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獅子王の腕の傷が治ったのを目の当たりにした堀河ですら、今の獅子王が元通りに姿になるなど、想像もつかない。
どこもかしこも惨い傷に蔽われ、深く切られた首は堀河が手を離せば落ちてしまいそうなのだ。
それに、もう全身の血が流れ出してしまったに違いない。
堀河の牛車の通った後には、中から流れ出た血の後が転々と続いていた。
本当にまた元通りになるだろうか。
もしかしたら、これほどまでに傷つきすぎてしまっては、いくら人造りの秘術を持ってしても、再生は無理かも知れない。
堀河は俄かに不安になった。
そして、その気持ちを振り払うように、外の桜子に向って呼びかけた。
「西山の山荘はまだかえ? もうそろそろ着いても良い頃じゃが。どうか、急いでおくれ」
桜子はその声が聞こえると、また牛にぴしりと鞭を当てたようだ。
牛車はがたごとと音を高め、道端の石を弾き飛ばしながら進んで行く。
ところが、その急ぎようが仇になってしまったらしい。
牛車は急にがくりと止まると、それっきり動かなくなった。
堀河はしばらく黙っていたが、しびれを切らせて前簾の隙間から外を見た。
桜子は頬を紅潮させながら、牛の手綱を引っ張っている。
牛車の傍らを歩いていた資通は、老いた細い肩で牛車の轅を持ち上げようとしていた。
堀河は桜子に向って言った。
「どうしたのじゃ」
桜子は額の汗を拭いながら、申しわけなさそうに俯いた。
「ぬかるみに牛車の車輪が埋まりこんでしまって。どうしても抜けませぬ」
堀河も前簾から身を乗り出して、車の下を覗いてみた。
このところの雪のせいで地面が緩んでいるのか、道には深い轍の跡が刻まれている。
その中でも今堀河の牛車が止まっている辺りは、薄汚れた雪が隅にまだ溶け残り、泥田のように広くぬかるんでいた。
桜子はなおもしばらく牛を叩き、資通と一緒になって膝近くまで泥に埋まりながら轅を引っ張っていたが、やがて諦めたように溜め息をついて言った。
「申しわけありませぬ。これ以上は、我らの力では何とも。里に降りて、村人を呼んで来る他ありますまい」




