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六話 国境越え

 外は日が落ち始め、夜の気配が近づいてきた。キーキーと鳥の鳴き声だけが闇の中で響く。


 泊まっている宿は、木材のみで作られていて自然の落ち着く匂いがする。俺は部屋にろうそくを灯し、部屋に一つしかない窓を閉じる。




 そういえば、バタバタして気づかなかったが、体ってどこで洗うんだろうか。見た感じ、お風呂屋さんとかは無さそうだったけど……それとなく聞いてみるか――



「この世界では、体を洗いたい時ってどうしてるんだ?この村には、そうゆう場所あるのかな?」

 なんとなくお風呂や銭湯といった言葉は通じない気がしたので、曖昧な言い方にした。




 リーシャは、防具等を外し、少し目の荒い麻でできた下着だろうか、こっちの世界でゆうTシャツにショートパンツのような服装に着替えていた。町の人の服装を見ると、他にも生地の種類はありそうだ。

 防具とか靴を履いたまま寝る。とかじゃなくて良かった……




 リーシャは、装備品や衣類を丁寧にカゴに入れてから答えた。

「人のいないとことか、見えない場所で水浴びね。貴族より上の階級は石鹸も使うけど、高級すぎて維持できないわ。」



 なるほど、石鹸は高級なのか。まぁ、科学があまり進歩してるようには見えないし、考えてみれば当然か。



 とはいえ、水浴びはつらいなー……お湯と石鹸を下さい……ドラム缶風呂!あ、ドラム缶がない……ぐぬぬ。

 佐藤さんは、せめてお湯を使えないかと考えたが方法が思いつかない。




「石鹸はなくても、生活魔法が使えれば体を綺麗にできるわよ?魔法の素質が少しあればだけど。試してみる?」




「試す!今試す!すぐ試す!」

 佐藤さんは、まるで魚が餌に食い付いたようなリアクションをした。





「試すのは属性の素質よ?今すぐに生活魔法を使うのは流石に無理かも。今ここで試せる属性は、火、水、風、氷の四つね。」





 あー、キタコレ、俺の潜在能力が暴れる時キタコレ。佐藤さんは、自分に古代精霊魔法の素質があるなら当然、魔法の素質もあるに違いないと考えた。

「なるほど?どうしたらいいんだ?」

「両手で水がこぼれないように掌で抑えて。少しあれば十分だから。」




 佐藤は、水をすくうようにして両手を差し出す。





「後、私みたいに複数の属性がある人は、一番強い適正のある属性が現れるわ。今から、掌に少し水を垂らす。火なら蒸発。水なら増える。風なら動く。氷は今よりも冷たくなる。」





 リーシャは、水の入った陶器を掌に向けて少し傾けた。それを佐藤さんは眺める……眺める……眺める……






「え?これもう始まってる?動かないんだけど。」

 佐藤さんは、まさか魔法の才能がないのではないかと、背中が寒くなるような気持ちになった。





「まだよ。ここからの説明が難しくて、転生者のあなたになんて教えればいいか考えてたの。私達は感覚的に魔法を使ってるから。」




 リーシャは苦笑いで言った。


「うーんと、まずは……頭の中を真っ白にして、壁でも部屋でも何でもいいから真っ白な世界をイメージするの。水はこぼさないようにしてね。」




 できそうと思ったが、これはなかなか難しいかもしれない。ただ白を想像するだけならできそうだが、眼を瞑ると水をこぼしてしまいそうだ。かと言って、眼を開けたままだと真っ白な世界がイメージできない。




 佐藤さんは、無言で集中している。





「時間がかかっていいからなるべく何も考えずに、集中して?それができたら、そこに使いたい魔法のなるべく強いイメージを思い浮かべれば、適正があるか分かるわ。」





「…………」






 それから、十分、二十分、いやもっとか?

 佐藤さんは、ただ無になることだけに集中しようとしているため時間の感覚がよく分からない。




 やはり、眼を開けたままではどうしてもイメージできない。水をこぼさないように意識をしつつ、眼を閉じる。





 考えるな。時間を気にしているようではダメだ。無になれ。無。無。無。





 リーシャは、音を立てないようにサトーの掌をただ見つめている。





 三十分ほど経っただろうか。リーシャは、掌の水が一瞬揺れたように見えた。その数秒後である。変化が現れた。






 だが、その変化は先ほどリーシャが言ったような変化ではなかった。




 水の色がうっすら白くなり、濁り出した。




 まるで、水の中に雲が浮いているように見えた。




 リーシャは、見たままを言葉にした。

「宝石みたい――綺麗。目を開けてみて。」




「おー!何の属性だ?これは?」

 集中を緩めた途端、濁りが消え、普通の水に戻った。





 どうやら、リーシャにも分からないようである。先ほどの四種の属性ではない、別の何かであるが変化の様子を見てもピンとくるものが思いつかない。





 だが、佐藤さんは大いに喜んだ。初めて自分に明確な可能性が見えたからだ。



 この世界にきてからとゆうもの、目に見える攻撃力や体力はどれをとっても平凡以下、剣術などに優れているわけでもない。




 鍛錬を積めば多少はましになるだろうが、やはり元の世界のイメージでは、転生をした瞬間から最強だとか、何かに恵まれ苦戦などする事がない。




 そうゆうイメージが頭から離れずにいただけに、初戦から大怪我をして、少女に守られなければ何も出来ずにいる自分に、強く劣等感を感じていた。





 自分には、何の才能もないのではないか――と、自信がなくなればなくなるほど、獣に対する恐怖心も強くなった。


 この世界にきてまだたった二日だ。たった二日なのだ。




 だが、平和に慣れきった喧嘩すらまともにした事のない人間が、いつ命を失うか分からない場所に、放り出されればどうなるだろう。




 恐怖心に苛まれ、自ら命を断つ者。パニックに陥り人を手にかける者もいるかも知れない。獣と戦って命を落とすのならまだマシだ。




 戦う力がなければ、恐怖心はさらに大きくなる。獣に遭遇しただけで、死が確定してしまうのだから。




 俺は一人ではなかったし、守ってくれる者がいる。だが、自分ではない、他人である。




 もし一人になったら。



 もし、一人の時に襲われたら。



 もし、群れに襲われ守ってもらう事ができない状態になったら。



 いくらでも思いつく。不安であればあるほどに。




 不安らしき感情はあまり見せなかったが、そんなわけはない。恐怖と不安に押し潰されないように耐えていたのだ。



 二日と言う時間は、この状況下で考えれば人の精神を狂わせるのに十分だ――



「ありがとう!良かった!」

 佐藤さんは、濡れたままの手でリーシャの手を握って笑った。その笑顔は、なんとも表現し難い、暖かさが感じられた。





 リーシャも自然と嬉しそうに、何度も頷いた。



 その日は、サトーが先に眠りにつく。




 幸せそうな寝顔だな――と、リーシャは思った。



 リーシャは、その後しばらくサトーの属性について考えていた。あの雲は、ただ濁ってそんなふうに見えただけなのか。


 仮にあれが雲だとしたら、この世界の人間が真っ先に思いつくのは天である。天は神を意味する。雷も神の力であると信じられているようだ。



 サトーは転生者で、神に力を与えられた者。




 裏付けるものは何も無いため言えはしないが、雲に見えたのは偶然ではない。そんな気がしてきている――




 部屋の灯りをそっと消して、リーシャも眠りにつくことにした。




 日が昇り、次の日の朝を迎えた。リーシャは先に起き早々といつもの防具に身を包んだ。

 佐藤さんが、遅れて目を覚ましリーシャの方を見た。


 もう防具をきている。なんだが損をした気分だ。

 部屋着姿が魅力的だったため、明日の朝も見れたらいいななどと考えていたが、世の中そんなに甘くは無い。





 次もこのくらい小さな村ならいいのにと、思いながらもう一度目を瞑った。





 リーシャは、サトーが起きたことに気付いていたようで、二度寝しようとしているサトーの頬っぺたをつねりながら言った。


「いつまで寝るつもりよ。もう出発するわよ。」

「ふぁい、いまおきまふ。」




 頬をつままれているため、変な発音になった。



 リーシャは、新たに描き足された地図を広げた。とてもざっくりとだが、店主がここから北にある集落を教えてくれたのだ。その集落は国境を超えた先にあるらしい。




 今いる国の名は、スーピリア・リブル王国。そして、その北にあるのが、シルバガント帝国である。




 スーピリアの国力はあまり大きくなく、領土もシルバガントと比べると半分以下の小さな国のようだ。




 領土の広さは、豊かさと置き換えてもいい。シルバガントは、栄えている街がいくつもあるに違いない。





 ここスタム村から北東に向かって、徒歩で早ければ1日かからずに国境に辿り着けるようだ。


 二人は宿屋の主人に礼を言って、早々と村を出発した。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 感想を頂けると幸いです。読者を惹きつけられる作品にできるよう励みますので、次もよろしくお願いします!

 作法や誤字報告もお待ちしています!

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