七話 行商人ペトラ
二人は北の国境を目指して歩いていた。北と言っても「北」でイメージするような地帯ではないだろう。遠くに見える山は青々と茂った山々が連なっている。
あくまで今の位置から「北」とゆうだけだ。
「そういえば、昨日は何の属性をイメージしたの?」
リーシャは、そこが重要だと考えた。
「あー、リーシャのフレアに吹き飛ばされた時の事を出来る限り思い返したんだ。魔法なんてリーシャのしか見てないし。」
リーシャは、自分の髪を弄りながら考えを巡らせた。
フレアは、火の属性で、性質は爆発。でも、あの見えた雲との関連性が分からない。
何故フレアのイメージで水の中に雲が見えたのか……リーシャが知っている四つの属性は、いずれも分かりやすい変化が起きている。
であれば、フレアとあの見えた雲、もしくはあの濁った水に関連性がなければおかしい……例外があるのだろうか――
「そっかー、フレアねぇー。」
リーシャは疑問形のようなイントネーションで返した。これが水とか風ならなんか繋がりがイメージできなくもないんだけどなー……やっぱりわかんないや。
これに関しては、佐藤さんも同じ気持ちである。
「まぁ、今は自分にやれることをやるよ。悩んでも仕方ないしな。」
自分に能力があると分かって、前向きな気持ちになった様だ。
今歩いている道は、街道といわれる整えられた道だ。人の通る所だけ草木を刈り取ってある。
そこを辿って行けばそのうち国境にたどり着くだろう。
「リーシャ、なんか変な声聞こえなかったか?今。」
「下品な笑い声が聞こえたわね。盗賊でもいるのかしら……リーシャ怖い!サトー守ってー!」
リーシャは、わざとらしく甘えて見せた。
「いや、リーシャさんの方が……」
佐藤さんは無意識に、殴られると思いリーシャから少し距離を取った。
「うわぁぁぁぁーー!!くるなですぅぅーーー!!!」
それは、女の子の叫び声とハッキリ聞き取れた。
「リーシャ!!!」
サトーは、一言だけ発して声のする方へ全力で走った。リーシャもほぼ同時に森の中に入っていく。
声の大きさから言って、まだ距離がありそうだ。音が森の中で反射して正確な位置もつかめない。
「こっちよ!走りながらだと正確な位置は読めないけど、方向くらいなら分かる!」
どこまでも便利なスキルだ。とサトーは思い羨ましくなった。が、そんな事を考えている場合じゃないと、すぐに頭を切り替える。
その後、サトーは右側に広がってリーシャとの感覚を開けるように言われた。男が1人見えたようだ。
だが、すぐに見失い、そのまま走り続ける。子供の声は聞こえないが、まだあの男は走っている様子だった。ならまだ逃げているはず。
相手が何人いるか分からないのはかなり危険だが、見過ごせるはずもない。
リーシャは再び男を、視界に捉えた。体に急ブレーキをかけるように止まり、即座に弓を放つ。
これが当たるならとんでもない早技だとサトーは遠目で見ながら思った。
全力で走っている状態から、止まって、弓を構え、弓矢を掛け、弓が発射されるまでの工程が、わずか2秒足らずだ。
リーシャは、打ってすぐにまた走り出した。
当たったんだろうか、当たっていなければ不味いかもしれない。
いや、当たっていても大声をあげたり、仲間にこちらに敵がいると叫ばれたりしたら……
どうやら大丈夫なようだ、リーシャがそんなサインを俺に送っている。ここからでは見えない。死んだのだろうか……
佐藤さんは、なんとも言えない気持ちになった。どんなに相手が悪人でも、殺せば罪を問われる世界にいたのだ。人を救うためだと分かっていても戸惑ってしまいそうだ。
首を振り考えるのをやめた。
子供を助けたい!
後悔もしたくない!
なら考えることなんてないじゃないか!
心の中で何度も言い聞かせながら、夢中で走った。
その時――荷物を背負った小さい子供の姿が見えた!全力でかけるが、その数秒後に男が通り過ぎた。
「くそっ!」
あの距離じゃ追いつかれるのも時間の問題だ!
子供があらぬ方向に行けば遠ざかってしまうが、あのまま追っていても先に追いつくのは無理だと判断し、先回りをする様に少し方向を変えた。緩い傾斜の山道を全速力で駆け下りる。
その先に水が見えた。湖だろうか、近くから草を掻き分けるような音が聞こえる。どうやら方向は変えなかったようだ。これなら追いつけるかも知れない。
湖に出た瞬間、荷物を背負った子供と勢いよくぶつかった。子供は、「バシャンッ」と音を立て湖の浅瀬に転んでしまったが、すぐに逃げようと体制を整えた。
「大丈夫だ!俺は敵じゃない!お前を助けにきた!!」
少女……いや、幼女か。まだかなり幼く見える、その子は一瞬安堵したように見えるが、俺の身なりを見て、またすぐ不安に駆られるような表情をした。
佐藤さんの防具は、誰が見ても安物の皮防具な上、右腕は、ウルフに噛みつかれた時のままなため、無いに等しい。
ボロボロの見た目で強そうには見えない。
その子は再び逃げるか迷った。追いかけてくる奴はもう一人いるため、目の前の男といる方が、単純に助かる可能性が高いかもしれない――と考える。
だが、考えているうちに追手がきてしまった。
「おー?やっと見つけたと思ったら、あんたは誰だー?保護者かー?ヒヒッ!」
気味の悪い笑い方をするそいつは、佐藤さんよりかなり大柄で、右手に斧を持っている。
「お前こそ、何でこんな小さい子を追い回してるんだ?変な性癖でも持ってんのか?見た感じからやばそうだもんなーお前。」
ほんとはちびりそうなくらい怖いが、敢えて挑発した。ビビっているのがバレたらそれこそ終わりだ。
「おー、ガキのくせに言うじゃないかー!おじさん楽しくなってきちゃったよー!ほーら、かかっておいでー?」
くそっ。怒るどころか興奮しやがった、ますます気持ち悪い奴だ。
佐藤さんは、自分が少年の姿と言うことを忘れている。
目の前の男は、ボロボロの装備に身を包んだひ弱そうな子供だと思い油断しているが、サトーの精神は子供ではない。
こうゆう時こそ冷静にならなければと、今の自分にできる、男を倒す方法を探った。
その冷静な考えとは、対極にあるような声で、斧を持った男に、高く剣を掲げ、斬りかかる。
「うぉぉぉぉぉー!!!!」
斧の男は待ってましたと言わんばかりに、高く構えた剣めがけて斧をぶつけ弾き変えそうとした。
「なにっ!」
が、斧は風切音をたてて空を切っただけであった。男は空振りして大きく体制を崩した。
サトーは、わざと隙を見せて全力で斬りかかるフリをしたのだ。
剣を持つ腕には、ほとんど力が入っておらず、更に斧がくる瞬間に、膝の力を抜くようにして地面すれすれとも言える低い体制に移行した。そのままの勢いで体制を崩した男めがけて、懐に飛び込み剣を突き刺した。
これは賭けとも言える方法だが、大男に勝つ手段などこれくらいしか思いつかない。油断してくれていなかったら勝機は見出せなかった。
が、この戦略を思い付く事自体は誰でも出来ると言っていいだろう、別にすごいことではない。
だが、ほとんどの人間にはこれができない。
一歩間違えばこれは一撃必殺の攻撃を持つ相手に丸腰で飛び込む事になる。まさに博打、戦術で言えば背水の陣である。
余程の覚悟か、これに勝る勇気がなければできない。もし、それを持たずに無理やり決行すれば、恐怖に体は強張り、思うように体が動かず、気付いた時には絶命しているであろう。
男との身長差も要因にはあるだろうが――
剣は、防具の隙間を縫って男の右肩に深々と突き刺さった。唸り声をあげながら男は命乞いを言い始めた。
「ま、待て!待ってくれ!俺が悪かった!命だけは見逃してくれ!生活のためにその商人からアイテムを奪おうとしたんだ、もうしないと誓う!だから命だけはっ!!」
でかいのが図体だけで良かった。と、サトーは思った。
肩の傷は大怪我には違いないが、斧を持ち変えればなんとか振るえない事もないだろうに。人の強さは心だとは、よく言ったものだ。
後ろにいる小さい子供は、少し落ち着いたように見える。
「君、追っかけてくる奴は何人いたか分かるかい?」
サトーは、なるべく優しげな声で問いかけた。
「二人なのです!でも、逃げてきたところにはもっといっぱいいるのです!」
すると、奥の林から男が体を引きずるようにして、とぼとぼと歩いてきた。すぐ後ろには弓を構えたリーシャがいた。
「良かった!無事だったんだなっ!」
サトーがそう言うと、リーシャはこっちのセリフだと言わんばかりにおどけて見せた。
「この子が逃げてきたところに沢山の盗賊がいるみたいだ、こいつらをリーシャはどうするべきだと思う?」
リーシャは即答する。
「殺すべきね――」
「待ってくれ!絶対に言わない、逃げられたと頭領に説明する!信じてくれ!」
勿論サトーは、カケラも信用はしないし、間違いなく、このまま返せば大人数で追いかけてくる事は容易に想像ができる。大体、その傷をどう説明する気だこいつは、筋肉でも詰まってるのかその頭は……
だが、それでも殺すことには抵抗があった。
「君、何か縛り上げられるようなものは持ってないかい?」
「私ペトラ!後、あなたより私年上なのですよ!子供扱いしないで欲しいのですよ!」
「え?」
サトーは、今一番困惑している。
どう頑張っても小学生が良いところだ。俺より年上って……あっ、いやいや、それでもおかしい、無理がある、けど……こんな小さい子供が商人てのも……あー!!もう!!後回しだ!!
「分かったペトラ、それで何か縄とか紐のようなものはある?」動揺を精一杯隠しながら言った。
「ないです!」
「ないんかーいっ!!」
完全に、これはある流れだと思っていたので、ついツッコミを入れてしまった佐藤さんである。
「参ったな、できれば殺したくはないんだが……」
すると、リーシャが代案を出した。
「多少の危険は伴うけど、国境の警備兵に突き出す?」
「そうだな!それが良い!」
ちょっとだけ偉そうに言った。側から見れば、大人ぶった子供に見えるだろうな……
「じゃあ、盗賊のおっさん達は俺たちの前を国境に向かって進んでもらうよ。嫌ならここで殺す。」
サトーさんは、こちらの気持ちが伝わるよう、なるべく冷たい声で言った。
まずは、街道に向けて進んでその後は、道なりに進むだけだ。
「念を押すけど、変な動きはしないほうがいいわよ。後ろから常に狙ってるからね。」
そして、警戒しながら歩み始めた。リーシャはボソッと小言を言った。
「綺麗な湖で水浴びできるかもーって思ったのになー。ついてない。」
あー、なんてこった。
「も、もっかい戻ります?ご一緒しますぜ!」
とは、流石に言えない。下心が見え見えである。佐藤は下心を隠し周辺を警戒する。
「リーシャ、他に怪しい動きをする奴はいないか?」
「それは大丈夫、近くには誰もいないわ。ほんとにこの二人だけで追いかけてきたようね。」
佐藤さんは、少し安心した。にしても警戒し続けるってのは想像以上に疲れるな――少しだけ疲れた顔をした。
「お礼は後でしっかりするのです!だけど、とりあえず二人ともこれを飲むのですよ!」
ペトラがアイテムを小さな手で手渡してきた。可愛い……怒られるから口にはしないが、可愛い――
それを飲んだ途端疲れが吹き飛んだように、体も頭も軽くなった。
「すごいな、これ!体がかるくなったぞ!」
「お兄さん、飲んだ事ないのですか?これは疲れをとることに特化させたポーションなのです!」
隣でリーシャが、肩をブンブン回している。おう……元気になってますね……
「もう少しで国境なのですよ!それまで頑張るです!」
しばらくすると、大きな門が見えてきた。盗賊はキョロキョロと視線が泳いでいるように見える。何とか逃げられないか考えているのだろうが、それなりに傷を負っているし大胆なこともできないだろう。
ようやく、兵士が見えるところまで近づいてきた。ペトラが兵士に向かって大きく手を振る。兵士もそれに気付いて大きく手を振り返してきた。
盗賊は兵士を見て観念したのか、諦めるように首を落とす。
やはり商人とゆうのは本当のようだ……にわかに信じがたい。と、佐藤さんは自分を棚に上げて思った。
兵士が先頭を歩く男に警戒しながら、こちらに近づいてきた。
「おぉ!ペトラ殿!随分とお早いお戻りですな!それと、そこの怪我をした男二人はもしやすると――」
「この盗賊が私の荷を奪おうと襲ってきたのですよ!捉えて欲しいのです!」
それを聞いた兵士は、すぐに他の兵士を呼び二人を拘束した。
そのあと、ペトラは兵士に諸々の状況を説明しているところだ。どうやら、身を守るために持っていた魔石をなくしてしまって、逃げるしかなかったそうだ。
「お二人には本当に感謝申し上げる!ペトラ殿は大事なシルバガントの、腕の立つ!行商人ですからな!ハッハッハ!」
なんとも豪快な兵士だ。笑い声で威圧されているような気になる――
三人は国境の詰所で、少し休ませて貰えることになった。
これが行商人の力か。やるなペトラ……
豪快な兵士を交えて、四人でリーシャとサトーのこれまでの話をした。勿論、転生に関わる話は省く。
「なるほど、剣術を知らぬのに盗賊を倒すとは見所のある若者ではないか!剣術を習って見る気はないか!?」
「リーシャ殿は素晴らしい弓の腕を持っておられるようだ。まだお若いのに、才能とは恐ろしいものだ!」
豪快な兵士はベタ褒めして見せた。
「剣術は習ってみたいのですが、旅の途中なので……」
リーシャが割って入る。
「いいじゃない。やってみたら?やれることからやるんでしょ?私はその間のんびりさせてもらうわ。でも、期間は決めておきたいわね。」
「ならば!!私の知るものはかなりの手練れ、半年もあれば一人前の剣士になれる事でしょう!サトー殿ならきっと大丈夫です!」
サトーは、リーシャを見て確認をとる。
「分かりました。私もそれで大丈夫です。」
ちょっと不安だったが、おっけーしてくれたようだ。これで少しは戦えるようになれるぞっ!
「ここから、真っ直ぐ北に伸びる街道に沿って歩くとパルサとゆう名の街が見えます。そこに住むストラウスというものを訪ねて私の名を伝えて下さい。ファビオとだけ言えば伝わりますので。後のことはペトラ殿に聞いていただければ、スムーズにたどり着けるでしょう!」
名前がいっぱい出てきてパンクしそうだが、ペトラがいれば大丈夫だろう。
佐藤さんは頭を下げた。
「ファビオさん、感謝致します。」
「そろそろ出発するですよ!あまりのんびりしてると日が落ちるまでに着けなくなってしまうです!」
ペトラに急かされたので、礼を言いつつ三人は急ぎ出発した。
「サトーも、ちょっと頼れるようになってきたかな?」
下から見上げるようにして、ニヤニヤしながらリーシャが声をかけてきた。
つい、褒められたのが嬉しくてニヤけた。相手が油断していたとは言え、自分よりも大きい相手を倒せたのはすごい。と、佐藤さんは自画自賛した。
「街に着いたらまず、そのボロボロの装備をなんとかするですよ!助けがきたと思ったのに、その姿を見たら不安になったですよ!」
リーシャとペトラは大声で笑う――佐藤さんは恥ずかしくなったが、街に着くまでの我慢だ――と、恥ずかしさを堪えて顔を見せないように背ける。
ふと、もっさんを思い出し、もう少しマシな防具くれよな……と、待遇の悪さにケチをつけた。
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