一話/序章
この物語は、ひょんなことで転生する羽目になった平凡な佐藤健が、異世界にて「伝説」を作ってしまうお話である。
「デロデロ〜、朝だおー、デロデロ〜」
腐ったおにぎり型目覚ましが鳴る。一見趣味の悪そうな目覚ましだが、意外と可愛い。キモ可愛いと言うのだろうか。
男は体を起こし、眠そうな顔でデロデロ君の頭を押す。
私は佐藤健。
容姿は平均的。
性格は少しゲスい。
休みは家に引きこもりがち。
三十歳。一人暮らしである。
「ピンポーン」インターホンが鳴った。
どうやら届いたようだ。
佐藤さんはVRゲームを注文していた。今流行りの、ゲームの世界に入って、自分自身が実際に冒険できる――と言う信じがたい内容のゲームだ。
まるでそれが現実かのように。
説明書にはハード機の操作方法と、注意事項が書かれている。
……いきなり電源を落とす事は絶対にしないで下さい、故障の原因、身体への影響が懸念されます。心臓の弱い方はご使用を控えるように――か。
まぁ、説明文に少し不安を覚えるが当然だろう。感覚はリアルの世界と、なんら変わらないと言うのだから。
どうやってそんな事を可能にしているんだろう。まさか自分の体がここから消えるわけはないだろうに。脳を錯覚させるのだろうか……
内容は、よくあるRPGで他のプレイヤーと共に冒険する――というものだ。
武器や防具を作る生産職、商人、剣士や魔術師といったオーソドックスな職業や、多彩な調理スキルを持つ料理人。
他にも沢山の職業があるようだが、組み合わせ次第で様々な事ができるらしい。
ハード機を頭に装着し電源を入れると、振動音が聴こえる。読み込み中のようだ。
まだVRの世界には入っていない。
ゆっくりと、腰掛けているベッドに横になった。
ハード機の外観はゴツゴツしいが、あまり装着感はない。快適と言える。そんな事を考えながら、胸に手を当てた。
脈拍が速くなっているのが分かる。
(お……ロードが完了したようだ。)
目の前にはログインの表示。
数秒点滅して点灯に変わり、目を瞑る。
始まるようだ――
目を開けると――ふむ、初期設定をする受付のようだが。
空間の中央に横長なカウンターだけがあり……そこで肘をついて、本をだるそうに読んでる――
もぐらの着ぐるみを着た、おっさんがいる。
顔が丸出しになるタイプの着ぐるみである…… もぐらの可愛い顔を被ったおっさんを、想像して見てください。
次世代型VRの世界観に浸るところなのであるが、いくら何でも自由過ぎると思い、ツッコミたくなった。
「――――お前だれだよ!!」
しかし、流石に30過ぎにもなって初対面でそんな事は言えない。ましてや、相手の見た目は自分より年上である。かなりふざけた格好だが。可愛い女の子を想像していただけに――少し残念だ。
ちょっと面白いからこうゆうのも悪くないか――と、自分の感想に矛盾を感じた。近い言葉で言えば、嬉しいような嬉しくないような――佐藤さんは黙ったまま、もぐらのおっさんを注視している。
すると、ようやくもぐらのおっさんがこちらに気付いたようだ。「あぁ、ようこそ、こっちにきて容姿とか職業を選んでよ。」
もぐらのおっさんは本に目を向けたまま言った。いや、これからは長いからもっさんと名付けよう――
「あ、はい……」
扱いは凄く雑だが、不思議と不快感は感じない、近所のおっさん……近所のもっさんと言った感じである。
――容姿はどんな姿でも可能だ。
姿はあまり変えずに始めるとしよう。職業は色々あるが、「んー……どうしようか。」
佐藤さんは優柔不断である。
しばらく悩んだ後、剣士タイプを選ぶ事にした。
やはり前衛職がやりたい、実際に剣なんて振った事がないし、やっぱかっこええしな!!
名前は……
更に悩み、しばらく硬直する。
そのままと言うのもあれだし、凝った名前も恥ずかしい、絶対。――ま、いっか。「サトー」で。
安直どころかほとんどそのままだが、これなら呼ばれても違和感はない、カタカナだとそれっぽい感じだ。と、自分を納得させた。
「決まったかのぉ?決まったなら早速最初の町に飛ばすが良いか?」本当にダルそうに見え……いや――眠いのか?
もっさんは肘をついたまま、首を傾げて言った。
「――決まりました、お願いします」
もっさんのやる気のなさに脱線しそうな気持ちを抑えつつ、少し考えを巡らせてから、落ち着いて返事をする。
すると、入れ替わるようにして景色が町に変わり、もっさんはいなくなっていた。もっさん、ゲーム内で会う事あるのかな……いや、あれは流石に世界観が壊れそうだ。
町の雰囲気はもっさんとは異なり、ちゃんとしていた、最初の町であるため、「街」と言えるほど大きさも華やかさもないが、プレイヤーは多く、活気を感じる。
ヨーロッパのような外国情緒溢れるといった感じだ。日本の街のような景色はない、まさに異世界である。
説明らしいものは何も受けていないのだが、まるで前から知っていたかのように、手のひらで空をなぞると、メニュー画面が開く。
慣れきった動作とは裏腹に、口をポッカリと開ける。
驚くと同時に感動を覚えた。知らないはずなのに理解できるという感覚は、不思議としか言いようがない。
「――よーし!とりあえず一狩りいきますかっ!」
ログインしてからのテンションは高い。
メニュー画面を一通り確認し、メニューを閉じようとしたその瞬間――
耳を塞ぎたくなるような轟音と同時に、空にノイズが走る。「ビクッ」と体が震えた。
顔を歪めながら周りを見渡す。
「……え?何?イベント?え?」
(周りは特に変わった様子はないようだが…)と思った途端、目の前が真っ暗になった。ブラックアウトしたのだ。
数秒ほどして視界が徐々に戻ってきた。
――ん?もっさんじゃん。どうやら、初期設定をする空間に飛ばされたようだ。
緊張していた出だしと違い、気分が高揚していたため、スムーズにもっさんに話しかけた。
「あ、すいません、急に目の前が真っ暗になって気づいたらここに飛ばされたんですけど、イベントか何かですか?」
近所のおっさんぽさが妙に親近感を湧かせる。サトーは笑顔で質問した。
先にも言ったが、佐藤さんはこのもっさんなる――おっさんの雰囲気が嫌いではない。おそらく割と好きだ。
「――あぁ、違う違う、サトーさん死んじゃったんだわ、これ、あれなんだわ」
相変わらず本を見ながらだるそうに答えるもっさん。
だが、最初に感じたもっさんの雰囲気と、少し違うような違和感を覚えた。まぁ、気のせいだろう、大した会話をしたわけでもないのだから。
これとか、あれとか何を言ってるかよく分からんが、吹き出しそうになるのを堪えて、口元を手で押さえた。
「まじすかーっ!町の中でもゲームオーバーになるんですね!いきなりすぎて何が何やらっ――」
佐藤さんは、町の中で即ゲームオーバーになった事に理不尽さを感じ、更にテンションが上がっている。死にゲーとゆう類のゲームはやりがいがあって割と好きな部類だ。思い返す限り、本当に理不尽すぎて笑えてくる。
淡々ともっさんが続けて喋る。
「ん?ゲームオーバー?いや、サトーさん死んじゃったのよ。停電で電源落ちた影響っぽいよ?ショック死的なあれだわ。」
佐藤健は鳩に豆鉄砲を喰らったような顔をしたが、まだ半ば顔がにやけている。理解が追いつかないといったところだろう。
「――??」
「うーん、まぁ仕方ないか、わしもっさんじゃなくて神だから、これ分かりやすいようにと思ってこの姿を借りたんじゃがの。佐藤さんマジで死んでるのよ。てか、この漫画おもろいのぅ、カハハ。」
もっさんの顔は相変わらずダルそうである。
いや、もはやそんな事はどうでもいい。
何言ってんだもっさん。
何でずっと漫画読んでんだよ。
てか、漫画かよそれ!
全然面白そうな表情にも見えねぇ!
色々とわかりづれぇ!
――相変わらず全く理解できない上に、色々ツッコミたいところ満載だが、とりあえず言葉を返す事にした。
「あ、あれ?もっさんて呼びましたっけ?口に出てたかなー?にしてもVRゲームってNPCまで凄いですね!アハハ!」
さっきまでの笑顔と違い、若干表情が引きつっている。完全に苦笑いだ。
「いや、だから、わし神だからね、何でもあり的なあれで分かるのよ。もうサトーさんあれしちゃってるからね、あ、転生する?転生したいよね?ステータスは適当に死なないようにあれしとくから、百聞は一見にしかずってやつ、いってらー。この漫画マジウケる、カハハ」
相変わらず気の抜けたトーンで、早口で説明した神は右手の掌を、こちらに向けた。
「え、ちょ……雑――てか、全然笑ってないし、あれってなんな……」言葉は途中で遮られ、神に向かって手を伸ばしたが、一瞬にして目の前の景色が変わった。
眩しい――佐藤健は荒野に転移したようだ。
だが、何かがおかしい。目線のすぐ下には乱雑に砂や石ころが転がっている。体が全く動かせない――動くのは気の抜けた表情だけだ。
「何で埋まってるんだ俺……」
そう、ここからが佐藤さんの異世界転生の始まりである。
「ええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーー!!!もっさぁーーーーんっ!!」
ここまで読んで頂きありがとうございます。作法など気になる点がありましたら、是非お聞かせください。
読者を惹きつける作品にできるよう努力していきます!