二十七話 覚醒。
そこには何かが腐った様な臭いが立ち込めている。佐藤さんは覚悟を決めて、ドラゴンの前に立ちはだかった。
俺の身長を優に一メートルは超える大きさだが、竜種にしては控えめなサイズかもしれない。いや、知らんけど。それはいいとして周りの地面に付着してる液体はなんだ?
遠くて良く見えないな……
「グオオオォッ!」
おっと、考え事してる場合じゃなかった!
その竜は威嚇する様に咆哮を放った。大気がピリピリと震えているのが分かる。
「あれに突っ込むのは気が引けるが、これ以上来させるわけにもいかんし、いっちょ行ってみますかねっ。」
止水で一気に間合いを詰めて、刀を薙ぎ払う。
「カキンッ!」
竜の甲殻に傷一つ入れられず刀が弾かれた。
なっ!……嘘だろ!少しは能力使ってるんだぞっ!しまっ――
「ガキンッ!――――ガッ!」
打ち終わりを狙われ、カウンターとも言える鉤爪がサトーに振り下ろされた。なんとか刀で防ぎはしたが、勢いよく吹き飛ばされ身体が岩壁にめり込む。
「ゴフッ……これはちっと不味いな……今ので腕の骨が砕けちまったみたいだ……」
口から血が吹き出る。骨の損傷だけでない事は明らかである。
くそっ、身体が重い、動かない。
死に至るダメージって一撃で死ぬ場合だけかよ、全然最強じゃねぇじゃねぇか。
そんなドM属性いらねぇんだよ、くそがっ。
考えが甘かった、いや俺としたことが完全に油断してたな。後先考えずに能力を使うべきだった。
――竜の前に出てから何分たった。いやまだ1分も経ってないか?どうする、刀は持つのは精一杯でとても振れやしない。
壁にもたれかかったまま、ただ竜を見つめる。
竜が大きく動き、壁に向かって尻尾を叩きつけてきた。
「止水っ!」
辛うじて攻撃を避けるが、先のダメージが深刻な様子だ。膝をついてまた吐血した。
ま、不味い。なんか気持ち良くて意識が――
「サトー!!」
岩陰から飛び出てきたククルが大声で叫んだ!
「なっ……馬鹿野郎!何でここにいるっ!」
声を張り上げたつもりであったが、驚くほど声が出ない。
や、やばい!ククルの声が龍の気を引いてしまったっ。なんとか龍をこっちに引きつけなくては!
が考える間も無く、龍はククルに向かって口から何かを吐き出した。
「っ……止水!」
ククルの前に辛うじて立ちはだかる。先の一撃により、立っているだけでやっとの状態のサトーは、盾になる様に全身でそれを受けた。
そこにペトラ達の避難を完了させたリーシャが、ククルを視界に捉え飛び込む様にしてククルを抱えた。
「なんでこんなとこにいるのよ!ばかなのっ!?」
すぐに岩陰に隠れるつもりであったが、サトーらしき姿を見て動きが止まる。
「っ……そんなっ……」
サトーは地面に倒れ、周りには血と紫色の異様な液体が広がり、身体が溶ける様にただれている。
毒だ。
毒がサトーを蝕んだのだ。
サトーの能力は死ぬほどのダメージを受けた場合、無効化できると推測していた。だが毒は一撃のダメージではなく、蓄積する事によって死に至るため、この能力では防ぐことができなかったと推測できる。
既に息絶えているかも知れないその姿を見て、顔を青白くしたリーシャは、すぐに治癒魔法を唱えようとした。
だが、リーシャは唱えなかった。ただサトーを見つめていた。
リーシャは動かない。
「ど、どうなってるの?……」
サトーの失われたであろう体の大部分がみるみる再生し始めたのだ。確かに形状は元に戻ったのだが、それは人の体とは言えない禍々しさに包まれていた。
「あっ、あ、悪魔……リ、リーシャなんだよこれっ。なんの夢だよっ!分かんない!何でっ……」
ククルはパニックに陥っている。
自分を守るためにサトーが倒れた時点で気が狂いそうになったのに、次の瞬間には悪魔の様な姿に変貌して目の前に立っているのだ。
リーシャですら理解できずに、その場で動けずにいる。
それは感覚を確かめるようにして体を動かした。
「グギャッ!、バキィッ!」
耳を塞ぎたくなるような気持ちの悪い音だ。
見れば分かる、サトーがまともな状態ではない事が。リーシャは膝が笑ってしまい、なんとか立ったままを維持しているような状態で、ただサトーを見つめている。
いや、恐怖で視線を外す事ができないのだ。その姿に畏怖せずにはいられなかった。
目を離した瞬間にも殺されてしまうかも知れない。――と思うほどに。
だが、リーシャ達には一切目をくれず、真っ直ぐ龍を見ていた。いや、正確には違う。たまたま視線の先に龍がいると言う感じだ。目から意識の様なものが感じられない。
それはゆっくりと、目の前の龍に向かって歩き出す。
その瞬間リーシャは、急激な魔力の上昇を肌で感じ取った。
な、何、このデタラメな魔力……はっ!
ようやくリーシャが我に返るように動き出す。
「――に、逃げるわよ!なんかやばい!」
真正面にいたリーシャはククルを抱えたまま全力で岩山の影に向かって走った。
掌に、黒い球体が浮かび上がり徐々にそれは大きくなっていった。
たった数秒で、龍の巨体を包めるほどの大きさにまで膨れ上がる。
それは気味の悪い声を上げながら、その球体を龍に向かって投げつけた。
「シャアアァッ!」
「グオォォォッ!――」
龍はその球体に向かってブレスを吐き出したが、その攻撃ごと龍を包み込んだ。その瞬間毒龍の恐ろしい咆哮が消え、急に静寂が訪れた。周りの地形ごと黒い球体に吸い込まれていく。
球体は次第に小さくなり、その場から消えた。地面が抉り取られクレーターのようになっているが、それとは全く別物だ。
何かで凹んだと言うよりは、綺麗に切り取られたように見える。
龍を消し去った何かは、その場からピクリとも動かない。
リーシャ達も影に隠れ、息を殺し、音をたてぬよう動かずにいた。指先すら微動だにさせない。いや、できないのか。余りの恐怖を目の当たりにして。
魔法なのあれは!?まるで空間ごと切り取られたみたいに何もかも消えるなんて……
見たものを理解しようするが次元が違いすぎて、頭の中が真っ白になる。
この間に、一体何秒が経過したのか何分か経ったのだろうか。リーシャの横顔に冷や汗が流れた。
リーシャは決意したようにグッと拳を握った。握った指の爪が掌に刺さり、血が出るほどの力で。
きっとサトーは意識を悪魔に乗っ取られているに違いない。そんな事許さない!あの悪魔を――悪魔を追い出してやる!
神妙な顔でククルを下ろし、岩陰からゆっくりとサトーに近づく。距離にして二十メートル程離れた所で一度立ち止まる。
まだ反応はない。
更に間を詰める。
「サ、サトー?大丈夫?私が分かる?リーシャよ?……」
その得体の知れない何かは、声に反応してゆっくりと振り返った。
背中に悪寒が走った。人の顔ではない。顔と言えるかも分からないそれはただただ悍しく見えた。
リーシャは耐えきれず、腰が抜けたように両膝を地に落とした。
か、体に力が入らない。覚悟したはずよ!それにきっとサトーはまだ生きてる!助けなきゃっ!!
リーシャはとてつもない重圧を感じながらも、サトーを見上げた。
「い、いつまでそうしてるつもりよっ!早く戻ってきなさいよバカッ!」
振り絞る様に声を上げる。
すると、その恐ろしい何かはニヤッと笑みを浮かべた――様な気がした。
すると、黒いもやが体から消え、半裸の男は糸が切れた様に力なく倒れた。
思った以上にあっさり悪魔が去ったので、リーシャは少し呆気にとられている。
――はっ、ぼーっとしてる場合じゃないわっ!
まだ言う事を聞かない体を引きずる様に這い寄り、サトーの上半身を抱えた。
……生きてる!生きてるっ!良かったっ――無茶しないでよ……サトーがいなくなったら私……
赤くした頬を、一粒の涙が伝った。
一時はもうダメだと思ったほどの姿だったのだから、何も変わらずにサトーがここにいるのは、心が救われた思いだろう。
リーシャはまだ気づいていない。サトーの右腕に大きな変化が起きている事に。
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