熱。体調が良くない
熱。
体調が良くない。
意識がもうろうとして、思考が支離滅裂だ。
頭のなかをかけめぐる思念は荒唐無稽なくせに、一定の説得力を持っているような気がさせるから、本当にめいわくだ。
熱。
やはりあれは、笑顔で終わらせるべきなんかじゃなかった。あの場の最適なソリューションは、けっして笑顔ではなかった。しかし話の落としどころを作るのには、それが丁度よかった。
あのときの笑顔は、不誠実だったと思う。それぞれにあったはずの言い分を、手間のかからない笑顔で代替した。
いや違う。僕は殴られても真実を知りたかった。しかし君にはきっと、殴ってでも伝えたい真実がなかった。殴ってでも伝えたいような相手に、なることができなかった。
そのことが、ものすごく悲しくて残念だ。
熱。
思えば君と僕とは、最初から、何ひとつ噛み合っていなかった。あったのは断絶だった。本当に必要な会話の多くはそこに吸い込まれた。なかったことにされた。
その断絶は、最初からあった。はじめまして、と挨拶した瞬間からそこにあった。
熱。
熱が地面に線をひく。あっち側にいってしまうか、こっち側に踏みとどまれるかは、ほんとうにささいな違いしかない。
いや、道なんかなかった。そんなもの、あったためしがなかった。あったのは、気の持ちようによっては、道に見えなくもないなにかに過ぎない。
いつも、線のようなものの上を、ふらふらと歩く。僕はばかなので、相変わらず踏み外してしまう。ような気がする。本当のところは、よく分かっていない。本当に、僕は、何かを踏み外したのだろうか? それは、本当に、重要なことなのだろうか?
命などというものは、いずれは無に帰るしかない。死という角度から眺めてみれば、どちら側もこちら側もない。そんな当たり前のことを、僕は死ぬ直前にようやっと本当の意味で理解するのだろう(そして、そんなものは、どちらでも良かったことに気がついて、笑ってしまうに違いない)
「この世をば どりゃおいとまに せん香の 煙とともに 灰さようなら」
十返舎一九。
そう。意味なんてない。
であるなら、僕はもう、誰にも迷惑をかけずに生きたい。
熱。
お弁当、美味しいね。
電車にのるの、楽しいね。
目的地はちょっとだけ先にとっといて、海でもみよう。
それって、お弁当みたいだよね。
もっと笑顔、みたい。
……ああ、そっか。
これは過去だった。
今はもう、この世界のどこにも。
熱。
生きていくのに、ちょうどいいくらいの熱、というものがある。僕らはそれを、平熱と呼んでいる。それがたったの二度、三度、四度ずれるだけで、いろんなことがうまくいかなくなる。たちゆかなくなる。あるいは、死んでしまう。
人間、最期には熱なんて失われてしまうのだから、熱こそが意味を作っているのかもしれない。
熱。
一生のうちに、熱は上がったり、下がったりを繰り返す。それが、荒唐無稽な思念を生み出していく。それを物語という。
僕と君との物語は、本当に駄作だった。脈絡なく始まり、脈搏なく終わった。なかったものを、あるように見せて、やっぱりなかったことにした。必要な会話なんて、何一つなされなかった。
まるで、僕の書く文章みたいだった。
熱。
熱ある限り、駄作を書き続けてやる。
愛しくない駄作なんて、一つだってない。
熱。