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特に、夫が亡くなってからは、堀河は寂しい心を慰めるために殊更多くの歌を詠んだ。
その中の数首に目を止めた父が、何かの折にそれを白河院に見せたのだそうだ。
白河院は堀河の歌を大層気に入り、ぜひ御娘である前斎院の御所へ出仕するようにとの直々の仰せを賜わったという。
子供のことでためらう堀河に父は言った。
「この子は私が引き取ろう。私の猶子として不自由はさせないから、安心して出仕するが良い。それに白河院からのたっての仰せ。無碍にお断りするわけにはいかぬ」
それで堀河は娘を父に預け、父の屋敷に因んだ六条という女房名で、前斎院の御所へ女房勤めをすることになったのである。
その後堀河は、白河院鍾愛の待賢門院が鳥羽院の中宮として入内する際に、待賢門院付の女房として引き抜かれた。
女房名も改めて、堀河と名乗ることにした。
待賢門院の女房は、白河院が自らの威信をかけて集めた、当代きっての美女や才女揃いだ。
待賢門院の女房に選ばれるということは、堀河にとって自分の歌才が公に認められたことを意味していた。
歌を愛し生き甲斐としてきた堀河にとって、それは非常な名誉である。
その上、堀河の歌は待賢門院の御所でも絶賛され、その歌に打たれた多くの人々を堀河の元へ呼び寄せてくれた。
洗練された公卿たちや若々しく美しいその子弟たちが堀河の周りにいつも集まり、中にはその愛を得ようと躍起になる者もいた。
そして、堀河はますます歌作と御所での生活にのめり込んでいったのである。
反対に、いつしか堀河は実家に残してきた娘のことを思い出すことも少なくなっていった。
もちろん、堀河は時折里へ帰ったし、そんな時は娘に会うこともあった。
だが、娘は乳母にだけ懐いていて、堀河のことをまるで見知らぬ人のような眼差しで見る。
それはやはり、本当の母親としては寂しく哀しいものだった。
堀河は娘に会うことが辛く思われて、里へ行っても娘の部屋を訪れることは少なくなった。
そして、時には抱き締めた時の甘い匂いや、膝にしがみついて来る快い重さを思い出すことはあるものの、いつしかそれはどこか遠い世界で起こったことのように感じられるようになってしまったのである。
だが、その娘はいつのまにか里でつつがなく成長し、もう婿を迎えるのだという。
それを聞くと、堀河はなぜだか急に強い寂しさを感じた。
それは、何か取り返しのつかないような、耐え難いほどの喪失感だった。
どうして自分は御所勤めなどしてしまったのだろう。
本当に大事にすべきものは、もっと別のところにあったのではないか。
だが、それはもうとうの昔に堀河の手の中を滑り落ち、既に堀河の見知らぬ一人前の一人の女の姿をしているのだ。
堀河は、幼い頃自分の母がしてくれたことを思い出した。
優しく髪を梳かしてきれいな桃色の紐で結んでくれたり、可愛らしい人形の着物を縫ってくれたり。
堀河は母が大好きだった。
そして、母が亡くなってからは殊更に、そんな小さな他愛もない思い出を胸の内から取り出しては、母親というものの暖かさとありがたいほどの愛情を噛み締めてきたのである。
だが、自分の娘にはそんなことを何一つしてやらなかった。
娘はきっと、堀河が自分の母に抱いているような愛情を、堀河に対して抱いてはいないだろう。
堀河のいない隙間は乳母が埋め、もはや堀河の居場所など娘の中にはない。
堀河はようやく自分がいかに大切なものを失ったのかを悟ったのだった。
だが、それを今更どうやって取り戻せようか。