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だが、そんな生活を長く続けているうちに、堀河はふとあることに気づいて愕然としたのである。
いつの間にか手元に残った恋の歌が、去っていった男を嘆く歌ばかりだったのだ。
自分は一体何をしているのだろう。
実のない男に振りまわされているだけではないか。
そう思うと、堀河には男女の仲というものがつくづく愚かに見えた。
それに、そう気づいた頃には、堀河はもう三十路を過ぎていた。
言い寄って来る男も少なくなり、堀河自身もいつの間にか男に何かを期待することをやめていた。
そのせいで、ここ数年は通わせている男もいない。
それは、堀河にとって穏やかではあるが、ひどくもの悲しいものだった。
きっと自分はこのまま静かに年老いていくのだろう。
誰からも愛されず、誰を愛することもなく。
そうして、もう二度と、恋の歌を詠むこともあるまい。
堀河はそっと目を開けて、部屋の隅にある厨子棚に目をやった。
梨地に千鳥の螺鈿が施された二つの大きな料紙箱が乗っている。
その中には、今まで堀河が詠んだ歌の草稿が入っていた。
いつか自分の家集を編みたいと思って、長い間かかって詠み貯めてきたものだ。
もうこれからは、あの箱に心からの恋の歌を入れることはないだろう。
心からの……
そう思った時、堀河の胸に迫るものがあった。
自分は果たして、今まで一度でも本物の恋の歌を詠んだことがあっただろうか。
夫とは親の決めた縁で、互いに愛し合って結婚したわけではない。
今まで逢瀬を重ね、恋の歌を贈り合ってきた多くの男たち……その中に、ことさらにもう一度だけでも逢いたいと願う男がいるだろうか。
堀河の胸の中で、走馬灯のように数々の男たちの顔がよぎる。
どの顔もおぼろげで定かではない。遥か昔に死んだ夫と同じように。
堀河には、これまで自分が歩んできた人生が、急に我慢がならないほど空虚なものに思えてきた。
ずっと誇りに思ってきたあの二つの歌の箱すらも、俄かに色褪せて見えた。
精進に精進を重ねて必死に詠んできた歌でさえも、本当に心からの……本物の歌ではなかったのだ。
激しい虚しさが、堀河の胸に込み上げて来た。
堀河はその痛みを振り払おうと身を捩り、思わず寝ていた畳の上に起き上がった。
眼の端に、あの得体の知れない男が寝ている帳台が映る。
こんな善しないことを考えてしまうのも、きっと疲れ果てているからだろう。
今まで一度もこんなことを思ったことがなかったのだから、そうに違いない。
この男のせいで……
なんて忌々しい!
堀河は乱暴に燈台の明かりを吹き消すと、自分の袿を引き被って浅い眠りについた。
そして、地獄の閻魔羅闍に変化した待賢門院に針の山の上へ突き落とされるという、恐ろしい夢を見た。