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十四話 襲撃

 ストラウスの騎兵に囲まれ、帝都に向かって出発する。


 ロザリーは馬に。――そのすぐ後ろにある馬車の座席部分には、三人で座る。椅子と言える立派なものではないが、段差があるので椅子と言っても差し支えないだろう。馬車の先端にベンチが付いているとでも思えばいい。




 守られている安心感から気は楽だが、ここから四日もかかるとは、かなり距離がありそうだ。馬車で移動できる速度で考えると――であるが。




 現在は、青々とした山沿いを北東に向かって進んでいる。いや、山々に挟まれた様な道とも言える。土に轍が残っているため、よく使われている道であろう。


 この世界に来てから、のんびりと景色を眺めたのは初めてだが、延々と観ていられる。壮大とゆう言葉が相応しい。



 そんな事を考えていると、程なくして山を登り出した。


 馬車の左側を覗くと、すぐ横は崖になっていて、その下には深緑色の大きな川が見える。



 汚さの感じられる緑色ではない、滑らかな色合いで、川波に日が当たりキラキラと輝いている。



 佐藤さんは、観ていたい気持ちはあったが、少々高いところが苦手で、段々高低差が大きくなるにつれて左をあまり見なくなった。



 何度か山を登ったり降りたらを繰り返し、日が落ち始めた。騎馬隊は来た道を戻っているそうだが、行きと帰りでは進みの速さが全く違うため、休めそうな場所を数騎が探索に出た。




 馬車の中でうたた寝をしていたリーシャが、四つん這いで、天幕から上半身を出してきた。眩しそうに顔をしかめている。




「道中でこんなにのんびりしたのは久しぶりだわっ、普段は馬車になんて乗らないし。」

 赤くなった日差しを防ぐように、おでこに手を当てた。




 ペトラも楽しそうに鼻歌を口ずさんでいる。


「気を抜きすぎなんじゃないか?」

 佐藤さんは、意地悪っぽくリーシャにだけ、向けて言った。




「うるさいわねっ、蹴り落とすわよ。」

 唐突にリーシャ節が炸裂した。現在、馬車は止まっているため落とされても置いていかれる事はないと、冷静に考えた。




 ペトラが隣で、クスクスと口に手を当て、抑えるようにして笑っている。


 それを見てサトーの顔は、冷静に考える真面目な顔が、ニンマリとしたにやけ面になった。


 その直後だ。






 サトーは、本当に蹴り落とされた。




 リーシャはペトラに抱きつき、頬を寄せ合っている。




「本当に落とす奴がいるかよっ!」

 少しだけ声を張った。




「えぇ、いるわね、ここに。」

 楽しそうな顔でこっちを見ながらリーシャは言った。





 くっ、悪魔のような奴だ……と思いながらも、佐藤さんは顔が笑っていた。





 この世界の旅も、ずっとこんな風にしていられたら幸せなのになー……と、考えたら頭の中が急に現実に引き戻された。


 気を抜きすぎていたようだ、そんな風に楽観できる状況と判断するのは早い、ストラウスに対して警戒を緩ませはしたが、確証と言えるものはない。


 それと――佐藤さんには、腑に落ちない点が一つあった。




 ストラウスの見解は、魔族の類か、転生者の二択である。どちらも否定は出来ていない筈だ。


 魔族の姿は人間と変わらないのだろうか、ここもよく分からないが、不明な点がある状態で皇帝陛下の元に招くとゆうのは、どうゆう事だろう。


 自分が皇帝の立場であれば警戒して、間違っても帝都に招いたりは……いや、敢えて招いたとしたら……うーん。


 それとも、ストラウスの魔族や転生者に対する知識が少なく、帝都にいる者が違う見解を示したのだろうか……






 険しい顔をしているのを見たリーシャが、サトーの肩に手を置いた。




「あなたはもうちょっと気を抜いた方がいいんじゃない?顔が鬼みたいになってるわよ?」


 そう言われて、サトーは眉間を手で擦って、しわを消した。




 悪魔のような、愉悦に浸った顔をする人に、鬼のような顔と言われるのはおかしなものだ――と、少し楽しげな表情になった。



 すると、ようやく馬車が進み出した。





 休む場所は、少し土が盛り上がっていてちょっとした丘になっている。東側には、通ってきた道が続いており、西側は崖になっているようだ。崖と言っても、少し距離があるので崩れて落ちる心配はないだろう。





 屈強な体格をした兵士二人が、林の中に斧を持って入っていく。何をするのだろう――と、見ていると斧で木を叩き始めた。しばらくしてゆっくりと木が傾き、倒れた。

 木の倒れる音は、地面を伝うようにしてこちらまで響いてきた。



 佐藤さんは、芸でも観ているような気分になった。木を切る音が音楽のように聴こえる。こうゆうのを風情を感じると言うのだろうか。


 これは心地いい音だ。



 音が鳴り止むと、兵士がこれでもかと言うほど薪を抱えてきた。現地調達か、木を切ろうなどと考えた事がない。素直にすごい人達だと感心した。


 そんなにいらないだろ……とは思ったが。



 馬車を囲む様にして、五箇所に焚き火を配る。まだ夕日が見えるが、標高が高いせいかすでに寒さを感じる。兵士が見張りをしてくれるそうだが、そこまで気は緩められない。いつも通り、リーシャと交代で見張りをする事にした。




 感謝の意を込めて、ペトラとロザリーが兵士達に料理を振る舞った。兵士達は声を上げて喜んでいる。



 無論、兵士の中に料理を担当する者はいるが、少人数で行動の場合は、殆どが現地調達になるため大したものは作れないだろう。加えてロザリーの料理の腕が加わる。


 ペトラと知り合ってからしばらく経つものだから、慣れきっていたが、自分は幸運に恵まれていると感じた。





 空腹を満たし、皆は思い思いに焚き火の側で横になる。


 その時、佐藤さんは、空を見上げ思わず目を見開いた。


 それは言葉を失う程の絶景だった。肉眼で天の川がくっきり見える。無数の細かい星々が輝き、空に吸い込まれるような……いや、これは言葉では言い表せない。



 山を登ってきた感覚では、そこまで高い標高ではない筈なんだが。真っ暗なはずなのに、空を見上げると明るさを感じると言うのは変な感じだ。



「確かに見惚れる程の美しさね。あなたのいた世界には星がなかったの?」リーシャは、兵士達に聞こえないよう小さな声で聞いた。


「勿論あったが、こんなに綺麗な星空は見たことが無い……」




 佐藤さんは言葉を失う。感動している事を言葉にしたいが、この感動をどう説明すればいいのか分からないのだ。




 夜が深くなり、見張り以外は殆どの者が眠りについた。



 リーシャも気づけば寝息を立てている。すると、ストラウスがサトーの元に来た。焚き火の前であぐらをかいて座る。




「少し良いですか?」

 普段のよく通る声ではなく、小さめでなんだか落ち着く声だ。周りに対する配慮が感じられる。




「えぇ勿論です。」

 サトーは、今はそこまでは警戒はしていない、現時点では警戒しても、しょうがないとも言えるが。




「何故ですかな、あなたを見ていると、とても十代の歳とは思えない深みを感じる事があります。私は生まれてから四十と数年が経ちましたが、この不思議な感覚は初めてだ。」

 ストラウスは星空を見上げながら言った。




「それは私が老けていると言う事でしょうか?」

 佐藤さんは、当たり前だ――と思いつつもわざとおどけてみせた。



「いやいや。」

 ストラウスは笑顔を見せ、言葉を続ける。



「なんと言いますか人の深みをサトー殿から感じるのです。なかなか若い者が出せる味ではないオーラのようなものです。顔が老けているなどと言っているわけではありませんよ?」

 ストラウスも、少し笑顔を含ませ、おどけて見せたように見える。



「ストラウス殿が思っているような人間ではありません。年相応には、薄っぺらいですよ。」



「ふふ、確かにサトー殿はまだ勉強が必要なようです。謙虚さは時に、嫌味に聞こえる事もあると覚えた方がいいでしょう。」



 この人はこんな顔もするのか――佐藤さんは、その笑顔に好感を覚えた。同時に好意を抱かれているような気もした。やはり、少なくともストラウスは悪い人物ではない。そう思った。




 少し沈黙が続く。




 その時、ほぼ同じタイミングで周囲から石ころの転がる音、複数の足音が聞こえた。自分達のものではない。





 瞬時に、見張りの兵士が声を上げた。

「皆起きろ!!!囲まれているぞ!!」




 その声に寝ていた兵士達は、即座に反応して剣と盾を構え、五人一組の陣形になった。素早い動きだ。よく訓練されているのが分かる。



 ストラウス、サトーは陣形の穴を埋めるようにして構えた。リーシャは全体の援護に回るため中心付近で暗闇に身を潜めた。ペトラとロザリーは馬車の中にいるため見えない。




 暗闇の中から声が響いてきた。

「命が惜しければ、荷馬車を置いて消えろ。死にたければ残ってくれて構わんがな!いや、女がいただろ、そいつは置いていけ。」




 周囲から不愉快な笑い声が聞こえる。盗賊に間違いないだろうが、盗賊ってのはこんなに大人数で襲うものなのか……笑い声は全方位から、それもかなりの人数がいると想像できる。



 盗賊の発言と笑い声でサトーの表情は怒りに満ちている。リーシャ達が狙われていると感じ、頭にきたようだ。





 サトーは、冷静さを保つようにして考える。

 囲まれるまで誰も気づけないとは……盗賊に対する認識を改めなければ。ここの地形は小高い丘で一部は崖であるため、襲われても有利な地形だと思っていたがどうやって崖側にまで回り込んだのか……兵士と自分達で後ろを取られない様警戒はしていたにも関わらずだ。




 くっ、リーシャであれば気づけたかも知れない。サトーは先に仮眠を取らなかった事を後悔した。



 兵士達も数の不利に気付き、全体の陣形を後ろに下がるようにして、感覚を詰める。




 ストラウスが声を上げた。

「貴様らこそ私達が誰か分かっているのか。数の利ぐらいでいい気になると後悔する事になるぞ!」



 佐藤さんは、その声を聞いて笑った。先ほどの声の主とは思えない迫力であるが故に。包囲され不利な状態であるのに、不思議と気力がみなぎる。



 なるほど、ストラウス殿はまさに指揮官だな。




「確かに帝国の兵隊さんは手強かろうよ。だが、せいぜい二十弱。こちらは何人いるかな?」

 嫌な喋り方だ。

 が、おそらく倍はいると考えた方がいい。




 サトーは、以前できれば殺しはしたくないと言っていたが、今は殺意が感じとれる程の怒りがみえる。



 もし、リーシャ達が捕らえられれば盗賊達に何をされるか想像したのだろう。それに、ストラウスと帝都に行くと決めた時に誓ったのだ。必ず仲間を守ると。




 殺しはしないなどと甘い事をぬかせば、間違いなく痛い目を見ることになるだろう。

 それをサトーは知っている。実際に体験した事こそないが、知識として、人間がどうゆうものかを知っている。




「ならばかかってきてみせよ。それとも暗闇に潜むのが特技なのかな?余程其方たちは怖がりと見える。」

 ストラウスの挑発に、今度は兵士達が笑い声を上げる。



 なるほど、暗闇に隠れたまま弓を一斉射でもされれば流石にやばそうだ。それを避けるための挑発だろう。崖でなければ、リーシャがフレアバーストを打てるのだが……




「殺せぇぇー!!奪えるものは全て奪えぇ!!!女は捕らえて連れてこいっ!!」

 頭領と思える者の声が号令をかける。


 一斉に不快な奇声を上げながら、暗闇の中から迫ってくる。弓矢は飛んでこない。挑発が成功したのか、弓兵がいないのか分からないが。サトーは、やはり自分は幸運に恵まれていると感じた。




 兵士達それぞれ四つの陣形は硬く、一人も通す事なく斬り伏せていく。数が居ようとあの陣形はなかなか崩せるものではない。



 ストラウスも、四十を過ぎた者とは思えない動きだ。元副長というのも、伊達ではないようだ。舞っている様にさえ見える。


 リーシャもフレアこそ打てないが、魔法で全体の援護をしている。この援護が無ければ簡単に隙間をぬかれただろう。それほどの数だ。



 勿論、サトーも容赦なく切り捨てる。躊躇いはない。

 が、サトーの場合は手加減をしなければならない。



 いや、度合いを考えれば手加減では足らないだろうが、殺意を保ちながら手加減とゆうのは難しい。リーシャから全力で戦うなともっさんの伝言を伝えられたが、既に何人か吹き飛ばしている。



 どうしても開幕の言葉が頭に焼き付いて離れない。怒りがこみ上げて、力が入ってしまう。


 また意識を失うような事だけは、絶対に避けなければならないのだが。



「一人抜けたぞ!!気をつけろっ!!」

 兵士の声が響く。敵の数が多く、サトーは後ろを見ている余裕がない。リーシャに任せるしかない。一人程度なら問題ないだろう。



 すぐに、男の鈍い声が響いた。だが、やったのはリーシャではなかった。ロザリーだ。



 黒装束のためずっと馬車の中にいるとサトーは思っているが、いや、おそらく兵士達でさえも気づいていないだろう。



 ロザリーは、包囲を抜けてきた盗賊の脚を払い、その勢いで体を捻り宙を舞う。そして転ばせた男の頭に、空中から膝を叩きつけた。攻撃の瞬間以外は、音すら感じ取れない。まるで忍者のようだ。



 刀が存在しないのであれば、忍者もこの世界には存在しないのかも知れないが。他の言い方であればアサシンだろう。


 メイドが主人を守るために、格闘術を習いました――というレベルではない。


 リーシャに至っても言える事だが、音がない、気配が感じられないとゆうのは、一朝一夕でできるようなものではない。そのような者が同じパーティ内に二人もいると、この物語の主役である筈の佐藤さんが、霞んで見える様だ。



 もう一度言おう。佐藤さんが霞んで見える様だ。




 気付けば、敵の攻撃が止んでいる。全て倒したのだろうか。もしくは全滅しかけて、一部逃げたか。


「怪我をした者はいるか!」

 ストラウスが呼びかける。


 兵士達は皆無事の様だ。流石に帝国と名乗るだけの事はある。


「こっちも大丈夫そうだ。」

 仲間の無事を確認して、佐藤さんが返事をする。暗闇でよく見えないが、今まで嗅いだ事ない気持ちの悪い臭いがする。人を殺したのか俺は……


 佐藤さんは、気分が悪くなったがストラウス達の前でそんなところを見せるわけにはいかない。



「流石ですな。朝飯前と言ったところでしょうか。」

 ストラウスが話しかけてきた。今は喋りかけて欲しくない佐藤さんであったが、そうもいかない。気持ち悪さを精一杯隠し、言葉を返す。


「いやいや、敵を通さぬ事に必死でした。ストラウス殿こそ、見事な剣技、舞の様でした。」



 ストラウスは気分を良くしたのか、大声で笑った。



「ストラウス様、一人気絶している者がいるのですが、どう致しましょうか。」ロザリーが、脳天を地面に叩きつけた男だ。打撃のため、出血こそないが……考えるだけで寒気がしそうだ。



「うむ、きつく縛り、男が目覚めたら尋問するとしよう。」

 ストラウスは部下に命じ、念の為、目を離さぬようにと付け加えた。



 周囲を警戒しながら、一部の兵士が薪に布を巻きつけ油を染み込ませた。松明を数本作ったようだ。それを使って、焚き火を増やし視界を広げる。


 無駄に多いと思われた薪だが、そうでもなかったようだ。サトーは、自分の浅はかさを痛感させられた。



 視界が広がると、余りの死体の多さに気持ち悪さが増した。この中ではもう寝る気にはなれない。




 慣れているであろうリーシャも、流石に嫌な顔をしている。何よりこの臭いがきつい。鉄っぽい刺さるような臭いと、まだ腐ってなどいないだろうが、腐臭とも言えるような気持ち悪さだ。




 馬車にペトラの様子を見に行くと、怖がって毛布に包まっている。ロザリーが隣についているから心配は無いだろう。俺も毛布に包まれたい……佐藤さんは、泣き言を言いたくなった。




 ここまで読んで頂きありがとうございます!評価やアドバイスを頂けると嬉しいです!



 次もよろしくお願いします!

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