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じゆうのはなし。  作者: 爆髄ニエラウル府
11/15

よろこびのはなし。

 ヘラヌス軍大勝利の報は、ヘラヌス中に広がり、新聞の紙面を賑わせた。中でも、特筆されていたのは、龍と共に闘う青年の姿だった。


 実際にその姿を見たのは、軍の人間以外いなかったので、どこかで情報が食い違ったのだろう。紙面に描かれていたのは、騎士の格好をした精悍な顔つきの美青年が、龍に跨がって颯爽と天空を駆ける姿だった。


「こ、これ、ぼ、僕ですか……!?」

「そう、お前だ」


 顔を真っ青にして新聞から顔を上げたノラに、シャルロットは淡泊に答えた。


「なんで僕、こんな……無茶苦茶だ、どうしよう。妹に笑われる!」

「良かったじゃないか。良い話の種になる」

「……なんか、怒ってます?」

「別に」


 そう話しながら二人が訪れたのは、ヴィヴルガンのいるテトスの洞窟だ。


 どうにも様子が違った。


「うおっ……」


 ノラは言葉を失った。それだけ奇妙な光景が広がっていた。


 眠りに就いたヴィヴルガンの周りには無数の魔法学者がたむろしており、傷口や鱗などを触り、臭いを嗅ぎ、何らかの液体を垂らし、手元のパルプ紙に結果を記入していた。


 いつの間に持ち込んだのか、ぐつぐつ煮える銀製の大釜からは異臭が漂っており、二人の魔法学者が黄土色の液体に浸した剣でトカゲの腹に軽く傷をつけていた。


 ノラのピアノの音が発せられる蓄音機の周りでは、五人の魔法学者が陣を組み、呪文を唱えていた。


 設置されたグランドピアノの横では、パルプ紙から浮かび上がった魔法円をあらゆる角度から眺めながら、魔法学者のマリーとシャルロットの兄、ルヴォワが話し込んでいた。


「……となると、この六芒星の定義するオブジェクトは人間に限られないのか?」

「そうすね~。で、円を形成する文字列が“意志”に当たるようなのですが、無限に等しい条件分岐を浅いネストでシンプルに描いてるす。ほら、この部分とか。ポリモーフィズムを実装してここのメソッドを呼び出すことによって……」


 夢中で話し込む二人の側には、ドラニエルが暗い面持ちで控えており、ノラが「ど、どうも……」と軽く頭を下げながらやってくるのを見ると、超破顔した。


「少年ッ!」

「え、わ、わ、なにっ?」


 距離を置こうとするノラの肩をガシッと掴んだドラニエルは、何故か泣きそうになっていた。確かに、この空間に独りぼっちにされたら不安になるのも無理はないと思えた。


「聞いてくれ、少年。皆がヒドいんだ。私のことをすっかり無視して私の知らない話を延々と続けるあまりに私の話を全く聞いてくれないのだ! 聖騎士の、この私を無視して。デュラーンの歌でそんな描写があったか、英雄が蔑ろにされるようなことがあっていいものかあぁぁぁぁぁぁ」

「あ、あぁ……」


 そっちね。


 対応に困ったノラが引きつった笑みを浮かべる一方で、ドラニエルをガン無視したシャルロットはマリーとルヴォワに話しかけていた。


「お兄さま、マリーさん。用とは、これのことですか?」

「やぁシャルロット……見てみなさい、素晴らしいだろう」


 そうルヴォワは背中のアームで魔法円を指した。円の内側に周回する蛇に不可解な文字が描かれ、その中央に四つの六芒星、それらに囲まれるよう菱形の紋章が描かれていた。


「この魔法円はノラくんの弾いたピアノの音を録音し、魔法円として視覚化したものだ……」

「これが比較す」


 マリーがもう一枚のパルプ紙を手に取ると、現れたのはもう一つの魔法円。ノラの魔法円に比べると、文字が一周しただけのシンプルなものだった。


「恥ずかしながら、私の弾いたものです。比較すれば一目瞭然ですが、音に込められた情報量がダンチです。何が凄いってホメオスターシスへのアプローチですよ。ストレス・ケア、自然治癒力促進、免疫・防御力の促進、などなどノラさんのピアノには万能の効果があるようでして、ちょっとした体調不良なら即効治ります。医学の守護神とも呼ばれたアスピレオスは、情動障害のような神経性の障害に対して音楽を処方したそうですが、まさにです。こんな特殊な魔法は見たことがないすね」

「え……」


 ようやくドラニエルから解放されたノラは、ぽかんと抜け面を晒していた。


 今、なんて……。


「魔法? 僕が……?」

「えぇ、紛れもなくノラさんだけの魔法です」


 にわかには信じ難かった。ポラスの人々の陰口が脳裏に蘇った。鼻先を蹴飛ばされた痛みが、踏み潰された紙飛行機が。


「でも、ぼ、僕は、魔法が、使えないんですよ……僕は、邪教徒だから、って」

「魔法は元々龍のものだったとされています。で、1500年くらい前の聖人が龍の心臓を食らったことで、体内に魔力が宿り、魔法を使うための術式が刻み込まれたとされてるす。術式は行使者の“意志”に伴って自動的に生成され、魔力を消費して発動します。つまりなにかっちゅうと、魔法に必要なのはこうしたい、こうであるべきだっていう意志や決意そのもので、信仰だという通説には意図的な誤謬が含まれているんす。全然知られてないすけど。ノラさんの場合、他の魔法が使えないのは、刻まれた術式が限定的で、しかも魔法の行使に媒介を必要とするためのようですね。だから別に邪教徒だからどうだってことは何の関係もないんすよ」


 一息に滔々と語ったマリーは、ニ、と口元を吊り上げて言った。


「とにかくノラさんの魔法はすごいんす。だって龍を目覚めさせちゃうんすよ。おそらく、ホメオスターシスへの寄与が封印というイレギュラーを排除してるんだと思うんす。他にもたくさんのことに役立つし、現に役立ってるじゃないすか。もっと自信持てばいいんすよ。あ、そうだ。後でノラさんのピアノもっと録音させてください。龍の封印に関するヒントがまだ隠されているかも――」


 ノラは動揺していた。村にいた時でさえこうも誉められたことがなく、妹が自分のことをよく言ってくれるのも愛情あってのものだと思っていた。


 ノラは訊ねた。恐る恐ると。


「僕……役に立ってるんですか?」

「少年、今さら何を言っているんだ?」


 おおげさに肩を竦め、ドラニエルは自信満々に言った。


「新聞の記事を読んだだろう? 私の活躍に比ぶれば足元に及ばないが、スーダンとメシューを奪還できたのは、間違いなく君とあの龍の力があってのことだ。安心しろ、この至高の聖騎士のお墨付きなのだから」


 そう言ったドラニエルは、そっぽを向いているシャルロットをちらと一瞥すると、意趣返しのつもりで言った。


「シャルロット殿、あなたからも何か、言うべきことがあるのでは?」

「な、なに……?」 


 そう狼狽えるシャルロットに、ドラニエルはすかさず続けた。


「いや、なに。少々小耳に挟んだものですから。最近のシャルロット殿は毎晩、少年のピアノであやしてもらいながらご就寝されているようで」

「……ッ!」


 口をパクパクさせるシャルロットは、面白いくらいに顔を真っ赤に染めていった。 


 な、なんでそのことをと、そう一瞬疑問に思ったが、考えるまでもなかった。


 キッ、とシャルロットが鋭い視線を走らせるに伴い、ルヴォワはそっと視線を逸らした。


「お兄さま……!」


 しつこく最近の様子を聞かれたものだから、ついうっかり口を滑らせたことを、シャルロットは激しく後悔した。


「どうにも最近、シャルロット殿について小耳に挟む機会に恵まれましてな。幼い頃はピアノを嗜む、お人形さんのように可愛らしいお子さんであったとか。いやはや、鉄血の紅女にもどうして可愛らしいところがあるルルルッルルァァァーーーーッッ!」


 とりあえず、ドラニエルの股間を一蹴りで粉砕したシャルロットは、泡を吹いて沈んだ彼を顧みることなく、ノラに向き直ると、頬を朱に染めたまま、照れ隠しに黒髪をかきあげた。 


「分かった。分かったよ。あぁ、お前は……まあ、そうだな。ンンンッッ、えふんっ、そこに転がっている馬鹿とは全く比較にならない程度には、よくやってる。役立っていないなどと、言えるはずが……ないだろう」


 ごにょごにょなんか言ったシャルロットは胸の前で腕を組み、視線を逸らしながら言った。


「いつも……ピアノ、ありがとう」


 ノラの心に落ちたその言葉が、静かに静かに波紋を広げていった。


 ずっと、苦しんでいた。


 嘲笑に耐えながら声を上げた、邪教徒だと罵られた、蹴られて血が出た、散らばったリアラを拾った、妹を泣かせた、何もできなかった――過去に囚われ、心の中でうずくまっていた自分に、シャルロットの声は確かに届いた。


 誰かのために、なれたんだ。


 それは、彼がずっと求めてやまないものだった。


「う……っ」


 堰を切ったように溢れ出す感情は止めようもなかった。


「う、うぅぅっ、あっ、あうぅっ……!」

「なッ!」


 突然泣き始めたノラに、シャルロットは切れ長の目を剥いて驚いていた。なぜお礼を言って泣かれなければならないのか、さっぱり分からない様子だった。


「あーー……泣かせた」

「ひどい人すね。かわいそうに」

「そ、そんな……!」


 ルヴォワとマリーがからかっていることにも気づかず、ノラの機微を理解し得ないシャルロットは、慌てて彼の肩を揺さぶった。


「な、なぜだ、おい、泣くな! 私か。何か悪いことをしてしまったか!?」

「いえ、そんな――」 


 袖で涙を拭ったノラは、鼻水をすすった。


「いや、そうかも、しれないです、ハハ」


 困惑するシャルロットにそう笑いかけたノラは、涙を拭うと、すっとグランドピアノの席に着いて、黒い身体を優しく撫でた。


 今すぐ、この想いを形にしたかった。


 徐に鍵盤に指を添え、水草のように揺れながら感情の赴くままに鍵盤を叩いた。溢れ出す喜びが、殻を割って生まれ出、翼を伸ばして一斉に飛び立っていく。二部音符で繰り返される伴奏に、右手が鍵盤を自由に舞えば、音の世界が踊り出す。


 その音を耳に、ヴィヴルガンは、静かに口角を持ち上げていた。

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