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十八話 悪夢再び

 深みのある表情のクロヴィス皇帝陛下は、余りにびっくりしたのか心臓を押さえながら呼吸を整えている。周りの衛兵達は皇帝を守れる様に、間に割って入った。


「陛下から離れろっ!!」




「皇帝陛下。失礼致しました。お体は大丈夫でしょうか?」

 佐藤さんは、この世界にきて初めて、今の俺は決まってるぜ――と思っている事だろう。体への負担を忘れないでほしいものだ。一歩間違えば皇帝の御前で、醜く恥を晒す事になる。





 初めてこの動きをした時は、おそらくパニックに近い状態になっていたのだろう。身体の負担に全く気づく事が出来なかったが、今は分かる。




 防具に身を包んでいるため見えはしないが、全身の血管が浮き出て、血が勢いよく身体の中を駆け巡っているのが分かる。この感覚は少し気持ちが悪い。



 全身の筋肉が強張り、無理をすれば風船が破裂するみたいに弾ける――そんな気がする。




 一回くらい――と思ったが、よくよく考えればたった一回、数メートル動いただけでも倒れてもおかしくなさそうなものだ。少なくとも今日はもう絶対に、止水を使う事は出来ない。


 佐藤さんは身体に感じる負担から、これ以上は無理だと悟った。




「う、うむ。大丈夫だ。尋常ならざる――と聞き及んでいたが私の想像力は乏しかった様だ。ここまでのものとは…………いや、素晴らしい。人でお主に敵うものはいまいよ。」

 少し咳払いをしてからクロヴィスは落ち着きを取り戻したが、表情に困惑――いや恐れの色は隠せない。



 人は飛び抜けて強い者を恐れると以前話したが、厳密には違う。人が恐れるのに全て共通している事がある。


 分からない事に対して人は恐怖を感じるのだ。理解できない事もこれに含まれる。




 この皇帝は、サトーが自分に敵意を抱いているかも知れないなどと、かけらも感じていないだろう。だが、自分が理解できない現象が起こり、そこに恐怖心が生まれる。





 この男は何者だ。



 何故こんな力を持っている。



 敵対されたら抵抗することすら出来ずに私は死ぬだろう。



 人間なのかこの者は。



 いや、こんな力を持つ者が人間である筈がない。



 化物め。



 殺されるかも知れない。



 何とかしなければ……



 

 


 



 ――殺される前に殺さなければ。化物は殺してしまえ。







 精神の弱い者は、一瞬でこの様な妄想に取り憑かれる事になるだろう。集団であればある程、心は脆くなる。



 分からない事に対して、同じ考えを持つ者が集まると、共感する事に安心を感じる。自分達は正しい。間違っていない。


 あいつの存在が間違っている――――次第にこうなって、御伽話のような大昔の歴史上にある話が出来上がって、後世に伝えられたのだ。


 妄想から始まった猜疑心は止まることを知らない。




 長くなったが、恐れを感じている表情を見せたクロヴィス――


 だが、どんなに理解の及ばない何かがあったとしても、皇帝である。


 そう簡単に妄想に取り憑かれたりはしないだろう。初めに見た皇帝の目には強さを、表情と声には深みを佐藤さんは思い返した。



「皆の者よ、わしはサトーと込み入った話がしたい。サトーの仲間とストラウスを残して、部屋から退出せよ。」


 佐藤さんは少し目を丸くする、想定外の反応だったのか、自分の身を守る者を減らし、遠ざけるとは考えていなかった様だ。




「陛下!!いけません!!いくらストラウス様がいるとは言えど、危険極まりない行為です!!陛下!」

 おそらくそれなりに身分の高いと思える者が、怒鳴る様にして陛下の考えを否定した。



「お前の気持ちは嬉しいが、果たして何十もの兵士が私を守ろうとしたとして、サトーに対し何かできるか?先ほど見ておったであろう…………二度は言わぬ。退出せよ。」



 兵士は何も言葉が返せず、頭を下げ部屋から退出した。




(正直、もう歩くので精一杯なんだけどな……)

 時間が少しずつ経つごとに身体から疲れのようなものが吹き出している気がする。全力で動いたのは不味かったかも知れない。


 たらればを言っても仕方ないが、佐藤さんは自分の軽はずみな行動に少し腹が立った。額から汗が垂れるのを感じた。気温が高いわけではない。




 クロヴィスは一息ついて、喋り出した。

「さて、まずは一つ、我が帝国に敵意はないか?お主が何者かを気にしている訳ではない。純粋にこの国の敵になるか否かを、直にお主の眼を見て確認したい。」


 今の表情に恐れは感じない、真っ直ぐ佐藤を見つめている。




「勿論ありませんが、あると言えばどうなるのでしょうか?」

 俺は精一杯余裕がある振りを演じた。




「その場合は――ただ、お主に殺されるだろう……だが、死にそびれたならば、全兵力でお主を殺さねばならない。」


 ハッキリと言い切った。覚悟を決める様に。現在サトーに帯刀させていないが、それが意味を成さないことをクロヴィスは理解している。




「そんな目に合うのは遠慮願いたい。」

 ここで俺は考えた。敵意がないと言った所でそれが本心と理解して貰えなければ、間違いなく俺たちは死ぬことになる。知ってもらうにはやはり、多少なり情報を出さなければならないか……


 転生者である事をバラすのは、現時点で言えばメリットの方が大きいだろう。信用される努力をしなければ殺されるのだから、出し惜しみする所ではない。




 ほんの少し沈黙が続く。


「私は自分の身元に関して嘘をついて、隠している事が一つあります。それを包み隠さず話せば信用して頂けますか?」

 無論ここで信用してくれるか――などと聞くことに全く意味はない。



「信用に値するならば約束しよう。民にこの事を公開してもいい。」



「それは困ります。」

 佐藤さんは苦笑いを浮かべ、続ける。


「この事は、ストラウス殿と陛下二人だけの秘密にして頂きたいのです。これを守って頂けないのならその時は……」

 


 ストラウスが、強い口調で割って入る。

「私は陛下に害が及ぶような事は、身が裂けようとも絶対に致しません。」



 短い静寂に包まれる。





「良かろう。お主が何者であっても絶対に口外せぬと、皇帝の名に誓おう。」

 佐藤さんは人が嘘をついているか、見分ける事は出来ないが、リーシャなら見抜くと思い、視線を送る。


 意図を理解しているのか、リーシャはゆっくり頷いた。




 軽く深呼吸をして説明をし始める。

 自分が記憶喪失ではなく、この世界の者でない事を明かす。転生者であると。リーシャ達に話していない元の世界の事も、色々と話した。


 話していて途中で気づいたのだが、陛下とストラウスは段々と子供のように目を輝かせている様に見えた。元の世界の事を話し始めてからだ。



 おそらく、信用してくれただろうか。いや、これだけ話したのだ。そうでなくては困る。



「やはり転生者であったか。」

 ストラウスが言った。

 魔族ではないかと疑っていたくせに、分かっていた様な口振りだ。



「はっはっは!神の力とは!確かにそれくらいでなければ納得のいかぬ速さであった!」

 クロヴィスもスッキリしたのか明るさを取り戻した。魔族ではない事に、安心した事もあるかも知れない。



「内密にしていただく事ともう一つお願いがあります。この城の書庫に、自由に出入りする許可を頂きたいのです。私はこの世界に関してあまりに無知なので――代わりと言っては何ですが、元の世界の事ならば何でもお話しましょう。」




「おほほっ!願ってもない話じゃ!自由に入るが良い。」

 更に機嫌が良くなった。と言うか興奮している様にも見える。



 自分達が異世界に憧れるようなものか。佐藤さんは、陛下の喜ぶ姿に共感して、満面の笑みになった。



「これからは、内密にではあるがサトーと盟約を交わそう。」クロヴィス皇帝陛下は、強く重ねる様に言った。




 すると、クロヴィスは宴の用意をしろとストラウスに命令した。もてなしてくれる様だ。


 毒殺とかされないよな?……佐藤さんは考えたくもない妄想をした。この男は警戒心が強い――と言うより、小心者なだけかも知れない。



 一旦、その場を退席して応接室のような場所で待たせてもらう事になった。みんなも疲れたようで、顔がこれでもかというくらい緩んでいる。

 とてつもなく倍率の高い面接の後――と言えば気持ちが分かるだろうか。



 今日を無事に過ごし明日の朝を迎えられれば、小心者の佐藤でも流石に安心できるであろう。



 しばらくして、支度ができたとお城のメイドが伝えに来た。メイドの後ろについて料理が待つ部屋に向かう。


 芳しい匂いがする。料理ではない、前を歩くメイドだ。佐藤さんは鼻を伸ばす様に匂いを嗅いでいると、後ろからピリピリとした殺気を感じた。悪寒が背中を突き抜ける。


「鉄製の首輪でも買ってこようかしら。」

 リーシャの小さな声が聞こえた。


 え?俺?



 俺に言ってるの?この人。



 いや、まさかな、なんせ今の俺は「最強」と言う体をとっているからな。



 特にこの城にいる間は、私がリーシャに屈する事はないだろう。なんせ「最強」だからな!ふふふ。




 佐藤さんは、頭がのぼせているのか、後先のことを考えられなくなっている様だ。


 堂々と歩くサトーを、後ろから見ているペトラとロザリーは、城を出た後のサトーがどんな目に合うか想像して、哀れむ様な目つきになった。



 料理の部屋に着いた様だ。今度こそ料理の良い匂いが漂ってきた。扉が開かれる。佐藤さんは、きっととんでもなく大量の料理が並んでいるのだろうと想像していたが、部屋自体が思っていたより小さく、椅子の数も少ない。料理はそれなりに多いが。



 佐藤さんは、自分から「この交友関係は内密に」と、言った事を失念している様だ。下手に誰かを呼べば気を緩めて食事など出来るわけがないのだから、当然の配慮だろう。



 本来であれば、王が部屋で先に待つ事は勿論、同席してもそう長い時間は一緒にいる事はないのだが……





 皇帝陛下は、先に部屋に入りストラウスと共にサトー達を待っていた。


「なんだかおかしな気分です。皇帝陛下がお待ちになっておられるとは。お待たせして大変申し訳ございません。」


 皇帝という立場の者が、下々の者を待つなんてあり得ない事だ。いくら相手が強者であろうと、皇帝は皇帝に変わりない。


 皇帝として、長い年月を生きた者がいきなりそんな態度をとれるとは思えない。だとすれば、元々皇帝という立場にありながら、他人を尊重できる人なのかも知れない。



 ストラウスと初めてあった時の態度が、それに近いと佐藤さんは感じ、スッと腑に落ちた気がした。


 このクロヴィス皇帝陛下とストラウスは、きっと善人に違いない。王の人格が良ければ、自然と臣下も似たような者が集まる。


 そして、それは「良い国」に他ならない。ストラウス達を警戒して疑っていた自分がどれほど小さな人間かと――思い知らされた。


 皇帝と自分を比べるなどおかしな話ではあるが。

 


 そのおかげかあまり身分の差などを感じず、皆が楽しく食事をする事ができた。この世界の人であるリーシャ達が――

だ。



 なるほど、自分もこの世界で生まれてこんな王がいると知ったら、この人に仕えたいと思ったかも知れない。



 その宴では、殆どがサトーの昔話――と言える程、昔ではないが、元の世界での出来事や、経験した事、様々な事を話した。


 皇帝は口々にその話を聞いて、まるで魔法の様な世界だと言った。サトーは笑わずにはいられなかった。

 魔法の世界の者にそんな事を言われるとは、思っても見なかったのだから。



 その日は、城の何百とある客室の一部を借りてフカフカのベッドで、気持ちよく眠りについた。




 だがその気持ちとは裏腹に、サトーは夢の中で、また悍しい何かと対峙していた…………

 

 ここまで読んで頂きありがとうございます!


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