九話 人ならざる者の力。
自分で言うのも何ですが、段々と面白い展開に動き出している。
気がします!笑
佐藤さんは、客室で目を覚ました。
あ、あれ……俺は確かお風呂に入って……だめだ思い出せない。
長時間お風呂から出る気配のないサトーを心配したメイドが、何度か声をかけたが反応がなく、中に入ると石風呂にもたれかかり、気を失っていたらしい。どうやらメイド達に運ばれたようだ。
佐藤さんは、状況を全く把握できていないので誰かに聞きたかったが、家の中は静かで部屋も真っ暗だ。おそらく夜中だから誰も起きてはいないだろう――と、察して再び横になって寝ようとした。
その時、指先に何か柔らかいものに当たった。
ん?この柔らかさはまるで女性の……
ん?……
「へ!?」
余りにもびっくりして、声が裏返った。すぐ横にリーシャが寝ていたのだ。
その声でリーシャが目を覚ましてしまったようだ。佐藤さんはどうしていいか戸惑い、目を閉じて寝ているフリをした。
「うーん……」リーシャは、眠気まなこでサトーの顔を見ておでこ、頬、首と、順番にそっと掌を当てた。
何かを確認して再び眠りについたようである。
佐藤さんは、状況が分からない事とドキドキで変になりそうだ。
が、リーシャの行動を察するともしや看病してくれているのではないだろうか――と気づいた。そこから、自分はお風呂でのぼせたのだろうと推測する。
お風呂でのぼせたくらいでつきっきりの看病なんて、大袈裟にも程があるが、初めて入ったのだから分かるわけもないか。ペトラもたまにしかお風呂には入れないみたいだし、知らないのだろう。
ようやく、冷静になり佐藤さんはもう一度目を開けた。
「あわわわわっ!」
「ひゃっ、いやっ!これはっ――」
また眠りについたと思っていたリーシャと、目が合って同時に動揺した声を上げた。リーシャが裏返った声で説明をしようとするが、ベッドから落ちて言葉が遮られた。
「ち、違うのよ?変な事しようとしてたわけじゃないんだからね!勘違いしないでよね!馬鹿!」
暗くて、リーシャの表情までは読み取れないが、声から動揺している事は有り有りと分かる。
「わ、分かってる!分かってるから!看病してくれたんだよな!?――」
少し沈黙が続き、両者共に冷静を取り戻したようだ。
「大丈夫なの?体。」
リーシャは、背を向けて布団に戻りながら聞いた。
あ、戻るんだ。と、佐藤さんは思った……
いや、もちろん嫌なわけはないが寝れないぞこんな状況――
「あぁ、長時間浸かりすぎて気を失ったみたいだな。あんまりお風呂が気持ち良くてね。心配かけてすまない、大丈夫だよ。」
「少しだけよ?少しだけ心配してあげたの。別に大して心配してないけど。」
リーシャは、言っていることが矛盾している事に気付いているだろうか……ったく、素直じゃないんだから。
「ありがとな、素直に嬉しいよ。」
佐藤さんは暗闇の中、感謝の気持ちを込めて言った。その声には、優しい雰囲気が漂っている。
「うん。良かった。」
リーシャが急に素直になった――女心は秋の空とはよく言ったものだ。
なんだかリーシャの掌の上で右往左往させられているような気がした。
「今日はペトラと一緒に、これから住む場所探さないとね。必要な物とかも買いにいかないとっ――剣術場に行きたかったら行ってもいいわよ?」
「任せていいのか?でも、家は見たい気もするな。うーん。剣術も習いたいけど……うーん。」
元々家の間取りとか見るのが好きな佐藤さんは、特技「優柔不断」を発動する。
「じゃあ、家だけ一緒に選ぶ?まぁ、買い物って言っても、今日は食材買うくらいかもだけど、あんまり無駄遣いもできないし。」
「うん、それでいこう。」
クールに返事をする佐藤さんだが、内心では――なに、この会話!新婚みたいでなんかドキドキするー!ふぁーーー!!ってな、感じになっている。
すると、どこからか食欲を誘う良い匂いが漂ってきた。どうやら、もう朝のようだ。二人は、何事もなかったかのように同じベッドから出てリビングに向かった。
いや、何事もなかったと言えばなかったのだが。
ペトラが料理をしているではないか!台所を覗くと、ペトラでも届くように高さのある木を組み立てた足場が付けられている。佐藤さんは勝手に、ペトラ専用機と名付けた。
テーブルを見ると、料理が既に並んでいる。今日は、妥当な量だ。あまり多くては、残す事になってペトラに申し訳ない。
「二人とも、朝食を食べるですよー!朝食を食べたら住む家を探しに行くですよー!」
今日も、相変わらずペトラは可愛い。ペトラ専用機に乗ってる姿なんて写真に収めたいくらいだ。まぁ、写真なんて物はないだろうが。
家の作りや台所、お風呂だけ見ても、文明の進みが全然違うのは分かる。
ペトラがテーブルに座り、三人は朝食を食べ始めた。
「ペトラ!このサンドイッチうまいな!」
「ふっふー!自家製の特別な調味料を使っているのですよー!」
食パンで、薄めの焼いた肉と野菜がめいっぱい挟まれている。口を大きく開けないとかじりつけないほど分厚いが、肉は柔らかく簡単に噛みちぎれて、食べやすい。
調味料はマスタードとマヨネーズが近い、最初にほんの少しピリッと辛さがきて、その後優しい酸味が口の中に広がる。
ペトラも中々にチートだな。料理がうまくて商売上手、しかも幼女だ!なんて破壊力だっ!
サンドイッチをもぐもぐと頬張りながら、佐藤さんは頭の中でペトラをベタ褒めしている。
ペトラはリーシャに、大まかな家のグレードと家賃の説明をしている。以前泊まった村の安宿でも一人銅貨三枚であるから、二人で一月間、宿屋で過ごすと金貨一枚と銀貨八枚使う計算になる。家のグレードにもよるだろうが、どのくらい安くなるんだろう。
今は、金銭に余裕があるが、狩りにも出かけないといけないだろうな。
「一番低いグレードで一月銀貨7枚!?めちゃくちゃ安いじゃない!」リーシャは、テーブルを「バンッ」と叩き、目を見開いて…………多分喜んでいる。
「勿論出来る限り値下げした額なのですよー!特別価格なのですよー!本来の相場は、大体金貨一枚銀貨三枚くらいなのですよー。」
リーシャは、興奮した様子で一つ上のグレードの内容などを聞いている。
ふむ、命を助けたお礼にやりすぎってことはないのかもしれないが、ここまでされたら、何かとんでもない頼みごとをされても断れないな……腕のいい商人は、大金をはたいて利益を買うとか言うもんな――
ペトラって実は腹黒かったりして。いやいや、ペトラに限ってそんなことはない!幼女だからな!いやでも、もう幼女ならなんでもありだな!
佐藤は、完全に一人の世界に没落していた。リーシャ達に呼ばれている事にようやく気づく。
「おーいっ!もう出かけるよー?」
あ、あれ?リーシャが防具姿じゃない!ワンピースになるのか?ドレスとゆうのかそれは。少し深めの赤色で、上半身は体のラインが強調され、下はふわっとした膝上くらいのスカートだ。
「おー、可愛い。」
リーシャは、そっぽを向きながらも嬉しそうな声で返事をする。
「そ、そう?ありがとう。」
リーシャの要望で、一つ上のグレードの家を見に行くことになった。数分ほど歩き、到着したようだ。この家だとペトラの家も剣術場も割りかし近いらしい。門近くの市場までもそんなに遠くはなく、立地が良さそうだ。
家の見た目は、木造の平屋で、木の色は明るくあまり年季を感じない。真新しさを感じる。
扉を開け、家の中に一歩進むと目の前には壁があり、右手に二メートル程の通路がある。その左手に台所とリビング――のようだ。
要するに、いきなりリビングが見えない様に入口の前に壁を作ってあるのだ。
そこから更に右に進むと水浴び場であろうか。小さな部屋がある、シャワールームを想像するといいだろう。
その反対側は寝室で、ベッドが二つ置いてある。寝室は六畳程の広さで、二人で使うにはお世辞にも広いとは言えないが、別に困りもしないだろう。
「どうだリーシャ?俺はここで構わないけど。」
「ここに決めるわっ!」
佐藤さんは、二人で住むとゆう事に対して緊張しているのか、ソワソワして、どこか落ち着きがない。
――てゆうかこの世界では恋人でもない二人が、同棲ってゆうのは普通なんだろうか。パーティメンバーであっても、あまりそうゆう物語は見たことがないな。
否。この世界でもそうそうない事である。リーシャの感覚が特殊であるとしか言いようがない。
流石に嫌いな者と住むことはないであろうが、深く人と交わる事があまりなかったのかも知れない。記憶喪失のせいではあるが、世間知らずとも言える。
「じゃあ、後の手続きはペトラに任せるです!正確な金額が分かったらリーシャ殿にお知らせするですよ!」
あれ?ふと思ったんだが、なんで知らぬ間にリーシャが財布持ちで確定してるんだ……いや、この世界に詳しいリーシャが持つのは当たり前と言えば、そうなんだが……
うん、気付いてない事にしよう。私はその程度の事全く気にしない、懐の大きい男だからな!あえてリーシャに主導権を握らせているのだ!はーっはっはっ!
これは、全て佐藤さんの心の声であり一切口には出していない。特に最後の部分は、口が裂けてもこの男は喋らないだろう。
「うむ、それでは剣術場に行くとしようか。」
心の中の続きをそのままのトーンで喋ったため、なんだか偉そうな物言いである。
「なんか喋り方変よ?大丈夫?」
リーシャは、サトーのおでこに掌を当てながら不安げに聞いた。
気を失った影響で、頭がおかしくなったのではないかと心配しているようだ。
否。表に出していないだけで元々おかしいのである。
佐藤さんは、すごく、とてもすごく、バカにされてる気がしたが、スルーして歩き出した。
「サトー殿、剣術場はこっちなのですよー!」
踏んだり蹴ったりとはまさにこの事である。
とりあえず場所が分からないため、リーシャもついてくるようだ。
ここらの建物は、新しめの木造建築が多い。区画ごとに分けられていたりするのだろうか。道は色んな丸石が埋められた石造りでお洒落だ。道を歩いているだけでも楽しく感じられる。
などと考えている内に早くも着いたようだ。
剣術場。両開きの扉を開けるとそこは、地面の上に直接、壁と屋根をくっつけたような見た目で、長細く奥にまで続いている。床となる部分は石造りではなく、土である。
足場を、実戦がある可能性の高い場所を、想定しているのだろうか。森や草原は、石造りの地面ではないのだから当然といえば当然か。壁沿いには荷物が汚れぬよう棚が備え付けられている。
木剣で稽古をする者達の間を通って、ペトラを先頭にストラウスさんを探す。
進むと扉付きの簡単な仕切りがある。二メートル程の壁とも言える、上は筒抜けであるが。
扉を開けると、今度は木剣ではなく、真剣で稽古をしていて、壁際に数名、ローブ姿の者が立っている。回復魔法が使える救助隊と言ったところか。
まぁ、扉を開ける前から剣戟の音で、木剣ではない事は分かっていたが。
更に先へ進む。思っていたよりもずっと横に長い建物だ。三段の小さな階段を上り、また仕切りの壁、ここからの床は木造になっている。目の前の扉を、ペトラは二回叩いて開けた。
中には門下生と思われる者が二人と、その奥にストラウスさんが椅子に腰掛けている。
「やぁ、思ったよりも早かったね、来てくれてありがとう。そうだ!ちょうどいい、早速だが木剣でうちの者と軽く戦って見ないか?君の実力を知りたい。」
「か、構いませんが、剣術は分からないのであまり自信はありませんよ?」
いきなりすぎて、佐藤は虚を突かれたような顔をした。
「勿論構わない、軽い気持ちでリラックスしてくれればいい。」
リラックスか――この人はなかなか無茶を言う人だ。佐藤さんは、だんだん緊張してきた。ペトラとリーシャも見ているから、できればかっこ悪いところは見せたくない。
「分かりました。よろしくお願いします。」
木剣を目の前の門下生から受け取り、軽くお辞儀をした。
木剣とはいえ、クリーンヒットすればそれなりに痛そうだな……
両者は、四メートル程の間合いをとって軽く木剣を構える。
盗賊を倒したと言っても、剣術はド素人であるから、真面目に剣をふるってくる相手にどう動けば良いのか、全く分からない。
くそっ、あれは油断してたから勝てただけだ。いきなり試合をさせられるとは……
「始めっ!!」
考えもまとまらぬ内に、始めの合図が鳴ってしまった。
少しずつ。両者、円を描くようにジリジリと距離を詰める。間合いが三メートルを切ったところで、一気に間を詰めようと相手が前のめりになった。
くっ、こっちも突っ込んで剣術を使えないようにぶつかるしかない!
佐藤も、前のめりの体勢になった。
この数秒間の出来事だが、動き始めは、門下生が先に間合いを詰めようとしていて、後から佐藤が続くように間合いを詰めようとしているように見えた。当然先に動いたのは門下生である。
だが、本人である佐藤すら気づいていない事態が起こった。
先に動いたと思われた門下生の木剣に、佐藤が木剣を叩きつけていたのだ。門下生はほとんど前に出ていない。佐藤が三メートルの距離を一瞬で詰めた事になる。
だが、自分の動きに理解が出来ず、逆に一瞬で間合いを詰められたと佐藤は勘違いをしていた。
な、なんだ、どうなってる!一瞬で目の前に彼がっ!たった一瞬でこの距離を詰めてきたのかっ!剣術の差なのかこれは、訳がわからない。ただ必死になって剣を押し付ける。その時、佐藤は相手の顔を見た。
何でそんな顔してるんだ。攻め込まれたのはこっちなのに……とても攻勢に出ている者の顔ではない。恐れを感じている顔だ。
その時、ようやく自分が前に出ている事に気付いた。門下生のすぐ後ろは壁である。先ほど門下生はほとんど動いていないと言ったが、確かにその通りだ。門下生は動いていない。
一瞬で佐藤が間合いを詰め、木剣をぶつけた勢いで無理矢理下がらせたのだ。
「やめっ!!既に勝負はついた。両者、剣を収めなさい。」
門下生はほっとしたような表情だ。たったの一撃で力の差を見せつけ、戦意を喪失させてしまったようだ。
佐藤は、少し荒れた呼吸を整えながら、口を開けポカンとした表情をしている。
リーシャとペトラも似たような表情だ。当然だろう。本人すら自分の成長に気づかなかったのだ。なんせ実戦をしたのはたった三回で、その内の一回はただ見ていただけなのだ。
盗賊との戦いはギリギリのものであったから、確かに急成長する可能性はある。だが、この伸びは異常である。人の成長スピードでは考えられない上に、三メートルの距離を一瞬と言うのは、既に人の領域を逸脱していると言ってもいい。
いや、正確には違う、幼い頃から武術に励み長い年月を重ね、達人とまで言われるようになる者。そんな人物が可能にできるかも知れない。そんな領域である。
ストラウスは門下生を部屋から追い出し、黙って佐藤に視線を向け顎を撫でている。何かを考えているように見える。
この人ですらも、理解し難い動きを佐藤がやって退けたのだ。
この中で何となく理由が分かっているのは、本人とリーシャだけである。
そう、これは神から与えられた力に違いない。二人はそう考えていた。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
実は次も既に出来上がっておりますので早めに投稿したいと思います。次もよろしくお願いします!
作法や、誤字報告など、何かアドバイス等あれば是非お聞かせ下さい!参考に致します!