武器はお菓子
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私がオロオロしている間にルル様のコスプレ(敢えてそう言おう)は解除されていた。
「甲冑も消えちゃいましたね…」
カデリーナさんがそう言ったけれど内心、冷や汗が出る。
童子切の刀は私のヨジゲンポッケの中に入ってますっっ!
鳥に襲われるのも怖いけど、これはこれで得体の知れない怖さがある…。実は幽霊の類も苦手だ。こんなデカイ女が乙女でもないのに、らしくないこと言ってすみません…。
申し訳なく思いながらもルル様の袖をちょっと引っ張った。すぐにルル様は気が付いて目線を私に向けてくれた。
「私の…ヨジゲンポッケの中に…あのお面が入っているようです」
ルル様は少し目を見開いた後、私の耳元で
「触るぞ」
と言った。ゾクゾク~~っときた!耳元で囁くのは反則です!
ルル様は私のウエストポーチ型のヨジゲンポッケの中に手を入れると、ゆっくりとソレを取り出した。
ドロドロ……おどろしいお面がニュッ…と私のポッケの中から出てくる。
「本当に入ってた」
「ああ、鬼の面!」
カデリーナさんがそう言ったのでまたおっさん達が私を見る。恥ずかしい…。
「そっか、エフェルカリードと原理は一緒ね。勇者以外の者が触れたら所有者の元へ戻ると…」
葵さんの解説に皆様がおおーっと声を上げた。私がまだ体を強張らせていると、ソッとルル様が背中を撫でてくれた。
「もう怖くない」
きゅーーーん! すごくきゅーーーんとしたよ!
すみません、乙女でもないし大柄な女ですがキュンキュンしたよ。皆がルル様ルル様と、騒ぐ気持ちが分かる。だって基本的に優しいのだ。顔の表情筋は死んでいるけれど、優しいんだよね。
重要な事なので何度も言うが、ルル様は優しいのだ。
さて、無事にルル様に勇者のお面?が手渡された。ルル様は移動中もジッとお面を見詰めている。呪われはしないと思うけど、正面からよく見れるな~。
「さあ…これは困りましたよぉ~!」
皆さんで詰所から大広間に戻っている途中で、カデリーナさんがそう言って眉間に皺を寄せている。
「香澄ちゃんみたいに絵心が無いので、剣のイメージをヴェル君に伝えることが出来ません」
「絵心ですか?」
何だか意外…カデリーナさんって何でも上手にこなしていると思っていたけど…
「以前、クリスマスに動物の形のクッキーを焼こうとしてトナカイを描いたら、ヴェル君にそれは生き物か?と聞かれたほどの腕前です」
「…なるほど」
「更にザック君がもっと小さい時にザック君の似顔絵を描いて渡したら、僕はこんな魔物じゃない!と怒られたこともありました」
「まあ…」
ザック君は今、カデリーナさんと並んで歩いている美丈夫ヴェルヘイム様の弟だ。彼も凄い美少年だから確かに魔物みたいにデフォルメ?されて描かれたら、いい気はしないだろう…不可抗力だけど。
「何も絵を描かなくてもいいんじゃない?ねえ、ナッシュ様も剣がどんな形をしているかなんて知らないままヨジゲンポッケの中に入ってたわよね?」
と葵さんがナッシュ殿下に聞くと殿下は笑いながら頷いた。
「たまたまヒルデは絵を描いてルルに見せたけど、カデリーナ姫もアオイのように心に思い描くだけでよいのでは?」
そうそう
今日の剣の召喚のお披露目会は異界の乙女扱いの私を含む、未来さん、カデリーナさんの3人が行う予定だった。
何だかフライングで私の…と言うかルル様の刀が先に出現してしまったけど、これでいいのだろうか?
ところがどうやら良くなかったようだ。
大広間に戻って、期待にワクワクして待っていたおじさん達(役人と貴族)は警邏の詰所の、しかも更衣室で召喚を済ませてしまったことにもの凄いブーイングをかましてきた。
「我々の目の前で勇者の剣が呼び出されるのではなかったのか?!」
そんなこと誰が言ったの?
「朝から今か今かと待ちわびていたのに、どう言うつもりだ」
時間指定は出来ませんよ?
「グズグズするな!早く他の剣も召喚しろ!」
これはカステカート王国のルイードリヒト国王陛下だ。隣でカデリーナさんのお姉様のルヴィオリーナ妃殿下が苦笑している。
知らんがな…。おじさん達は自由だな。
大広間の中央に集まって私、ルル様、カデリーナさん、ヴェルヘイム様、未来さん、ガレッシュ殿下の6人が何となく円陣を組んでいるみたいな立ち位置になって雑談をしている。
「ヴェル君にあげる剣かあ…」
首を捻っているカデリーナさんを見て、ヴェルヘイム様を見てからフト思い出したことを聞いてみた。
「そう言えばですが、ヴェルヘイム様は以前は魔将軍と呼ばれていた…とかお聞きしましたが?」
「おっ…」
「そうだな」
ヴェルヘイム様の切れ長の鋭い眼光を見詰める。フム、実に絵心を刺激される設定とキャラですね。
「カデリーナさんこの際、魔将軍という異世界で言うところのファンタジーな設定を生かして、魔界の王子様みたいな衣装と剣のデザインに統一してみてはいかがでしょう?」
「魔界の王子様…」
未来さんが呟いてヴェルヘイム様を見る。
「似合う…似合うね~ヴェルヘイム様!ワイルドな黒っぽいマントで見の丈ほどある大剣とか~?!」
おおっおおっ!思わず心の中で大剣を肩に担いでいるヴェルヘイム様を想像した。
「黒のつなぎ似合いそうですね…」
「ヴェル君の片手には…片手には……ダメだ。ケーキかクッキーしか思いつかない」
カデリーナさんがガックリと肩を落とした。
「ケーキで攻撃って斬新ですね」
「ダメダメ、香澄ちゃん。ヴェル君が甘味を投げたり壊したりなんて絶対しないから」
「まだか?!早うせんかっ!」
遠くの方からルーイドリヒト国王陛下の声がする。
「吞気なものですね、そんなに気になるならご自分で召喚すればいいのに…」
とんでもない不敬な言葉をカデリーナさんがカステカート王国の国王陛下に呟いている。確か義理のお兄さんでしたよね?まあ義兄ならOKなのかな。
「え~と、未来さんはガレッシュ殿下の勇者の剣は決めているのですか?」
私がそう聞くと未来さんは照れ臭そうにした後、ガレッシュ殿下の方をチラチラ見ている。
「私は日本刀が思い浮かんだんだけど小太刀がいいかな~とか思っててね。 銘国光とかね。ガレッシュ殿下って忍びみたいな感じだな~と私が勝手に思ってるだけなんだけどね」
「忍びですか」
確かに…ナッシュ殿下と違ってガレッシュ殿下って底知れない怖い魔力の持ち主なのは確かだ。立ち姿も隙が無い。ナッシュ殿下も隙が無いんだけど攻撃をしてもかわすだけに留めて追撃はしてこなさそうだ。
ガレッシュ殿下って反撃が怖そうな感じがする。
実際ナッシュ殿下には勝てそうにはないとは思うけど、ガレッシュ殿下にはもっと無理だと思わせる何かがある。
「服部半蔵とかですか?」
未来さんは頬を上気させた。
「カッコイイよね!」
と、その時大広間に巨大な力が満ちた。ルル様がハッとして自分の持っている鬼の面を見ている。
「共鳴…している」
その時私達の目の前にエフェルカリードがフワッと現れた。
「来るよっ!勇者の剣だよ」
ガラガラピシャーーンと雷が落ちたような雷鳴が室内に轟いた。ガレッシュ殿下とヴェルヘイム様が天井を見上げたので私も見た。
室内に雨雲がぁ?!雨雲の中からズドーンと何かが落ちて来た。
シュゥゥッ……という音と共に地面に突き刺さった鈍色に光るモノ…と何か小さい生き物?
一本は日本刀だ!
そしてもう一つは……モゴモゴと動いている?ソレはフワッと飛び上がって…ヴェルヘイム様の肩に止まった。肩に止まられても動じないヴェルヘイム様…イヤ、びっくりして固まっているのか?
「と…とか…トカゲですか?」
カデリーナさんが肩に異物?を乗せたヴェルヘイム様から離れながら私の後ろに逃げ込んできて、そう聞いた。
「いや…小さいけど、ドラゴンだ」
ヴェルヘイム様が自身の肩の上の生き物を見てそう答えた。
「!」
「ドラゴン…」
黒曜色の体に金色の瞳…。確かに羽があり小さいけどドラゴン?みたいだけど、あれが勇者の剣なの?
「エフェルカリード…あれが剣なのか?」
ナッシュ殿下は私達の側に足早に近づきながら、ヴェルヘイム様の肩に乗ったドラゴン?を見ている。
その間にもガレッシュ殿下は床に刺さった日本刀、この場合は銘国光かな?を抜き取ると掲げて見ている。すると、周りのおじさん達が歓声を上げながらこちらへ走り寄って来た。
怖いっ…私は急いで飛び上がると、転移魔法で大広間の部屋の隅に移動した。すると私が降り立った隅に小さいお爺様が胡坐をかいて座っていた。
凄い魔力を感じる。ジッとお爺様を見ていて気が付いた。この方…。
「もしかしてSSSのポルンスタ老師ですか?」
膝を突いてお爺様と目線を合わせると、つぶらな瞳が優しく微笑んでいる。
「上手く召喚出来たようじゃな」
「…っはい」
「今度はその剣を使って魔の眷属を祓い、鎮めることをしてくれ。グローデンデの森の瘴気を抑え込み、森を本来の大きさに戻すことができれば、アポカリウス殿は呪縛から解き放たれる。頼んだぞ」
体が震えた。かいつまんでしか葵さんにお聞きしていないけれど、アポカリウス様とはヴェルヘイム様とザック君のお父様で、とても過酷な環境でこの世界に拡がる魔の瘴気を御1人で身の内に留めて戦っておられる大魔術師様だ。
「アポカリウス殿と魔を祓う日取りを決めてくるかな~して、都合の悪い日はあるか?」
な…なんだか遊びに行く日の予定を組んでいるような気軽さだけど…えっと。
「この後、ガンデンタッテに向かう予定でして一応一月もあれば落ち着くかと思われますが…」
「ガンデンタッテか…クラバッハの隣か…あの辺りはまだ世情が不安定だと聞くがのぉ…」
ポルンスタ老師は少し険しい顔をされた。何だか怒っているのかな?
「何でも辛味の強い香辛料が流通しているとかで、葵さん達がその香辛料を入手されたいようです。」
「辛味…ああ、コンデリーのことかな~。確かにあれは汁物に入れると独特の薫りと味になるな」
「ごっ…ご存じで?!」
「うちでは普通に食べとるがの?」
ポルンスタ老師を見詰めてしまう。こっこれは…確か護衛のミーツ先輩がポルンスタ老師の曾孫さんだとお聞きしたことがある。もしかしてミーツ先輩もご存じかも?
因みに本日はミーツ先輩も召喚に参加する予定だったのだが、異世界人の奥様の実莉さんの妊娠が発覚して取りやめになったのだ。今日は普通に勤務していたはず…。
すると隅の方に避難していた私に気が付いたルル様がこちらに近づいて来た。
「ポルンスタ爺…」
「おお、銀の坊主。それは面かの~また変わった意匠だて」
「ル…ルル様、あの、ポルンスタ老師の…ミーツ先輩のご自宅に葵さん達が探していた香辛料があるみたいなのですが…」
ルル様は鋭い目を向けてきた。
「…ミーツ先輩に確認してみるか?」
「は、はい!」
私達はポルンスタ老師をおんぶしてすぐに駆け出した。
ちょっと興奮しすぎていたかもしれない。誰かに一言断ってから移動すればよかったのだが、後ほど、私とルル様とポルンスタ老師がいない!と騒ぎになっていたなんてこの時は知らなかったのだった。