二十二話 蓄積していく不安
ペトラとロザリーは買い出しを済ませ、待ち合わせ場所に戻っていた。
「ペトラ様、サトー様の事どうお考えでしょうか?差し出がましい様ですが、どこまで共に旅を続けられるおつもりでしょうか……」
嫌な予感がしてならない。あの方を悪人などと言うつもりはないが、あの不吉な紋様と破滅の象徴とも言える力。
一緒にいるのは危険だ。なんとかペトラ様を説得してパルサに帰らないと……
ペトラはロザリーの表情から、すぐに何を考えているのか悟った。
「うん?北の奥地まで行くと行って街を出たはずですよー?」
分かっているが、ペトラは気づかないフリをした。
いや、戻る気はないと言っている様にも聞こえる。だが、その呑気な言葉にロザリーは少し感情的になった。
「そう言う事ではありません!ペトラ様も気づいておられるはずです。これ以上共にいるのは危険ではないですか?」
いざとなれば命を投げ打って、ペトラ様をお守りするつもりでついてきた。戦闘においてもそれなりに自信はある。
だけど、あの紋様を見ると嫌な感じがしてならない。自信がなくなる。自分の命を持ってしてもお守りする事ができない……そんな事を考えてしまう。
「勿論言いたい事は分かるのですよ。ですが、一度失いかけた命です――自分の言った言葉を曲げるつもりはないのですよ。もし帰りたいのであれば、一人で帰っても構いません。」
ペトラは、ロザリーが自分を置いて帰るわけがないと知っているが、珍しくムキになって強い言葉で言った。
「いいえ、わかっておられません!私は自分の身を案じて、この様な事を言っている訳ではないのです!せっかく助かった命――大切にするべきです。このまま共にいればどんな危険な目にあうか……」
ペトラは戦闘ができない、ただの商人だ。魔石の力で多少の獣くらいは退治できるが、その程度だ。
自分よりも遥かに強い人が、これだけ危険を感じているのだ。自分などは危険に晒されればひとたまりもないだろう。
ロザリーが自分の身を案じて、言ってくれているのも当然分かっている。
分かっているが、自分の言った言葉を変える気にもならないし、何よりペトラはサトー達を気に入っているのだ。
そこに佐藤さんとリーシャが戻ってきた。
「お待たせ!待たせちゃったかしら?ん?どうしたの?」
ロザリーは俯いたままこちらを見ようとしない――
「どうもしてないのですよー!お腹がペコペコなのですよー!」
少しオーバーにお腹をさすりながら言った。
「ロザリーにプレゼントだ。大したもんじゃないけど、使ってくれ。」
佐藤さんは道中、ロザリーがずっと馬に乗っているのを申し訳なく思っていたので、お礼に何か渡したいと思っていた。
「え?あ、私に……ですか?ありがとうございます。」
ロザリーは、あまり目を合わせずに頭を下げた。
小さな包みを受け取り、中を覗くと皮の鞘に入ったナイフが入っていた。戦闘用ではなく調理用である。
ロザリーは料理用ナイフの痛みが酷く、そろそろ買い換えようと思っていた所だった。
このプレゼントはロザリーを喜ばせた。
「よく気づきましたね、とても嬉しいです。」
サトーを危険視してはいるが、その力に対する警戒であって嫌いなわけではないみたいだ。
「早く宿屋に行くのですよー!」
ペトラは笑顔で手を差し出して、ロザリーはそれを握った。
今日の宿屋は、今までの宿より高級な所を選んだ。金銭には余裕があるしたまにはいいだろう。朝夕の食事付きで、一人部屋を四つ取った。
そういえばこっちに来てから、一人の時間は初めてだ。
――佐藤さんは、食事を終えて部屋で横になっている。
あれから何日が経ったのだろう。日数がよく分からなくなってきた。
だいぶ慣れてきたが、色々と不安はある。あの皇太子の事は運が悪いとしか言えないが、不注意だったのは間違いない、気をつけなければ。
まぁ、良くは思われてないだろうが危険はないだろう。少なくとも皇帝がいる間は。
後は、神の力と悪魔か。あの悪魔もふざけてはいるが、中身は人間みたいなもんだ。それ自体はそこまで気にならない。むしろ、親近感を覚えた程だ。
だが、この悪魔の力に関してはまだ何もわからない。神の「吸収の力」も仮定しただけで、確かめようもない。確かめられる様な状況には遭遇したくないし……
佐藤さんは右腕の紋様をさすった。
自分の身体から禍々しさを感じる。この紋様を触れていると、なんだか段々と嫌な気分になる。不吉――というのが近いかも知れない。なんだかいけないものに触れている様な気になる。
この力は俺を助けてくれるのだろうか。悪魔だぞ。そもそも地縛霊がいい奴とは言えないし。いくら元の世界の者だとしても俺は気を緩めすぎじゃないのか?
どれが本当でどれが嘘かなんて分からないのに……
皇太子の事で気を引き締めなくてはと思ったのに、自分の学習能力を疑いたくなるな……くそっ。
異世界に憧れはあったが、最強だとか、異能だとか、別に強くなりたかった訳じゃない、単純に楽しそうだと思ってたんだ。
それなりに楽しく生きていければ良かったんだ。
こんな力俺は望んでない。
あの悪魔は力の段階とか言ってたよな、ただ力が増えるなんてそんなうまい話あるのか?
神の力はどこまで抑え込める?…………そもそも、こんな力を持つ俺は人と言えるのか。
悪魔に喰い物にされるかもしれない。
大体、転生ってなんだよ。何の為に転生させられたんだ。何か使命があるわけでもなく、ただこの世界に放り込まれて……
また死ぬんだろうか。あー。くそっ。
一人でいると悪い事ばかり考えてしまう。
佐藤さんは気がつくと、リーシャの部屋の前に立っていた。
ノックをしようか迷って、叩かずにそのまま手を下ろす。
自分の部屋に戻ろうとしたら、扉が開いた。
「どうしたの?」
「あ……超能力でもあるのか?」
なんでバレたんだと、思わず佐藤さんは笑った。
「私を誰だと思ってるの?わかるわよそれくらい。」
リーシャは部屋に入れと言うように手招きをした。
二人はテーブルを挟んで、椅子に腰掛けた。
「それで?何か話したい事でも?サトー殿?」
からかうような態度でこちらの返事を待っている。
「ん、んー。話したい事と言うか……い、いややっぱり何でもない。部屋に戻――」
「ダメ。」
サトーが軽く笑いながら席を立とうとしたら、脛を軽く蹴られた。
「何でもないことないでしょ?早く吐きなさい。吐けば楽になれるわよ。」
まるで尋問されてるみたいだ。いや、尋問されてるなこれは。
少し間を開けて、佐藤さんは諦めたように座った。
「ちょっと久々に一人になったからか、不安になっただけだ。」
「へー?不安になって私の部屋にきたんだ?へー?それで何が不安なの?」
なんだか悪い事を企んでそうな顔だ――と思いつつも、佐藤さんは考えていた事を全部話した。
「そうね……そんな力、誰でも不安になるわ。紋様から禍々しさが滲んでるのが見える。」
リーシャは目の端で紋様を見た。少し寂しそうな表情に見える。
「俺から離れようとは思わないのか?別に責めたりしないぞ?」
自分で言いながら、胸が締めつけられる様な思いになった。
世界で一人きりになるかもしれないと思ったら、目の奥が熱くなった。
「私の記憶。探してくれるんでしょ?それじゃあ、こんな貴重な人材手放すわけにはいきませんねぇー?」
リーシャは、楽しそうな表情で顔をグッと近づけてきた。
「ペトラもそうだが、なんでそこまでしてくれるんだ?俺は助けられてばかりで恩を返せていないのに。」
佐藤さんは今にも泣きそうな顔で声が震えている。リーシャの強引な理由に優しさを感じ、我慢していたものが溢れてきそうだ。
リーシャは椅子ごとサトーの隣にきて、包む様に抱きしめた。
温もりに触れて、逃げるどころか優しく包容された事で、押し留めていた涙が欠壊する様に流れた。
だらしなく鼻水を垂らし、恥を晒していると感じながらもそれを止める事はできなかった。
「ペトラも私もサトーが好きだからよ。勿論ロザリーもね。大事な仲間で、あなたも同じ様に思ってくれているのが分かるから。かな?」
リーシャはサトーの背中を、子供をあやす様に優しく手のひらで叩いた。
最早、まともに会話ができない。涙は絶えず流れ続け、鼻が詰まり、喋ろうにも息が詰まって言葉が出ない。今まで蓄積していたものが噴き出す様に。
「一人で抱えなくていいの。仲間なんだから。」
リーシャは何度も「大丈夫」と優しい声で繰り返した。
しばらくして、ようやく佐藤さんは落ち着きを取り戻し、身体を起こした。
「すまない、恥ずかしい所をみせた。」
泣きじゃくった直後でまだ言葉がつたない。
「うふふ、ゆするネタが増えたわねっ!」
目の前にも悪魔がいたのを忘れていた様だ。そんな事を思って俺も笑った。
「ふふ、でも気が楽になったよ。ありがとう。今日はよく眠れそうだ。」
赤く腫れた目でニッコリと微笑む。
自分の部屋に戻って横になると、佐藤さんは泣いたせいかすぐに眠りについた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
なるべく毎日更新しようと思っていたのですが、自分なりに、なるべく良い状態で投稿したいので、数日開く事があると思います。
これからもよろしくお願い致します。




