爵様のお庭にご招待いただけて、みなさんの竜を見せてもらえます」
「……」
「お父様……?」
翌日、姫は居室に自分の騎士を呼びつけた。
「と、いうわけで、我が家は財政が苦しく、竜の卵を買い求められないらしいのです。そこでグイード、あなたにお願いがあります」
「何なりと。我が姫」
「わたくしの領地に竜がいないか探してきてほしいのです。できれば卵がほしいです。あと、このことはお父様には秘密です」
「仰せのままに」
ある雪の日、姫の居室には姫と姫の侍女がいた。
「姫様、最近お出かけにならないですね。そういえばグイード様のお姿が見えないようですが」
「グイードには特別任務を与えているのです」
「またとんでもないことを考えているのではないでしょうね」
「さあ、どうでしょう」
姫は窓辺に腰掛け刺繍を刺している。
「姫様、その図案は?」
「竜です!」
春。海辺。うららかな日差し。
砂浜に連なる草地に突如現れた巨大な鳥の巣のようなものに騎士グイードは相対していた。
「やや。これこそ竜の巣に違いない。それにしてもなんという大きさだ」
グイードは剣を抜き、天を警戒しながら"竜の巣"へ踏み入る。
注意深く巣を調べていたグイードは、あるところで動きを止め、わずかに目を見開いた。
「……卵だ」
グイードは剣を収めると、膝をつき、脱いだマントの上に、小さな卵をうやうやしく拾った。
竜の巣と思ったものは流木置き場であり、竜の卵と思ったものはひばりの卵だったのだが、グイードがそのことを知ることはない。
騎士グイードは直ちに帰城し、姫に卵を献上した。
「竜の卵をお持ちしました」
「グイード!あなたって最高の騎士だわ!」
「姫様の騎士でありますれば」
何日も姫の体調がすぐれないことがあった。
侍女は寝床から起きたがらないのに食欲の落ちない姫を不審に思った。
「姫様、お加減いかがですか」
「ううん、まだ頭が痛いです」
「グイード様も帰ってきたことですし、久しぶりに遠乗りでも行きませんか」
「そんな気分じゃないです」
侍女がおもむろに姫の布団を剥がすと、姫は卵を抱いている。
「あっ……!」
「そんなことだろうと思いました」
侍女は当主に報告した。
「卵?」
「はい。小さな卵なのですが、姫様がそれを体温で孵そうとしていらっしゃって……」
「我が子ながら変わった娘だね。まあ、元気なら良かったよ」
姫は密かに公爵令嬢と文通を始めた。
『わたくしの家来がわたくしのために領地を探して竜の卵を見つけてきてくれました』
『素晴らしい家臣と素晴らしい御領地をお持ちですね。何種の竜かしら?招待状をお送りしますね』
『竜の種類はわからないんです。でもご招待までにはきっと孵りますわ』
ある日、姫の寝床に侍女見習いが寝ていることがあった。
「あなたなぜ姫様の寝床に?」
「姫様がお食事の間、寝床に入って卵を温めているように言われました。助けてください」
侍女は湯たんぽを用意し、侍女見習いの代わりに寝床にそれを入れた。
姫の卵が孵ったという知らせを受け、騎士グイードは祝いの言葉を述べるために馳せ参じた。
「ぴーっ!ぴーっ!」
「おめでとうございます、姫様」
「鱗も尻尾もありませんのよ」
「かぎ爪にお気をつけください」
「牙もまだ生えていませんの」
「火を吹くかもしれません。覗き込まれませんように」
「海岸に巣を作る竜ならきっとお魚を食べるに違いないわ。グイード」
「釣ってまいります」
騎士グイードは釣り餌をことごとく食い逃げされてしまい、小魚一匹得られなかった。
余らせた釣り餌用の虫を雛は問題なく食べた。
侍女は当主に報告した。
「姫様は卵をお孵しになりました」
「根気強い子だね」
「グイード様が毎日虫を獲って雛に与えています」
「彼には迷惑をかけるね」
ある日、姫は騎士グイードを部屋に呼んだ。
「招待状には、グイードも是非来てほしいと書いてありましたの。竜の卵を持ち帰った英雄を、みなさん一目見たいそうなのです」
「お供いたします」
姫と雛を乗せた馬車を騎士グイードが操り屋敷を去るのを見送る当主と侍女。
「それであの娘は着飾ってどこへ行ったのだ?」
「公爵様の別邸でご友人の集まりがあるそうですよ。姫様、いつのまにご立派になられて……」
「公爵、卵。公爵、卵。グイード。嫌な予感がする」
「顔色が優れませんが、どうかされましたか?」
公爵家の別邸はベンバルベンの丘の上にある。
湖に面した広い斜面はなだらかで、美しい芝生に覆われたその庭のあちこちに、白いクロスのはためくテーブルと白い椅子、白い薄絹でできた天蓋、薔薇の蔦が絡まる白い東屋が点在している。
全てのテーブルの上には、色とりどりの小さな菓子と白くて華奢な茶器、薄紅色の薔薇の花を浮かべたガラスの水盤が並べられていた。
この優美な屋外サロンに、大貴族の姫君たちが各々に大小様々な竜を従えくつろいでいる。
上空に旋回する竜たちもいて、彼らの鱗が太陽を反射した光が、時々きらきらと庭に降り落ちている。
姫の雛はさっそく襲われた。
「シャーッ!」
「ぴーっ!」
「あらあら、いけませんよ。ごめんなさいね」
肩にとめた小型の飛竜をなだめながら、貴婦人が優雅に微笑む。
騎士グイードが携える鳥籠の中で、姫の雛は驚いて跳ね回っている。
「元気のいいこと。生き餌にこだわってらっしゃるのね?」
「生き餌?」
「生きている餌を生きたまま与えることは竜の健康にとって大変良いことなのよ」
「なるほど、思い当たることがあります。教えてくださってありがとう」
「ところで、あなたの竜はどちらにいらっしゃるの」
「?」
「ぴーっ!」
「?」