チートキンクマハムスター
可愛いハムスターの小説書こうとしたら、めちゃくちゃ気持ち悪くなってつらい
『俺は……チートキンクマハムスター!』
いきなり何を言ってるんだと思うかもしれないが、実際にキンクマハムスターなのだから仕方ない。だが、俺はただのキンクマハムスターではない。
これほど理性的な思考が出来る時点で、俺が並外れたハムスターだと分かるだろう。何を隠そう、俺は前世で人間だった記憶があるのだ。つまり、キンクマハムスターを超越したチートハムスターである。
『まあ能力的にはごく一般的なハムスターと変わらないけどな!』
言ってて悲しくなってきたが、俺は知性こそ人間であるが、悲しい事に可愛いアプリコットカラーのキンクマハムスターなのだ。60センチのケージが俺の世界のすべてである。
だが、そんな虜囚の身でありながら、どうでもいいと呼べるほどの幸福が俺にはある。
「ただいまー! キンちゃん、いい子にしてた?」
『いい子にしてまちゅた!』
これは別に赤ちゃん言葉ではない。俺はネズミなんだからチューというのは当然なのだ。そんな事はどうでもよく、見ての通り、俺は美少女JKに飼われているのだ。どうだうらやましいだろう。
この乳のでかい美少女はアカネちゃんという。三か月ほど前、俺がペットショップで他の有象無象のハムスター共と並んで売られていた際に、俺を救い出してくれた聖女だ。
キンクマハムスターだからキンちゃんというネーミングセンスはどうかと思うが、とても優しい女の子だ。
アカネちゃんはパパとママとの三人家族で、俺も家族として迎え入れられたわけだ。しかも、俺は生まれたまんまの姿で生活し、アカネちゃんと同室なので彼女の生まれたまんまの姿も見た事がある。
両親公認。しかも同棲。さらにお互い愛し合っている。これはもう実質結婚していると言っても過言ではないだろう。
「ごめんね。帰ってくるの遅くなっちゃって。さあ、出してあげようね」
そう言って、アカネちゃんは柔らかな手のひらで俺を優しく抱き上げる。この瞬間を俺は毎日楽しみにしているのだ。ママもたまに手に乗せるがセーフ。パパはひっさつまえば。
パパは触り方が乱暴なのよとアカネちゃんは言うが、触り方とか以前に、パパはパパである時点で俺に触れちゃ駄目だから。
さて、アカネちゃんは俺を外に出して小さめのケージに移動させ、その間に餌を変えたり掃除をしてくれるのだが、その後で少し俺と遊んでくれる。
俺はアカネちゃんの手のひらや太ももの上を歩き回ったりするのだが、どうしても越えられないラインがあるのだ。
「キンちゃん、あんまり高い所に昇っちゃ駄目よ。危ないからね」
『なんでだよォ!』
俺はアカネちゃんの服を伝い、彼女の胸元に頑張ってよじ登ろうと毎回努力している。だが、ある程度昇ると、アカネちゃんは俺が落ちないよう手の平で取ってしまうのだ。アカネちゃんの乳はゴッドハンドによって守られている。
「今日はこの辺にしておこうね」
俺の努力もむなしく、今日もアカネちゃんの胸の谷間に潜り込む事は不可能で、俺はケージに戻された。
『だが、俺はチートハムスター……並のげっ歯類とは違うのだ』
俺は丸くなり、さも満足したという風に寝たふりをし、夜を待った。
――深夜、アカネちゃんが寝息を立てた事を確認し、俺はついにある計画を実行する事にした。
『……脱走だ』
これは、俺がうちに来た直後からずっと計画していた事だ。俺の入れられているハムスターケージは通常脱走出来ないような構造になっている。だが、俺は並のハムスターよりも圧倒的な知性を持っている。
プラスチックの部分の薄いところを探し当て、毎日必死にパパ相手に磨いた前歯でゴリゴリ齧っていたのだ。もちろん、俺は間抜けなハムスター共と違い、夜中に音を立てて齧るような真似はしない。
アカネちゃんが学校に行っている間、俺はその脱走トンネルをひたすら齧って掘っていた。さらに、床材の藁をその穴につめ、見えないようにした。
アカネちゃんはきちんと飼育について勉強しているらしく、匂いのついた床材を全部撤去はしないのだ。トイレで汚れた部分を片付ける。
そのアカネちゃんの裏をかき、俺は床材を大量に集めて巣穴を作り、そこから離れた場所でトイレをした。アカネちゃんは優しいので、俺の作った巣を壊したりしない。しかも、トイレは全然別の場所にしているのだ。
このケージは持ち上げるとなるとそれなりの重量があるから、アカネちゃんは上から掃除をする。持ち上げられなければ、底に穴が空いていることもバレないのだ。
『アカデミー賞の映画で見たんだ。脱走用の穴をポスターで隠す奴な。苦労したぜ』
俺はぎりぎり通れるくらいの脱出経路をようやく作り上げた。俺が脱走した事がバレたらアカネちゃんは自分を責めるかもしれないが、アカネちゃんが悪いのではない。俺が天才すぎるからなのだ。
『既にアカネちゃんのベッドへの経路は把握してるからな。後は向かうだけだ』
俺はアカネちゃんと遊んでいる隙に、大体の部屋の間取りを把握していた。俺のケージは本棚の上に置いてあるが、壁側にカーテンがあるので、爪を立てて頑張れば降りられる。
後はカーペットを通り抜け、アカネちゃんの寝ているベッドに潜り込むって寸法よ。
『うおっ!? 怖っ!』
改めてケージから出ると、本棚の高さに俺は身が震えた。冷静に考えたら俺はキンクマハムスターだ。人間の胸くらいの高さの本棚でも、二十階建ての高層ビルから安全ロープなしで降りるような真似をしなければならない。
『ううっ……! や、やめようかな』
今ならまだ戻れる。そうだ。何もそんな危険を冒さなくても、アカネちゃんのやわ肌には充分触れられているじゃないか。
「ううん……」
その時、ベッドに寝ていたアカネちゃんが寝がえりを打った。向こう側に寝ていた愛らしい顔が俺の視界に入り、さらにその下の部分の谷間がパジャマの隙間から見えた。
『何をビビってるんだ! 俺はやるぜ!』
俺は自分を奮い立たせ、カーテンに飛びついた。ハムスターはあまり立体軌道をしない生き物だ。だが、俺は必死で爪を立て、カーテンを頼りに命を掛けて床を目指す。
『ハァ……ハァ……クソッ、負けるもんか! 真の敗北者とは、挑戦して敗れた者ではなく、挑戦もしなかった奴だって漫画で言ってたし!』
まさに命がけの崖くだりだ。俺はおっぱいに対する憧れで恐怖をねじ伏せ、ついにケージの置いてある本棚から降りる事に成功した。
『やった……やったぞ!』
俺は思わずガッツポーズを取った。いや、ハムスターだからそうは見えないかもしれんが。少なくともそのつもりだった。
俺はカーペットを全速力で駆け抜け、アカネちゃんの寝ているベッドへ向かう。幸い、いい感じに毛布がベッドの上から垂れていて、降りるのよりはずっと楽に昇れそうだ。
『とはいえ、結構きつい!』
繰り返すがハムスターは絶壁を上り下りする生き物じゃない。だが、俺は必死で昇る。人間だった頃、俺は山男を馬鹿にしていた。
金を払い、手間と時間を掛け、山に昇る。その先にあるのは、ただ山から見える綺麗な景色だけ。そんな事になんの意味があるのだろう。そう思っていた。
だが、今なら分かる。そこに素晴らしい山がある。だから昇るのだと。
『人間をやめてから人間の気持ちが分かるなんてな』
俺はベッドの上に昇ると、パジャマの下に窮屈そうに並んでいる二つのお山を目にした。
『俺も昇るぞ。俺の目指す山頂によ……』
苦労して辿り着いた景色は確かに絶景だが、俺は山を昇るだけじゃない。谷間に行く必要があるのだ。俺が足を一歩踏み出そうとした直後、
「うーん」
『うおっ!?』
アカネちゃんがまた寝がえりをうち、俺に裏拳を叩きこむ。紙一重で回避したが、あんなものを喰らったら体がぺしゃんこになってしまう。
『こいつはやべえ! 古龍種並の攻略難易度だ!』
某モンスターをハントするゲームでビルくらいでかい奴が何体かいるのだが、あの感覚で行かないとならない。一撃食らうだけでアウトだ。しかもコンテニューはない。バストサイズも難易度もG級だ。
「うー、うー」
『うおおっ!? アカネちゃん、寝相が悪いぜ!』
俺はアカネちゃんの攻撃を何とか回避するが、意外と寝相が悪くておっぱいに近づけない。一瞬の隙を突いて相手の懐に飛び込むしかないのだが、その隙がなかなか見当たらない。
『ゲームと違って現実にパターンは無いからな』
慎重にいかねばならない。俺は、人間であった時ですらここまで真剣に物事に向きあった事も、努力した事もない。
なぜなら、努力した先に価値を見いだせなかったからだ。勉強にしろ、就職にしろ、その先にあるのはあくまで人生を引きのばすためだけのもので、光り輝くようなものを見いだせなかった。
『だが……! 今、俺の目の前には栄光の頂がある!』
ここで諦めてなるものか。俺は、アカネちゃんから一旦距離を取り彼女がこちら向きになるのをひたすら待つ……ここだ!
『ウオオオオオオッ!』
俺は四肢に全力を籠め、矢のように飛び出して一気にアカネちゃんの胸元に飛び込んだ。むにむにとした柔らかく暖かい感触と、甘いいい香りがする。
『やった! 俺はやったぞ!』
ついに俺は、アカネちゃんの胸の谷間に辿り着いた。そこはまさにシャングリラ。高山の谷間に潜む楽園だ。
しかし、アカネちゃんの胸の谷間に入るのは俺にとってリスクが大きい。というのも、でかいおっぱいというのは俺より重いのだ。
アカネちゃんがF~Gカップだとすると、大体一リットル分くらいは脂肪分がある。一方、俺は体重100グラムのキンクマハムスターだ。体重50キロの人間が、体重500キロのサラブレッド二頭に挟まれている状態というと分かりやすいだろうか。
『フッ、俺もここまでのようだ』
だが、俺は不思議と後悔は無かった。俺はもう間もなく、再度あの世へと行くのだろう。だが、俺自身が選び、全力で努力して得た結果なのだ。しかも美少女巨乳JKの胸の中で死ねる。素晴らしい人生。いや、ハムスター生だった。
こうして、俺は六カ月という短くも濃厚なハムスター生を終えた。俺を転生させた神の元に再び戻った時、「あのアカネって子、朝起きたら胸の中でハムスターが死んでてトラウマになってたよ」と言われ、ちょっとかわいそうだなと思ったが、それはもう済んだ話だった。