十三話 先読み。
サトーは、暗闇の中に漂っていた。
「な、なんだここは……」
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。自分の声すらも耳には届かない。まるで声を失ったような感覚だ。
上も下も左右もない、闇の中心に自分がいる。
まさか、また転生したのか俺は。いや、そもそも俺は存在してるのか。それすらもわからなくなってくる。
佐藤は必死にもがいた、そこにあるかどうか分からない手足を必死に動かすつもりで。
段々と足掻くのが面倒になってきた。このまま……
その時、暗闇の中に何かが見えた気がした。手を伸ばすと壁に手がぶつかる。その壁は脆く手で簡単に崩す事ができた。崩すたびに少しずつ光が差し込む。
佐藤は夢中で壁を壊して、ついに闇から這い出た。
だが、そこにあったのは光などではなかった。
悍しい何かが自分を覗き込んでいたのだ。
「サトー!サトー!しっかりして!」
気付くと、そこにはリーシャが自分を覗き込んで何かを喋っていた。急に呻き声を上げ、バタバタと暴れ始めたそうだ。
ようやく意識がハッキリしてきた佐藤さんは、呼吸を乱しながらも、上半身を起こし周りを見渡した。
「リーシャ、ここは……俺は……ど、どうなってる。」
混乱しているサトーに、分かりやすく簡単な情報だけを、リーシャは口にした。
「ここは馬車の中よ!サトーは気を失ってたの。もう大丈夫だから安心して。」背中をさすりながら、同時に皮袋に入った水を差し出した。
床がガタガタと音を立てながら揺れている。丸く帯びた天井は、布で薄くなった光が差し込んでいた。周りには荷物が所狭しと詰められている。
「何があったんだ。確かもっさんに会って……だめだ、よく思い出せない。」サトーはそう言って、水を少しずつ飲んだ。
リーシャはここまでの事を順に説明していった。
「なるほど、どうりで人間離れしてたわけだ。精霊か悪魔か。」サトーは自分の手が震えている事に気付いた。震えが治らない。
リーシャが手を握りながら言った。
「うなされてたのよ。きっと何か怖い夢でも見たのよ。」
サトーは、夢の事を全く覚えていない。それどころか、リーシャが優しくなるなら気を失うのも悪くない――などと能天気な事を考えていた。
「やっと起きたですね、サトー殿っ!寝坊が過ぎるのですよー!リーシャ殿なんてもう目を覚まさないかもっ!なんて言いながら泣――」
ペトラの声を、リーシャの大声がかき消した。
「あーあーあーーーーーー!!!」
「な、なんだ!リーシャどうしたんだっ!」
いきなり大声を出したリーシャに動揺して、何も見える訳もないが周りを見渡す。
「え、あ……発声練習よ、気にしないでいいわ。」
な、なんだ合唱でもする気なのか?……佐藤さんは珍しく間に受けて、更に頭を混乱させた。
「一週間も寝たきりだったのですよー!」
そんなに俺は寝てたのか、もっさんがいなかったらやばかったかも知れないな。
「ところで、馬を御してる人は誰なんだ?知らない人のようだが。」
「サトー殿何を言ってるですか?一度会ってるですよー?」
ペトラの先に見える女性は、馬に揺られながら少し顔を横に向けた。
「サトー様、お久しぶりです。ペトラ様の家で料理のお世話をさせて頂きました、ロザリーと申します。」
そうゆうことか、メイド姿じゃないから気づかなかったな。全身黒一色で、七分袖の動きやすそうな服装をしている。
「あ!思い出したよ!あの時は美味しい料理をありがとうロザリーさん。あと、様はやめて欲しいなっ」
佐藤さんは、照れ臭そうな顔をした。
どうやら、ロザリーさんは、ペトラが一番信用している人物らしい。長い旅になるかもと話したら、絶対についていくと言って聞かなかったそうだ。
「それでその尾行されてるかもってのはどうなったんだ?てか、今どこ?多分聞いても分からないけど。」
佐藤さんは、若干早口でリーシャに問いかける。
「街を離れたら感じられなくなったわ。でも、国を抜けるまでは警戒が必要ね。」
「今はパルサを真っ直ぐ北上した先にある、森の中を進んでいます。」ロザリーが、少し大きめの声で説明した。
つけていたのは、やはりストラウスの手の者だろうか。以前は騎士団の副長と言っていたから、意見できるくらいの権力はあるかもしれん。国に目をつけられると面倒なことになるな……何事もなければいいが。
「今日は森の中で休んで、明朝に森を抜けましょう。馬も疲れてきた様ですから。」
佐藤さんは。一週間も寝込んでいたため死ぬほど腹を空かしていた。
「ちょっと……ヨダレ垂れてるわよ……」
リーシャが目を細め睨んでいる。
「あ、いや、仕方ないだろ、ずっと何も食べてないんだからっ!」佐藤さんは、口を擦りながら言い訳をした。
「しっかり食材も積んであるのでお腹いっぱい食べるのですよー!ペトラもヨダレが垂れそうなのですよー。」
ペトラの口元がだらしなく下がり、ほんとにヨダレが垂れそうである。
その日は、今まで食べれなかった分を取り返すつもりで夕食にがっついた佐藤さんであった。
ずっと寝ていたせいか眠気を感じないので、眠くなったら見張り番を交代するつもりだったが、気づけば日が昇り始め森の暗さに光が差し込む。
初めてこの世界にきた時は、どこにいても不安であったがこんな風に仲間と焚き火を囲むのは悪くない。森の空気は澄んでいて、静寂が心地いい。
簡単な朝食を済ませ、四人は出発した。ゆっくりとした速度で森の中を進む。あたる風に冷たさはなく、ちょうど良い気持ちのいい風だ。この世界には季節があるのだろうか。
それとも、地域によって分かれるのだろうか。暑いとこが苦手な佐藤さんにとっては、北に向かうのは都合がいい。寒いところが好きと言うわけではないが。
程なくして、森の終わりが見えてくる。
だが、森を抜けてすぐ馬車は歩みを止めた。
馬車の前方を覗くと、そこには二十の騎馬とそれを従える一人の男が待ち構えていた。
「ストラウスか……やはり。」
そう言って、サトーは馬車を守るようにして前に出た。リーシャは馬車の中に潜み攻撃の姿勢をとる。
ストラウスが馬から降り、手を上げながらこちらに近づいてきた。
「攻撃の意思はない、話を聞いてもらえないだろうか。」
――サトーは無言で頷く。
「その様子だと監視に気付いていたようですね、不快な思いをさせて申し訳ないが、私も国を守る義務があるためあなた方を知る必要があった。許して頂きたい。」
佐藤さんは、ぐっすりとおやすみになられていたので不快感はないが、ペトラとリーシャは不愉快極まりないだろう。危険を感じて街を出るという行動をとったのだから。
だが、ここで意固地になっても仕方ない。とりあえず話を聞こう――そう思った。
「なるほど。それで本題はどのようなものでしょうか?」
サトーは、声の色に親近感を持たせないようにして話した。たった一言で警戒心を緩めたなどと思われても困る。
「我らシルバガントの、エインリル・ダ・レイモンド・クロヴィス皇帝陛下が、是非お会いしたいと仰っている。我らと共に帝都に来てはくれないだろうか。」
ん、えいんりるだ……あーくそっ、名前が長いせいで分からなくなってしまった。
「それは、どのような意図でお会いしたいのでしょうか?私を帝国の戦力として迎えたい――などでしたら、ご期待を裏切る事になります。」
こちらの期待に沿わぬなら生かして返さぬ――みたいな展開はごめん被る……まぁ、それならここで断っても同じことだが。
「そのような意図はない、あなたに興味を持った、友好を築きたいと仰られています。あなた方に危害を加えるような事は絶対にないと約束しよう。」
「少しお待ち頂けますか。」
「勿論。」
そう言って、リーシャ達の元に戻り、どうするべきか持ち掛けた。
「まずはペトラの意見を聞きたい。皇帝の噂とか何か知ってる事はある?」
「以前は交戦的で戦がお好きだったようですー、今は大分お年を取られて丸くなったと聞いたことがあるのですよー。」
なるほど。侮る訳ではないが、それなら機嫌を損ねなければ大丈夫かも知れない……
佐藤さんは、警戒しすぎ――とゆう事はないだろうと、頭を回転させるが、一国の……いや様々な国を纏める皇帝に謁見するなんて、いくら想像しても分からないのだ。危険性に置いても全くだ。いざとなったら全力で仲間を守るくらいしか……今は思いつかない――
「私はどっちでもいいけど、下手に断れないんじゃない?」
馬車に潜んでいたリーシャが顔を出す。
「私は皆様の判断に従います。」
ロザリーは馬に跨ったまま、体をくねらせた。
「じゃあ、ペトラも異存がなければ帝都に行く事にしよう。いいかな?」
皆、一同に頷いた。
サトーは単身で帝都に行く事も考えたが、そんな提案をしたらきっと、リーシャは激怒するだろうと思って言わなかった。代わりに自らが盾になって必ず仲間を守ると心に誓う。
「分かりました。皇帝陛下にお会いしましょう。」
ストラウスの元に歩みながら返答した。
「おぉ!それは良かった!陛下もお喜びになるでしょう。では、我らが前後を守りつつ先導致します。」
急に敬語が混じり始めた。皇帝の客として招くからには、自分よりも位の高い相手になるからであろうか。
そもそもストラウスは位が高い人物であるのに、こんな若造に、対等に近い言葉遣いをしてくれていたのだから、いい人――なのかもしれないな。
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