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「でも、わたくしには少し解せないところがあるのでございます」
「何だ」
「わたくしの局にいた者が、そのように西国で悪行の限りを尽くしたような恐ろしい男であるとは思えないのです。確かに、腕は立つような風でございました。でも、気性は穏かで優しく、細かいことまでよく気がつき、わたくしのために花など摘んでくるような風流も持ち合わせておりました。その上、裁縫がたいそう好きで……」
「裁縫?!」
実能はぶっと噴き出した。
「まさか。あの義親は、軍神と崇められる八幡太郎義家の再来と言われた猛将。女ではあるまいし、裁縫など好むわけがなかろう」
そう言った実能は、ふっと首を傾げて考え込んだ。そして、改めて堀河に問うた。
「どんな男だったか、もっと詳しく話して見てくれ」
「そうですね。とにかく奇妙な男でした。性格や振る舞いもその時々で違っていて、わたくしにもどれが本当のあの男なのかよくわかりませぬ。女のように嬉々として針を運ぶかと思えば、甘えた子供のように擦り寄って来るし。無口になったり、饒舌になったり。男なのか女なのか、大人なのか子供なのか、よくわからないようなところがございました。でも、決して悪い者ではございませぬ。心の優しい、可哀想な男でございます。とても、あの正盛殿が申されるような極悪非道な男では……」
堀河が必死になって言うと、実能は穏やか微笑んだ。
「どうやら、惚れた弱みだけではないようだな。確かに、この局にいた男は、そなたの言う通りだったのだろう」
「はい。だから、もしかしたら義親ではないのかも」
「いや、そうではあるまい。おそらく、その男は義親本人であるのだろう。顔はな」
「どういうことでございます?」
「義親を造った人物は、顔は義親自身の髑髏を使った。だが、義親の身体の部分は出雲にうち捨てられて手元にない。それで、足りない部分は、その辺の河原かどこかで死人の骨を拾い集めたのだろう。だから、様々な人間が入り混じっているような奇妙な男が出来あがった。裁縫が好きというのも、おそらく世話焼きの女の骨でもまじってしまったのだろうよ。そう言う意味では、あの男は義親ではあるが、義親ではない」




