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実能の方は、難しい顔をして呟いた。
「だが、困ったな。これでどうやら義親が鴨院の者たちに取り返されてしまったことはわかったが、こちらに引き渡せと言っても頷く相手ではない。それに、私は最初から摂関家と争うつもりはなかった。穏便に子細を明らかにし、災いの芽となる義親が偽者だということを、ただ証明できればそれでよかったのだ。だが、先程の正盛の様子では、ただでは済むまい。大きな騒ぎにならねば良いが。しばらくは、正盛の様子を探らせておかねばならぬ」
実能は長い間腕組みして考えていたが、やがて顔を上げて堀河に問うた。
「しかし、これは一体どういうことであろう。正盛の言うことが本当なら、義親が生きているはずはない。だが、この局にいた男は、本物の義親のように思える。果たして、これはどう考えたら良いものか」
堀河はしばらくの間、言おうか言うまいか迷っていたが、やがておずおずと実能の前に進み出た。
「実は、あの男には、奇妙なところがありました」
「奇妙なところ? それは何だ」
「信じていただけるかどうかはわかりませぬが……わたくしがこの局へ連れてきた時、あの男は左腕にひどい怪我を負っておりました。おそらく、二度と腕が使いものにならぬのではないかと思えるほどの惨い傷で。ところが、その傷がきれいに治ってしまったのでございます。それも、わずか三日で」
「まさか」
「それだけではございませぬ。あの男はこう申しておりました。自分は年を取らず、死ぬこともないと」
「そんな馬鹿な。不死身の人間など、この世におるはずがない」
「わたくしも俄かには信じられませんでした。でも、あの傷のことを考えると……」
実能はこめかみに指をあてて、しばらく考え込んでいた。
そして、やがて聞こえないような小さな声で呟いた。
「あの話は本当だったのだろうか……まさか、そんなことが。だが、それくらいしか説明がつかぬ……」




