-47-
後に残された堀河と実能は顔を見合わせた。
やがて、実能は溜め息をつきながら言った。
「あのように正盛が息巻かせぬために、極秘に事を運ぼうと考えていたのに」
堀河は実能を慰めるように言った。
「実能様、何ゆえそこまでお気遣いなされておられるのですか。武将同士の争いなど、あの正盛殿に任せておけばよろしいではありませぬか」
深い苦悩の見える実能の顔を見て堀河が問うと、実能は疲れたように側の脇息に寄りかかりながら答えた。
「確かにそうだった。今まではな。これまで何度か義親だと名乗る者が現れたのは事実だが、それはいずれもこの京を遠く離れた東国での話だった。それに、白河院もご存命で、全てのことに睨みをきかせておられたのだ。だが、その白河院はお隠れになった。そして、義親は今度は京に現れた。それだけではない。実を言うと、その義親を忠実殿にわざわざ命じて匿わせているのは、鳥羽院ご本人であるという噂があるのだ」
「まさか、あのお優しげな鳥羽院が」
「確かに、鳥羽院は穏かなお人柄で、これまで問題になるようなお振る舞いをなさったことはない。だが、白河院に全ての権限を奪われ、帝でありながら内裏の飾り物に等しかった。何一つ御自分の思い通りに進めることが出来ない悔しさは、物心ついた時からずっと抱えておられただろう。特に、まだたった二十一歳で今上に無理矢理譲位させられたことに関しては、憤懣やるかたない思いを抱かれたに違いない。そこへ、昨年の白河院の崩御だ。鳥羽院はこの機に乗じて、白河院になりかわり院政を敷こうとなさっておられるのだよ。だが、それには必要なものがある。一つは、朝廷内でのゆるぎない権力。そして、もう一つは、財力に裏打ちされた強大な武力だ。古い力と新しい力。白河院は生前、その二つとも握っておられた。白河院は義親討伐で名を挙げたあの正盛を院の北面に登用し、伊勢平氏の武力と財力を一手に集めた。そして、十年ほど前、時の関白であった藤原忠実の内覧を停止し、父と対立していた息子の藤原忠通を関白にして味方につけた。そして、自らが全てに采配を振るって、あのゆるぎない院政を築き上げたのだった。もちろん、それらは白河院の遺言で、今も当然今上に受け継がれておる。今上は白河院の手中の珠だったからな。だから、鳥羽院が白河院の遺志に反して自ら権力を握るつもりなら、それらに対抗する勢力を味方につける必要がある。それは何だと思う?」
「朝廷内のことであるならば、今は白河院のために蟄居同然の状態にさせられている前関白藤原忠実殿。伊勢平氏に対抗できる武士団と言えば……」
「そう、河内源氏だ。河内源氏は東国をはじめ各地に広大な所領を持ち、呼応する武士の数も並大抵ではない。義家の死後内輪もめを起こしたこともあって、今はすっかり息を潜めているが、もし一つにまとまれば侮れぬ勢力になる。その旗印になる可能性があるのが、あの源義親だ。義親はいろいろと問題を起こしたが、武勇に秀でた雄々しい武将で、今でも慕う者が多いと聞く。正盛は、自分の功績を疑われるのが嫌なだけではなく、河内源氏が盛り返してくることを何より恐れているのだよ」




