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「女の子になるなど嫌だと申し上げたのに、実能様は無理矢理私にこんな物を着せたのですよ」
気がつくと、妻戸の前に桜子が立っていた。
邪魔になる長袴と汗衫の裾をたくし上げ、素足にはまだ土がついている。どうやら、外から上がってきたらしい。
桜子は実能の前に手を突いて一礼すると言った。
「すぐそこの北門の番兵の一人を捉まえて聞いて参りました。昨日の昼下がりに、見なれぬ荷車を引いた下人風の身なりの者が五人ほど、北門を通って行ったそうです。西の対の工人だと言うので、番兵はそのまま通したそうですが、帰りにはなぜかその荷車に大きな唐櫃を乗せていたそうで。工人が何ゆえ蒔絵のついた高価な唐櫃などをと、不審に思ったとか。その車は室町小路に出て、鴨院の方へ向ったそうです」
堀河ははっとして立ち上がると、屏風の後ろを覗いた。
よく見ると、几帳の陰においてあった唐櫃の一つが失せている。
実能もそれに気づいて言った。
「どうやら、義親をそなたの唐櫃に入れて、ここから連れ出したらしいな。太刀を持って行かなかったところを見ると、おそらくその者たちに太刀を奪われ、無理に唐櫃に押し込まれたのだろう」
そして、堀河に微笑みかけた。
「良かったな。義親はそなたを裏切ったわけではないらしい。鴨院の者たちに居所を見つけられて、無理矢理連れ去られたのだ。だが、どうして、我らより先にここがわかったのだろう。この御所には、摂関家に縁の者はいないはずだが」
堀河は以前この建物の角で鉢合わせした播磨のことを思い出した。
そのことを話すと、実能は言った。
「なるほど。忠実殿は近頃どこかの若い女房を愛妾にしていて、宇治に屋敷まで与えていると聞いていたが、それがあの播磨であったのかも知れぬ」
確かに、あの播磨ならやりかねない。
成り上がるためなら何でもする女だ。
それに、たとえ愛妾の一人とはいえ、相手は前関白。半物であった播磨にはあり得ないほどの出世なのだ。
少々の危ない橋は喜んで渡るだろう。
堀河は播磨がますます疎ましくなった。




