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堀河は俄かに不安になった。
目を血走らせて、今度こそ義親を討ち果たしてくれると息撒いた正盛の姿を思い出す。確かに、何をするかわからない。
実能は正盛が世間を騒がせ摂関家から恨みを買い、それがひいては世の乱れに繋がることを憂いている。
だが、堀河はただ獅子王の身が危ぶまれて、胸が締めつけられた。
「何とか正盛殿をお止めすることは出来ぬのか」
「今のところはどうしようもありませぬ。ただ、自分の屋敷に家人を集めているだけのこと。何か言ってやっても、ただ言い逃れられるだけでしょう」
「では、忠実殿の方はどうじゃ。いっそのこと、もうこの一件から手を引いていただくわけにはいくまいか」
「そこが、この問題の一番難しいところだと、実能様が。確かに、忠実殿だけならば、どうにかすることは出来るでしょう。忠実殿は御子息の関白忠通殿と対立して今や蟄居同然の身。然るべき筋からお諌めすれば、聞き入れられぬこともありますまい。しかし……実は、この義親の一件を裏で操っておられるのは、鳥羽院御自身であることがはっきりしたのですよ」
「何と、鳥羽院が。それは確かか」
「はい。実能様が調べたところによると、坂東に潜んでいる義親を捕縛するよう命じられた検非違使らには、密かに鳥羽院の院宣が下されておりました。それに、鳥羽院の元からこのところ頻繁に、鴨院への使者が発せられています。鳥羽院が忠実殿と共に計って、この一件を操っておられるのは間違いないかと」
堀河は絶望して溜め息をついた。
白河院が亡くなった今、誰が鳥羽院を押し止めることが出来ようか。
青ざめて俯いてしまった堀河に、桜子は慰めるように言った。
「実能様がこれからも探ってくださるそうです。そのうち、何か良い手立てが見つかるかも」
「でも、そうしているうちに、正盛殿が動かれたらどうする。それからでは間に合わぬ」
「それは……」
桜子もそれが十分ありえることを自覚しているのであろう。口をつぐんで俯いた。
二人は、しばらくの間、無言で俯いたままであった。




