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ああ、何ということ。
堀河が目にしたのは、鴨院の東の門前に累々と横たわる武者らしき者の死骸だった。
そればかりではない。
無残に門は破られ、築地の向こうでは赤々とした炎の色が空を焦がしている。
門前の合戦を制した正盛の武者たちが、もうすでに門を打ち破って、鴨院の中へ乱入してしまったらしい。
堀河は息を呑み、牛車の中の帳にしがみついた。
資通は走り出して門へ近づいたが、その惨状と空を焦がす茜色を見ると、途中で立ち止まり、ついにばったりと倒れ伏してしまった。
堀河はそんな資通を見つめ、しばらく呆然と鴨院の方を眺めている他なかった。
だが、堀河はふいに気を取り直すと、桜子に命じた。
「すぐに牛車を出して、鴨院の中へ入っておくれ」
「でも、堀河様、ここは摂関家の邸宅。勝手に中に入るわけには参りますまい。それに、もうこの有様では、おそらく中のあの人はもう……」
そう言ってためらう桜子を、堀河は強い声で叱咤した。
「良いから言う通りにしておくれ。もし、途中で止める者があったら、こちらは鳥羽院からの急使だと言うがよい。院宣は確かにわたくしが持っているのだから」
堀河は、獅子王が不死身であることを思い出したのだ。
たとえ、ひどい傷を負わされたとしても、獅子王は死なず、その身体も時間が経てばいつかは元に戻る。
たとえどのようなことになっていたとしても、とにかく獅子王を見つけ出して、鳥羽院の院宣を楯にこちらへ渡してもらえさえすれば良い。
しかし、鴨院は南北二町東西一町という京でも屈指の広大な邸宅だ。
どうやって獅子王を見つけ出したら良いのか。
堀河は地面に泣き臥している資通を叱咤して訊ねた。
「まだそのように泣いている場合ではない。主がどの辺りに押し込められているのか、そなたは聞いてはおらぬか」
資通はよろよろと起き上がると、袖で涙を拭いながらもしっかりとした声で言った。
「鴨院の南町の雑舎に匿われているという噂を聞いたことがございます」
「良かった。とにかくその辺りに行ってみよう。車を出しておくれ」
堀河が桜子を促すと、牛車はあたりの死骸を除けながら進み始めた。
鴨院の巨大な門を抜けても、中にはまだ死体が幾つも転がっている。
わずかに生きている者もいたが、いずれも深手を負っていたり、急な襲撃にただ呆然としている者ばかりで、堀河の牛車を止めようとする者もいなかった。




