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だが、堀河は獅子王の無残な姿を人目に晒したくなかった。
それに、堀河の山荘はもう目と鼻の先だ。
堀河はしばらく思案していたが、側でなお諦めずに車輪を持ち上げようとしている資通を呼び寄せて言った。
「そなた、獅子王を担げるか?」
資通は疲れ果てたような顔で堀河を見上げたが、それを聞くと急に胸を張って頷いた。
堀河は腕の中の獅子王をしっかり抱えると、桜子の手を借りてその重い身体を引き摺り、牛車の後簾の下に差し出された資通の背に苦労して預けた。
獅子王は身体が大きい上に、すっかり意識を失っている。
資通はずしりとした獅子王の重みに押しつぶされるようによろめいたが、それでも歯を食いしばって持ちこたえた。
そして、ゆっくりとではあるが、一歩一歩足を踏みしめて歩み始める。
桜子の手に縋って牛車を降りた堀河は、袿の裾を絡げると、資通の先に立って傍らの竹林の中に入って行った。
この竹林を抜けて短い坂を登り切ると、堀河の山荘の裏庭にある小柴垣に通じている。
堀河は幼い頃、その小柴垣についている小さな門を抜けて、よくこっそりこの竹林で遊んだものだった。
だが、堀河は懐かしい竹林の佇まいには目もくれず、袿の裾を藪に取られながら先を急いだ。
資通はひどく喘ぎながらも必死で獅子王を担ぎ上げ、よろめきながら後ろに続いていく。
桜子も、資通の背からずり落ちそうになっている獅子王の身体を、下から支え上げようと手を貸していた。
しかし、そのような資通の気力もそこまでだったのか。
最後の坂を攀じ登ろうとした資通は、とうとう背中の重みに耐えかねて、ずるりと足を滑らせると坂を転がり落ちてしまった。
背の上にいた獅子王も一緒に転がり落ちる。
後ろで支えていた桜子は、落ちた獅子王の身体に弾き飛ばされて、側の太竹に嫌と言うほど頭をぶつけてしゃがみ込んだ。
坂を半ば登りかけていた堀河は、慌てて坂を駆け下りると獅子王の傍らに跪いた。
獅子王は衝撃で目を覚ましたらしい。
また低い唸り声を上げて、腹を押さえている。
ぱっくりと開いた腹の穴からは白い臓物がのぞいていて、堀河は思わず眼を覆ってしまった。
とにかく、少しでも手当てをしなければ。
堀河は獅子王の頭を膝の上に抱き寄せ、まだ瘤のできた額をさすっている桜子に向って言った。
「やはり、これ以上は我らの力では無理じゃ。わたくしの山荘には留守番の老夫婦しかおらぬから、下の里に行って、誰でも良いから力を貸してくれる若い者を呼んできておくれ」
桜子はすぐに頷くと、元来た方へ身を翻えそうとした。
だが、その時、堀河の腕の中から、低い声がした。
「もう良い。このままほおっておいてくれ」




