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「わたくしが獅子王を助けたあの夜、一体何があったのだろう?」
「それは、わしにもわかりませぬ。ただ、鴨院に物々しく兵が集められ、それらが四条の方へ出陣して行ったと聞いて、わしはその後を追いました。そして、その兵たちの先頭に若殿がおられるのを見たのです。その時の嬉しさ……わしは何としても若殿に自分がここにいることを知ってもらいたいと機会をうかがいましたが、すぐに戦が始まってしまいました。敵味方入り乱れての乱戦でしたが、わしは何とか若殿へ近づこうと必死でした。とこらが、いつの間にか若殿の姿が見えませぬ。どうやら、若殿はこの場から逃げ出したのではないかと思い、懸命に辺りを探しまわっていたところ、あなた様の牛車に乗せられる若殿の姿を見たのです。それで、ずっとその牛車の主を探しておりました」
堀河は深い溜め息をつき、資通の労をねぎらうように頷いて言った。
「そうか。いろいろとご苦労なことであったのう。それほどまでに捜し求めた主に会わせてやれなかったことを残念に思う。そなたはこれからも、主を追っていくのか?」
「はい。この命の続く限り」
「なにゆえ、そこまでする? そなたの主はもはや人間ではない。得体の知れぬ物怪のような者かも知れぬ。それに人柄も以前とは違い、源氏の嫡流は他の者が継いでおろう。側にいて仕え続ける意味があるのだろうか?」
資通は強い光を帯びた眼差しで、きっぱりと言った。
「確かに、若殿は以前の若殿ではございませぬ。人ですらないのかもしれませぬ。しかし、若殿がいかに変わろうとも、わしの主人には間違いないのです。わしは若殿に一生尽くすと決めました。だから、終生お側を離れるつもりはありませぬ。それが、忠義というものでございます」
「そうか」
堀河は微笑んで頷いた。
そして、小さな声で呟いた。
「武士というものは、そういうものか……何となく、羨ましい気もする」
堀河はくれぐれも獅子王のことを頼むと言って、資通を山荘から送り出した。
資通は、堀河から託された獅子王の太刀を大事そうに腕に抱え、何度も何度も振り返っては頭を下げながら、西山を去って行った。




