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「その為義殿は何と?」


「河内源氏の者たちは、ほとんど信じなかったそうだ。何しろ、義親はとうの昔に死んだはずなのだから。だが、先日の四条大宮の一件で、鴨院の義親の猛勇ぶりを聞き、俄かに興味を示し始めたらしい。ついこの間、忠実のところに為義からの書状が届いたのだよ。もし本当に我が父であるならば、一目会って見たいとな。いくら幼い時に別れたとはいえ、実の息子なら父親を見誤ることはあるまい。もし為義が本物だと認めれば、それに勝る証拠はないだろう。忠実はこれで河内源氏を手の内に出来るかもしれぬと有頂天になった。それで忠実は必死になって行方をくらませた義親を探し出し、早々に二人を会わせる算段をしておったのだが、それも無駄になったと言うわけか」


鳥羽院はまた溜め息をついた。そして、堀河に向って言った。


「忠実には折りを見てそなたの話を伝えておこう。いずれ義親は鴨院から出されるだろうから、知らせが来たら迎えに行くが良い。遣い、大儀であった」


鳥羽院は疲れたようにまた脇息に寄りかかりながら手を挙げて、退出せよとの合図した。


だが、堀河は慌てて、鳥羽院の御前ににじり寄って言った。


「いえ、それでは遅うございます。どうか、今すぐ院宣を下して、あの男を鴨院から救いだしてくださいませ。早くしなければ、あの男は平正盛殿の手にかかって……」


「正盛? 正盛が何か企んでおるのか」


「いえ、まだはっきりとしたことは。ただ、六波羅の忠盛殿の館に、手だれの武者が集められているのは事実でございます。それに、以前正盛殿は言っておられました。自分が義親を討ったのは間違いがない。それなのに本物をかたる者など生かしておけぬと」


鳥羽院は腕組みをして考え込んだ。


「正盛か。うかつであったな。確かに、あの男が黙っているはずがない。だが、忠実もそこまでは考えが及んでおらぬだろう。大きな騒ぎになるかもしれぬ。良かろう。そなたの言う通り、今すぐ院宣を出そう。ちょっと、待っておれ」


鳥羽院はそう言うと、すっと座を立って奥の塗籠ぬりごめの中に入った。そして、しばらくすると、立て文を一通持って出て来た。


「これをもって、鴨院へ行け。この文を読めば、忠実は義親を渡してくれるだろう。後はそなたに任す。どこへなりと、好きなところへ連れて行け。正盛に見つからぬような、どこか遠くへな。そして、存分に可愛がってやるが良い」


鳥羽院はにやりと笑った。堀河はつい赤くなって俯いた。


そんな堀河を見下ろしながら、鳥羽院はふと呟いた。


「それにしても、あの男は果報な奴じゃの。女のそなたにここまでさせるとは……そのように深く想ってくれる女が、私にはいるだろうか」


鳥羽院はそう言うと、静かな衣擦れの音をさせて、薄暗い奥の御簾の向こうへ去って行った。

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