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鳥羽院は疑わしそうな目で堀河を見たが、堀河自身も当惑したような表情をしているのを見て取ると、ますます不機嫌になった声で言った。
「鴨院の源義親は偽者であることが、実能の調べではっきりしたと、待賢門院は言っておる。これ以上手元に置いて匿っても、これから先うまい使い道はないとな。待賢門院らしい、身も蓋もない言いようだ。それに、河内源氏には反対する者たちも多く、世の乱れに繋がるから、早々に手を引いた方が良いとまで言う。何という不敬な文であろう。私を何と心得ておる」
白い頬を紅潮させ、内心は激怒しているらしい鳥羽院を目にして、堀河はすっかり怖気づいてしまった。
肩をすぼませて俯く堀河に、鳥羽院は手に持っていた扇を何度も閉じたり開いたりしながら、苛々した声で言った。
「私とて、あの義親が本物かどうか確信があったわけではない。忠実が義親の話を持ってきた時は半信半疑だった。だが、忠実は熱心でな。ならばその義親とやらをとにかくこの京へ連れてこいと、検非違使を遣わせて坂東で探させたのだ。そして、忠実に託して、本人かどうかしかと確かめよと命じておいた。それだけのことだ。なのに、この文ではまるで私が悪事でも企んでいるかのようではないか」
鳥羽院はますます刺々しい口調で怒りを露わにする。
堀河は頭を低くして、嵐が過ぎるのをじっと待った。
身分の高い者は怒るだけ怒らせておいた方が良いと、体験上知っている。
そうすれば、熱しやすく醒めやすい彼らは、独りでに気を落ちつけてくれるのだ。
仕える者はただ従順に畏まっているだけで良い。
堀河の思った通り、一頻りがみがみ言っていた鳥羽院は、やがて気持ちが鎮まってきたとみえ、激怒したことを恥じ入るように俯いた。
そして、恐れ伏しているかのように見える堀河に気づくと、生来の人の良さが現れてきたのか、少し気遣うように言った。
「そなたを責めているのではない。少し腹がたっただけだ。だが、なぜ待賢門院が義親などにこだわるのか。待賢門院は、義親はそなたの縁に繋がる者だから、そなたの手元に返して欲しいと言っておる。伏して願うから、自分からのたっての頼みを聞いて欲しいと、そこからはずいぶんと頭の低い言いようだ。それだけではない。待賢門院は、もし忠実が義親を手放すことを拒んだら、こう言って欲しいと書いている。義親の身柄と引き換えに、忠実の娘の勲子を私の后として入内させること認めるとな」
堀河は驚いた。
待賢門院が自分の最も手強い敵になりかねない摂関家の娘の入内を黙認するなんて。




