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「わたくしは何としても季通殿をお救いしたかった。それで、わたくしは何度も流罪だけは勘弁してくれと白河院に懇願した。そのかわり、二度と季通殿には逢わぬ、文も交わさぬと誓ったのじゃ。白河院は、その後ご自分もわたくしを手に入れたことで少しは満足なされたからであろう、季通殿を勘当し官職を取り上げただけで許してくださった。でも、わたくしが季通殿を破滅させたことには変わりはない。わたくしとのことさえなければ、季通殿は今頃上達部ともなって、幸せに暮らしておられたであろうに」


他の兄弟たちが順調に官位を上げていくにも関わらず、季通だけはその後いかなる官職も与えられず位階もそのままだった。


その上、白河院への遠慮から、季通を歌会や管弦の宴に呼ぶ者もいなくなり、季通はいつの間にか世間から忘れ去られていった。


以前は度々歌の席で顔を合わせていた堀河も、すっかり季通のことは忘れ果てており、待賢門院の口から出たその名で、久しぶりに思い出したくらいであった。


「白河院はもう亡くなったが、あの時の約束は今もわたくしを縛っている。季通殿は今もあの時のまま、この都のどこかでひっそりと暮らしておられるのだろう。でも、わたくしはもう二度と季通殿に逢うことは出来ぬ」


待賢門院はふっと堀河の方へ目を向けると言った。


「わたくしがどれほどそなたたちを羨ましく思ってきたか、そなたは考えたこともあるまいな。そなたからみれば、わたくしは栄耀栄華を極め、どんな望みでも叶えられる、わがままな女に映るであろう。確かに、わたくしは白河院に愛しまれ、湯水のように金銀を費やして育てられ、ついには国母という女の身では最高の位にまでついた。しかし、本当は何一つこの手にすることはできなかったのじゃ……わたくしが心から望んだことは、何一つ」


待賢門院は西の対の方を見やった。


そこは、白河院がお亡くなりになった場所だ。


「白河院はわたくしを守り、愛し、全てのことを教えてくださった。わたくしにとって、父であり、夫であり、師でもあった。誰もがわたくしのことを白河院にそっくりだと言う。物言いや立ち居振る舞い、諸芸の好みから性格まで、何もかも。白河院はわたくしの全てを創り上げてくれた。白河院なくして今のわたくしはない。だから、心から感謝はしている。しかし、わたくしに自由だけは与えては下さらなかった。そなたたちは、自由に生きていける。好きな相手に恋をし、結婚し、子供を育て……そなたのように、恵まれた歌の才を手に、男に頼らずに生きていける女もいる。わたくしは、白河院を写した、ただの人形。これから先も、おそらくずっと……」

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