二十五話 思惑
その場所は黒い煙が立ち昇っていてすぐに分かった。
「お前たちを襲ったやつらは何者なんだ?何のためにこんな事を……」
村が炎に包まれているのが見える。
「しきりに俺たちは魔族だって名乗ってた。人との違いが分からないから本当かは分からないけど――最初はいい人達に見えたのに。急に剣を抜いて無差別に……」
佐藤さんはククルが震えている事に気づき、そっと手を添えた。
「分かった、それ以上は言わなくていい。」
「リーシャ、あの近辺に人の気配はあるか?」
「……何も感じない。けど、極端に弱っている人までは感知できないわ。敵はいなさそうね。」
そうか……だが、シルバガント領で魔族が正体を晒して、暴れるメリットがわからない。それに間には二つ国があったはずだ。わざわざこんなとこで、騒ぎを起こす理由がない。
村に到着したが、この燃え方では中に人が生き残っているとは考えにくい。
「うぅっ……うっ……」
テッサが村を目の前にして泣き始めてしまった。ククルは俯いて項垂れている。
「二人ともまだ諦めるには早い。村人が避難しそうな場所はないのか?」
俺の考えが正しいなら皆殺しなんて事はしないはずだ。
現にテッサとククルもあんなとこまで追われながら逃げてきたんだ。本気で殺す気なら――
だからあの男二人はあっさり俺達を見逃したのか。目撃した場所に馬車が止まってるんだ。どう考えたって怪しいはずなのに、簡単に引き下がった。
噂を広めてくれと言っているようなものだ。本当に敵国の者ならばそれは避けたいはず。
襲った者達は、魔族ではなくこの国の……
「昔から山の神様を祀ってる場所がある。もしかしたらそこに誰かいるかも知れない。」
ククルは項垂れた頭を少し上げて言った。
弟のテッサはまだ目に希望の色があるが、ククルは心ここにあらずというような遠い目をしている。
「そこだ。そこに案内してくれ!二人とも気をしっかりもてよ!」
村人だけが集まるような場所があるなら、逃げ延びたものはきっとそこに避難するはずだ。
「にいちゃん、とうちゃんとかあちゃん無事に逃げたかな?神様のとこにいるかな?」
神の社に向かっている道中、テッサは何度もククルに問いかけていた。
「……何度も同じような事言うなよ。僕に分かるわけないだろ。」
ククルはイラついた様子で言葉を返した。
テッサは両親の無事を願うように、両手を胸に当てている。
社らしき場所に着くと、テッサとククルは馬車から勢いよく飛び降りて走っていく。複数の獣人達がサトー達の目にも映った。
少し遅れて獣人達に近づくと、威嚇するような唸り声が聞こえてきた。魔族、もしくは人に襲われた直後のため警戒しているのだろう。
テッサとククルが説明して唸り声は消えたが、なんだか睨まれている気がする。
二人はその場にへたり込んでいる。様子を見ればこの中に両親がいなかった事はサトー達にもすぐ分かった。
「魔族め……よくも……」
獣人達から魔族を恨む声が聞こえてくる。
「済まないが、貴方達を襲った者が魔族だと思う理由はなんでしょうか?ククル達の話を聞いてどうも変に感じたのですが……」
「話を聞いたのだろ?奴らが名乗ったからに決まってるではないか――」
獣人の中から声が上がる。
「言われてみれば魔族だと自称された以外は分からないな。違うとしたらローゼンフ領の人間か?……」
ローゼンフとはシルバガントの北にある王国だ。
「仮に魔族だとして。その数人の魔族がわざわざ名乗りを上げて、他国領を襲うのに得がありましょうか?私には自国を危険に晒すリスクしか感じられません。」
佐藤さんは、淡々と持論を説明していく。
「――なるほど。確かに。」
ようやく魔族ではないと認識できたようだ。
「だとすれば、奴らは何者だと言うのだ!俺は家族を奪われたんだぞ!この怒りはどうしてくれる!」
その獣人は涙を滲ませながら、噴き出さんとする怒りを堪えるように言った。
「……それは私にも分かりません――申し訳ない。ですが、可能性を上げるならば、隣国の国――もしくは国々。それとこの国の二つではないかと考えます。」
佐藤さんは、二つの可能性を上げた。
「!?――この国だと!?それこそ何のために!」
獣人達はサトーの考えに驚きを隠せない様子で戸惑っている。
「――戦争をするためです。ですが、理由もなしに攻め入るのでは敵を作ってしまいます。帝国の国力は他国にとって脅威であり、ただ領土を広げる目的であれば隣国は強く警戒するでしょう。」
「ですから、攻めるには大義が必要です。自国民を魔族に傷つけられたと噂が広まれば、それを口実にできますから。あくまで可能性の一つに過ぎませんが。」
佐藤さんは地面に木の枝で図を書きながら、自分の考えを話す。
その後も話が続いたが結論は出ずにいた。
そして、日が落ちてもククル達の両親が社に来ることはなかった。
すっかり暗くなった頃、サトー達は次の行き先などについて話し合っている。
「このまま北に向かっていいのかな?」
佐藤さんは戦争に巻き込まれたりしないか、少し不安になっていた――勿論考え通りであればであるが。
そもそもペトラは戦えないのだから、極力危険は避けなければいけない。ロザリーもリーシャも十分な実力を持っているし、自分も今では多少戦えるが……大きく数で勝る相手と遭遇した場合、少々不安がある。
「――しばらく情報を集めてまわるって言うのはどうでしょうか?」
ロザリーの意見はもっともだが、大雑把な地図しかないため村や街があるかどうかも分からない……かと言って、どこか一か所に留まってもあまり情報が得られるとも思わないし……
少し沈黙が続いた後、リーシャが口を開く。
「私達で情報を集めるのは難しそうだし、遠回りして魔国に向かえばいいんじゃない?サトーの妄想が当たるかどうかも分かんないし?」
妄想って言うなよ!もうちょっとマシな言い方あるだろ!まぁ、否定はしないけど、少なくとも魔族ではないだろうよ。
ちなみにペトラとロザリーには、魔国に行くとは言ってなかったが、大体想像していたのだろう。驚く様子はない。
その時、後ろから誰かが近づいてくるのを佐藤さんは感じた。振り向くとククルがきて、あぐらをかいているサトーの上にドカッと腰を下ろしてきた。
「今、魔国に行くって言ったろ。」
地獄耳かこいつは……かなり声を抑えて喋ってるつもりだったんだが。
「おい、言ったと思うが魔族が――」
「分かってるよ。それは。」
ククルはすぐにサトーが言おうとした事を察して、言葉を遮った。
「俺も連れてって欲しいんだ。」
ククルは何故魔国に行きたいと考えるのか。襲撃者が魔族ではないと理解しているなら、魔国に行く理由はないはずだが。
「自分の目で確かめたいんだ。魔族ってのがどんな奴らなのか、襲ってきたやつらの正体も。サトー達といたら分かる気がするんだ!このままここでじっとしてるなんてできない!」
ククルは思わず感情的になり、大きな声を出すと、周りを気にするように見回した。
「――別に俺達はいいさ、テッサはどうする。村のみんなは許してくれるのか?みんなが許してくれるなら連れてってやるよ。」
まぁ、許してくれるはずもないだろうが……獣人と人の歳の取り方が一緒であれば、まだ十歳にも満たないだろう。
ましてや、両親も見つかってない状況だしな。ククルには悪いが……
「ほんとかっ!やったっ!」
ククルは手を叩いて喜んだ。
それを見て、佐藤さんは少し良心が痛んだ。
次の日の朝、サトー達が出発する時間を迎えた。
やはり、ククルが俺達についていくことを良しとする者は少なかった。当然だろう、そもそも同じ村人とは言っても両親もその場にいないのだ。決めれるはずがない。無論生きているかも分からないが。
佐藤さんは、こうなる事が分かっていてあの条件を出したのだ。
「ふんっ。テッサ行こうぜ。」
ククルはむすっとした顔で、テッサの手を無理矢理引っ張りながら奥の方に消えていった。
あいつらは見送ってくれないのか……
寂しいな……
佐藤さんは嫌な思いをさせるためにやった訳ではない。自分のせいで仲間に危険が及ぶかも知れないと、戦えるリーシャ達にすら罪悪感を抱くような男だ。幼い子供を旅に連れ出すわけには行かない。
「また村を一から立て直す。そん時は村を上げて歓迎するぜっ!サトーさん!ククル達を助けてくれてありがとなっ!」
獣人達に見送られながら馬車に乗り込む。
馬車が動き出してもククル達の姿は見えない。サトーはしきりに後ろを見たが、獣人達の手を振る姿が見えなくなって諦めたように前を向いた。
「いつまで落ち込んでるのよ?しょうがないでしょ?」
リーシャは馬に乗っているサトーが、何処となく暗く見えたようだ。
そうなんだが、見送りくらいしてくれてもいいよなー……
「昨日結局寝てしまいましたが、西に迂回して北上するルートでいいでしょうか?」
サトーが二つ返事で頷くと、ペトラ達も同じように答えた。
獣人達の村が襲われていた同時刻、シルバガント領北方の村々が、魔族を名乗る者たちに無差別に襲撃されていた。
数日後、風にのるように噂が広がり、魔族が攻撃してきた、進行してきたなどと、尾ひれがついて噂が大きくなっていく。
広がりだした噂は絶えず形を変え、帝都では魔族が潜伏して、皇帝の命を狙っているとまで噂され始めている。
佐藤さんの考えは的を得ていたようだ。だが、それを知るのはもう少し後の話。
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