十二話 気配
佐藤さんは、リーシャのいるところに向かおうとした。
その時、絶命した魔物の上に何かが現れた。目の端でそれを捉え、少し驚き嬉しそうな表情だ。
もっさんだ。目の前で姿を現したのは、転生して初めてであるからか、とても久しぶりな気がする。
「へい!えびばでぃせい!かーみっ!」
もっさんは、耳に手を当てながらこちらに向け、サトーの反応を待っているようだ。
「…………」
佐藤さんは、真顔で黙りこんだ。まるで時が止まっているように見える。
「……サトー知ってるの?その変質者。」
リーシャが、近づいてきた。もっさんの異様な姿が見えているらしい。
「おい、リーシャよ、わしは変質者ではない。神じゃぞ。ほら、見えるじゃろ?ほら、すごくね?わし。」
着ぐるみの脚をバタバタさせ、わし浮いてますアピールをしている。
「リーシャ……確かに変ではあるが、神なんだ。この……神様。」佐藤さんは、この人――と言おうとした。何か違う言い方を探すが思い浮かばず、仕方なく神様と言った。
リーシャは、サトーと神を交互に何度か見て一言だけ発した。「なるほど。」
「あれ、なんか納得の仕方が引っかかるんだけどリーシャ……なんか見比べてなかった今?」
リーシャは、サトーをシカトして、神に問いかける。
「それで、その神がかった変質者様がどのような御用ですか?」
「いや、神って入ってるけど、それ全然違うからね、ただの変質者だからね、それ。」
佐藤さんはシカトされた後だが、割って入らずにはいられなかった。
「ふむ、サトーよ。ちとこっちにこいや。」
え?否定しないの?とんでもない変質者扱いされてるけどいいのか?などと考えながらもっさんに近づく。
もっさんは何も言わずに、サトーの腕を人差し指で軽く突いた。
「うがぁっ!!ぐぅっ!はっ――はっ――」
急に腕に激痛が走り、全身に力が入る。すると、続けて脚にも同じような痛みが走り、その場に崩れ落ちた。
全身の血管が浮き出て、筋肉が痙攣を起こす。
痛みを堪えるあまり、呼吸困難に陥っている。
「何をしたの!!?」
リーシャが瞬時に戦闘態勢に入る。
「――やはりのぉ……何もしとらんよ。軽く触れただけじゃ。説明してやるから、その弓を収めよ。」
「今すぐ説明して。」
仕方なく弓を下ろすが、その目には殺意の色が感じられる。
「サトーが振るったのは、人の身に余るもの、人では到達できないものであることは気付いておろう。」
「それを一日に何度も使ったのじゃ、体が無事な訳あるまい。ちなみにこのサトーの力は身体能力ではないな。そうであれば、ピンピンしているはずじゃからの。」
神は、サトーに掌を向ける。すると痙攣している体を優しい光が包み込んだ。痙攣が治まり、気を失うように眠った。
リーシャは既に警戒を解いていた。すぐに理解したのだろう。リーシャは頭の切り替えが早く、判断力に優れている。
「神様。失礼致しました。」
片膝をついた。
「そんなことせんでええわいっ、わしそうゆうのめんどくさいから嫌い。」神は、軽く手を横に振った。
「分かりました。それで、サトーの力でないと言うのはどうゆう事?」
すくっと立って、言い方を治した。
「前にも言ったんじゃが、わしはこやつの能力を知っている訳じゃない。ただ漠然とした――力を与えた。それだけじゃ。思い当たる節はあるがの。」
「――精霊?……ですか。」
リーシャは、古代精霊魔法の事を思い出した。
「それもあるの。では、それと対をなす存在は何じゃ。」
真面目な話をしているのにも関わらず、やる気のなさが表情からひしひしと伝わってくる。
「変質者様。サトーに悪魔が宿っているとでも仰るつもりですか?」リーシャは、嫌な気分を隠さずに話す。
「両方とも可能性があるとゆうことじゃ。同時に、その二つしかないと言ってもいい。力の発現が急すぎるからの。ワシの与えた力とは全く異なるものである事は間違いない。」
「通常、精霊や悪魔の力を使うには、契約が必要になる。こちらから呼び出す場合は特に。じゃが、稀に向こうから接触してくる事がある。、興味本位で力を貸しているのかは知らんが、内容次第では命を代償としてとられる事もある。契約していてもここは同じじゃがな。」
「それは、精霊でも――ですか?」
「……内容次第じゃ。それを避ける方法は大きく分けて二つ。力を使わないよう大人しく過ごすか、隷属させて支配するかじゃな。」
リーシャにとって、精霊とは、自然そのものであり守護してくれる存在――そのようなイメージであった。
悪魔が宿っていると、言われている気しかしない……
「こやつが目覚めたら、力を抑え、間違っても全力で戦うような事はしないようにと伝えよ。」
風でもぐらの鼻が小刻みに揺れている。真面目なのか、ふざけているのか分からなくなりそうだ。
「こやつをおぶって戻るのは、きつかろう。ワシが家まで転移させてやるわい。」
「あ、神様、そこの魔物も一緒に送って下さいませんか?」
リーシャは、人が変わったように可愛らしい笑顔を振りまいた。
「調子のいい奴じゃのぅ、一応わし神じゃからな?」
空に浮いて、脚をジタバタさせている。理解はしているつもりだが、リーシャには変質者にしか見えない。
一瞬で、風景が家のリビングに変わり、神は居なくなっていた。
魔物を運んでもらったのはいいが、死骸が山積みになり、床が血まみれである。
早く片付けたいが、先ずはサトーをベットまで運ばなければいけない。サトーの脇に腕を入れて引きずりながら寝室に向かう。流石に持ち上げるのは無理だったようだ。
身につけている防具を外して、なんとかベッドに乗せることができた。
リーシャは、一息ついて自分のベッドに腰掛ける。
サトーの体は心配だけど、いまはペトラについて考えないと……サトーはいつ目覚めるか分からないし、あぁ、あの魔物も捌いて売れる物を分けないと――
やる事があり過ぎて目が回りそうである。
サトーがこの状況で話してしまってもいいのかしら……
リーシャは、珍しく判断に迷う。
サトーはすやすやと眠っている。神が治癒系の魔法を放ったように見えた――そのおかげかな、感謝しないと。
あの見た目は、到底神には見えないけど……
「サトー、迷ったけどやっぱり、ペトラに話す事にするね。あなたがいつ起きるか分かんないし、さくっと起きてくれたら助かるんだけどなっ。」
リーシャは、寂しそうな顔でサトーの髪を撫でた。
一旦魔物は放置して、ペトラの家に向かう事にした。この量を処理していては、一日が終わりそうだ。
家を出て数分でペトラの家についた。扉をノックするとすぐに返事が返ってきた。
「はいですよー!どちらさまですかー?」
明るい声が響いてきた。
「私よ!リーシャ!」
すぐに扉が開く。
「リーシャ殿、どうかされたのですかー?」
リーシャの声が少し緊張を含むように感じられたのか、何かを察した様子で話しかける。
「ペトラ少し時間大丈夫かな?できれば私達の家で話したい事があるんだけど……」
やはり、リーシャの声には緊張感がある。サトーが目を覚ましていない状態で打ち明けなければならないのが、不安を煽っているのかもしれない。
「構わないのですよー!少しだけ待つですっ!」
そう言うと、家の中に戻っていった。戸締りかな?
リーシャが想像する間もなく、ペトラが出てきた。
二人で、歩いて家に向かう。手を繋いで歩いたら家族に見えるかな?サトーがいたら子供みたいに見えるかしら。などと、リーシャは妄想を膨らませていた。
家に着き、扉を開ける。大量の魔物の死骸を見たペトラは驚いてあまり聞いた事のない低い声が漏れ出た。
「んはっ……これは魔物ですか?」
「うん、サトーが倒したんだけど、それも説明するからこっちに来て。」リビングは魔物の死骸だらけでスペースがほとんどない。サトーのいる寝室に向かった。
リーシャは、自分のベッドに腰掛ける。ここに座ってと言うように、ベッドを「トントンッ」と叩いた。
ペトラはリーシャの隣に座って小さめの声で言った。
「サトーは寝てるのですか?」
「うん、今日は目を覚まさないかもしれない。気にしなくていいわ、これも後で説明する。先ずは一番大事な事をペトラに話しておきたくて呼んだの。」
リーシャは、サトーと出会ったとこから赤裸々にペトラに語った。リーシャ自身が記憶喪失である事は除いたが、それ以外の全てを説明し、事実を話せなかった事を謝罪した。
ペトラが感づいているのではないかと思っていたが、説明してる間のペトラは驚きの連続でびっくりしているようだった。
リーシャは、ペトラのその表情を見て、少し肩の荷が降りたような気がした。やはり、ペトラは思っていた通りの人物であったと。
「――なるほどです、話せないのも理解できますから、気にしないのですっ」ペトラはサトーの顔を見ている。
そこでようやく、リーシャは今の状況と経緯を説明した。
「やっぱりお二人だったのですねー!魔物の群れをたった二人で討伐した者がいると、街で噂になっているのですよー!にしても神様とは……驚く事ばかりなのです。」
しまった!今魔物の肉や毛皮を売りに行ったら特定されてしまう。誰かに見られている可能性をリーシャは失念していた。
「ペトラ、申し訳ないんだけど……あの魔物買い取ってもらえない?討伐したのがサトーだって広まるのは……」
少々図々しいとは思いつつも、家の中で五十頭を処理して保管するのは無理がある。料理や干し肉として使うにしても、あの大きさでは一頭が関の山だろう。
「ペトラにお任せー!なのですよー!むしろ儲け話を頂けて助かるのですー!」
ペトラは、快く承諾してくれた。
それから丸三日が経過した。サトーはまだ眠りの中だ。
魔物の死骸は、日が落ちてから目立たないように運んでもらったため恐らくは大丈夫な筈だ。そう思うほか無い。
だが、リーシャはいつからか分からないが、じっとりと纏わりつくような気配を感じていた。
誰かに見られている気がして、さりげなく周りを警戒するが、それらしい者は確認できない。思い過ごしだろうか。
その時、声と扉を叩く音が聞こえた。ペトラだ。
どうやら、ペトラも気持ちの悪さを感じていたようだ。リーシャに異常がないか聞きたかったらしい。
「相手がどうでるかわからないけど、この街をでるべきね。」
とは言ったものの、サトーが目覚めなければリーシャには運び出す手段がない。
「実は以前から北の奥地に行ってみたいと思っていたのですよー!」
リーシャはどうしてペトラがそこまでしてくれるのか分からない。確かに命は救ったが、十分過ぎるほど恩を返してくれたと思っている。
「どうしてそこまでしてくれるの?確かに命は救ったけれど、一緒に来たら危険だし命を狙われるかも知れない。」
リーシャは、ペトラを警戒しているわけではない。身を案じているのだ。理由があるとは言えここまでしてくれた人を自分達のせいで死なせるような事があってはならないと。
「ペトラも監視されているのなら、残っても残らなくても同じことなのです!それに、北に行きたいのは本当なのですよー?」ペトラは、いつもと同じように優しくも可愛らしい表情だった。
リーシャは、ガクッと膝を落としペトラを抱きしめた。鼻がぐずぐずと音を立て、顔はしわくちゃになり、頬が濡れた。
「――ペトラごめんね……ごめんね……」
ペトラを危険に晒してしまった事と、ペトラの優しさに胸がこみ上げ、涙がこぼれた。
「良し良しですよー。ペトラは大人なのです。良し良しするのですー。」
ペトラは優しく背中をさすった。
起きないサトーの事もあり、不安だったのか、リーシャの涙はしばらく止まらなかった。
その頃、サトーは夢を見ていた――
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