コンデリーの正体
「あ、ミーツ先輩」
私達は魔術師団の詰所に入って行った。ちょうどミーツ先輩は師団の事務所にいた。
先輩は近衛から魔術師団に籍を移して今は魔術の勉強中だ。そのミーツ先輩と言えば涼しげな目元のさっぱりとした美貌の持ち主だ。ご先祖に異世界人のなんと平安時代にこちらに転移してきた姫がいるという、由緒正しき?公家顔の持ち主だ。
「どうしたんだ?ん、ポル爺どうした?」
渋いな〜。渋くて格好イイ。私はルル様がポルンスタ老師をソファに降ろすのをお手伝いしてから、ミーツ先輩に頭を下げた。ジャパニーズ式お願いだ。
「先輩、ポルンスタ老師よりお伺いしましてコンデリーと言う香辛料をご自宅で使われているとのことでお聞きしたいことがあります。それは匂いの立つ、辛味が独特の香辛料でしょうか?」
ミーツ先輩は、ああ…と言って少し微笑んだ。
「コンデリーな。確かにそうだな…。口に入れると口内が熱を帯びたように感じるな」
「熱…!」
これは…カレー粉でもあるし、もしかして唐辛子の可能性もあるのかな?唐辛子だったら七味を作れるチャンスよね?唐辛子だとしても用途は色々活用できるしどちらでもいいよね。
「見たいな…その香辛料」
と私が無意識に呟いていると、ミーツ先輩が
「ん?じゃあ見に行くか?今はノリもつわりが辛いとかで家に居るし、気晴らしにでも会いに行ってくれると嬉しいよ」
と何気なく言ってきた。この気遣い…さすが、ミーツ先輩!
そんな状態の実莉さんには申し訳ないのですが見に行っていいの?本当ですか?
私はルル様とポルンスタ老師の方を見た。
「ルル様、老師、私行って参りま…」
と、言いかけた時に近くにガレッシュ殿下の魔力を感じた。
あれ?殿下……ガレッシュ殿下が凄いスピードで近づいて来る。そして部屋の扉がバンッ!と開かれた。
ガレッシュ殿下は扉を開けて室内にいる私達をぐるりと見ると、声を張り上げた。
「っ…居た!兄上〜!居たよ、ミーツの所、爺も一緒」
な、何でしょうか…?えっと、この魔術は心話…かな?兄上と言うことはナッシュ殿下と話している?
ガレッシュ殿下は結構、怖い魔質を放っている。怒っている?
そして私の前に歩いて来ると、腰に手を当てて私とルル様をジロリと睨んだ。
「こらっ!勝手にウロウロしないっ!」
ビリビリと魔力が放たれる。ひえっ!
今度はナッシュ殿下の魔力が近づいて来て、部屋に飛び込んで来たお兄ちゃん殿下の方にも怒られた。
「何処かに行くのなら、周りに声を掛けんか!ポルンスタ爺もいないから、召喚の障りで何かあったのかと思うだろう!」
ひええっ!?そうなのですかっ…!?
「もっ申し訳ありませんっ!申し訳ありません!」
ジャパニーズお辞儀をして謝っていると、葵さんやヴェルヘイム様がやって来られてまた怒られた。
何でも、大広間で皆様が召喚成功!と盛り上がった後に、気が付いたら私もルル様もいない。おまけにポルンスタ老師もいない…とくれば召喚の何かで異変が起きて、まさかの異世界に飛ばされたんじゃないか!と大騒ぎになっていたらしい。
私は皆様に頭を下げた後にコンデリーの話を葵さんに伝えた。葵さんは表情を変えた。
「それは怪しいわね」
「コリアンダーやナツメグ…唐辛子の類似品の可能性もありますよね?」
私がそう言うと葵さんの目が輝いた。
「ガレッシュ様はコンデリーはご存知?」
ガレッシュ殿下は首を捻っている。
「俺も全部は知っている訳じゃないしな…何せガンデンタッテは言葉が通じないから身ぶり手振りで香料買ってきたし」
「言葉!」
思わず葵さんと私の声が重なった。そうか、大陸の公用語扱いのカステカート語以外に、私は数ヶ国だけは会話は出来る。しかしガンデンタッテの言葉は私も話せない。
実は奇妙な感じなのだか、葵さんと会話をすると日本語で返事をしても通じる。未来さんやなっちゃん達も同様だ。彼女達はナジャガル語やカステカート語を流暢に操っている。
試しにコスデスタ語で話しかけたら、流暢なコスデスタ語で返されたこともある。凄いね。
どうやら会話に不自由しないのが異世界転移の加護らしい。そしてもっと不思議なのだが転生者には言葉の加護は適用しないらしい。
カデリーナさんは秘密にしたい話の時は皆さんに日本語で話し掛けている。すると転移組の皆さんは日本語で返してくれるからだ。異世界転生組は言葉の壁が大変よね〜と常々言っている。
まったくその通りです。言葉が通じないのが、大変だった。全世界語話せる加護…私も欲しいです。
さて
コンデリーの正体がどんな香辛料なのか…確かめるために葵さんとカデリーナさんとヴェルヘイム様と私とガレッシュ殿下の5人がミーツさん家にお伺いすることになった。
大人数で押し掛けてノリの体に負担をかけるのは良くない!と葵さんが力説したからだ。
移動が面倒なので転移魔法を使おう、ということになったので皆さんを代表して私が実莉さんの魔質を探る…。見つけた。
「見つけました、飛びます。皆さんご準備を」
私が声をかけると皆さん手を繋ぎ合った。意識を実莉さんの魔質に向けた。
一瞬で実莉さんの所、ミーツさんの家に着いた。
「流石、カスミン」
葵さんに微笑まれて、微笑み返して私が一番下っ端なので、玄関口から室内へご挨拶をする。
「失礼致します。ナジャガル軍のヒルデ=ナンシレータと申します」
すると、室内ではーいと声が聞こえ、ミーツ先輩によく似た面差しの年配の女性が顔を出した。
「あら?あらまあ…これはガレッシュルアン殿下!」
出て来た年配の女性はガレッシュ殿下の姿を認めると慌てて膝をついた。
「急にお邪魔してごめんね~。実はね…」
ガレッシュ殿下がコンデリーの事でと用件を伝えると、女性(ミーツ先輩のおばあ様と判明)が私達を室内に招き入れてくれた。
「あ~葵。皆様…」
部屋に入って通された部屋の奥のソファにミーツ先輩の奥様、実莉さんが座っていた。うわっ魔力が体の中でグルグル回っている。顔色が悪い…。
「ノリ~あんた目の下のクマがやばいよ…。もしかして悪阻?」
葵さんがそう言ってソファに近づいて行った。実莉さんは力なく笑うと、立ち上がろうとしてガレッシュ殿下に制されていた。
「吐いてばかりで、水ぐらいしか飲めないのよ」
ひえぇ…それでは体力が落ちてしまう。葵さんは実莉さんの体の魔力を診察しているようだ。
「魔力が活発に動いているのね…これ妊娠の所為よね?」
葵さんが振り向いて私を見たので、私は実莉さんのソファに近づいた。実莉さんの魔質は体内を活発に巡り、そして…お腹の周りで渦巻いている。強い魔力だ。
「妊娠の影響ですね。魔力が廻った際に喉に炎症を引き起こしていますね」
葵さんが実莉さんの喉に治療魔法を使った。治療魔法は作用したようだ。実莉さんの喉の炎症は治った。
「喉の炎症が収まりましたので、水以外の食品も食べてみて下さい。恐らく吐き気も緩和されていると思います」
私がそう説明すると、実莉さんも葵さんも大きく頷いている。早速実莉さんはミルクを飲んでいる。
さあ問題のコンデリーだ。ミーツ先輩のおばあ様が食器棚の中から瓶を出してきた。皆が覗き込んでいる。
「匂いはっ!?」
葵さん顔を突っ込みすぎです…。どうですか? 葵さんはパッと顔を上げた。
「カレーの匂いだぁぁ!」
「やったぁ!」
カデリーナさんも瓶に飛びついて匂いを嗅いでいる。
「これが珍しいのですか~。うちの孫がこっちに帰ってくる時にお土産に買ってくる物なんですが…」
孫?お土産?皆さんがおばあ様ににじり寄っている。おばあ様はオロオロしている。
「孫…ミーツの兄なのですが、トーイはガンデンタッテで薬師をしていまして…」
「ガンデンタッテ!おばあ様、私達近々ガンデンタッテに参りますの!」
葵さんが食いつき気味におばあ様に更ににじり寄っている。
結局、カデリーナと葵さんはコンデリーの粉を少し分けてもらっていた。カデリーナさんは小躍りしている。
「今日はカレーを作るわよー!」
「おおー!」
葵さんとカデリーナさんは仲良く拳を突き上げている。フフ…よかったですね。
詰所に戻ると、軍服に着替えた未来さんが「遅いぞ!」!と怒りながら1人で仕事をなさっていた。
すみません…サボるつもりじゃなかったのです。
葵さんも殿下達も、国王陛下に呼ばれて出ている。未来さんにお茶をお入れしてから、そういえば…と思い出したことを聞いてみた。
「未来さんはどうしてガンデンタッテの視察?にご同行しないのですか?」
「んなもん決まってるよ。戦力外だからさ」
「戦力外…」
未来さんはハーブティーを飲みながらニカッと笑った。
「外交関係は葵先輩夫婦が行くでしょう?第二皇子妃の私まで行く必要はない。おまけにギルドの昇進試験の旅も兼ねている。私は魔力が強い訳でもないし、戦うって言っても護身術程度だもん。カスミンみたいに最強じゃないし、邪魔になるだけだ」
「未来さんがいないのは寂しいです…」
何だか本当に寂しくなってそう呟くと、未来さんにガバッと抱きつかれた。
「もーっカスミン可愛すぎっ!どうしようかな~仕事溜まってるけど…行きたくなっちゃったぁ!」
詰所で未来さんと抱き合っていると、ルル様とジャックス兄貴が入ってきて入口で固まっている。
「な、何だ?」
「ヒルデ…ヤウエンの北東の街に魔物が数十体出た。ナッシュ殿下は国王陛下と会議中だ。俺達とヒルデで行けと言われた」
ルル様の言葉に私は緊張した。魔物や魔獣退治は初めてではない。!しかしルル様と一緒に…もしかすると勇者の剣を使え…ということなのかもしれない。
「は、はい!参ります!」
私達はその場で直ぐに転移魔法を使った。
ヤウエンの北東…ジマーの町のすぐ近く…。グローデンデの森に近いせいか、魔物の気配が濃い。
ルル様とジャックス兄貴の後をついていく。森近くの警備隊の詰所に私達は飛び込んだ。
「第一部隊の者だ。魔物が出たと聞いた」
ジャックス兄貴が声をかけると、詰所から兵士が慌てて出てきて魔物が出没した場所を地図で指示してくれた。地図を覗き込む。
「まだ住人の避難が完了しておりません!あの辺りは魔道具工場を建築中でありまして、大工も沢山、駐在しております」
「討伐しながら避難誘導しよう。行くぞ」
ジャックス兄貴の号令の下、一気に駆け出した。
「ヒルデッ!」
「はい!」
「魔物の魔力と逃げ遅れた住人の魔力、読み取って場所を教えてくれっ!」
普段、ヘラヘラしてそうなジャックス兄貴だけど、こういう時は頼れる先輩だ。作戦の組み立ても早いし、行動力もある。私は戦闘能力は高いという自負はあるけど、統率力とか作戦を考えるのは正直、苦手だ。
「西の方角に人間の魔質10名程、正面の家屋に5名!近くに魔物の気配はありません」
「先ずは正面を!その後西へそのまま北に向かう。負傷者がいるかもしれん。ヒルデは救護優先で!」
「御意!」
私達は一気に速度を上げて正面の家屋へ向かった。