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堀河ははっとして、獅子王を見た。
獅子王はまだ俯いたままで続けた。
「わしは、自分が一体何者なのかわからぬ。昔の記憶が何一つないのだ。親が誰なのか、どこで生まれたのか、何をして生きて来たのか、誰か身内がいるのか。何も思い出せない。気がついた時には、今と同じこの姿であった」
「同じ姿?」
「そう、わしは年を取らぬ。気がついてからもう二十年以上経つが、白髪一つ増えない」
「まさか」
「本当のことだ。それに、そなたも気づいておろう。わしは死なないのだ。どんなに酷い傷を負うても、いずれは癒えて傷跡すら残らない。それもほんの短い間でな。今まで何度か大きな怪我をしてきたが、いつもそうだった。わしは……何か恐ろしい化け物なのかもしれぬ」
そう言って、獅子王はちらりと哀願するような目で堀河を見た。そして、ぽつりと呟いた。
「そなた、わしが気味悪くなったであろう。わし自身ですら、そうなのだから」
堀河の頭は混乱していたが、ようやくこれだけは言えた。
「そなたは確かに、何か化生のようなものなのかも知れぬ。だが、悪いものではないように思う。だからと言って、そなたが何なのか、わたくしにもわからぬが」
「そう思ってくれるのか」
獅子王は少しだけ表情を和らげた。
そして、ずっと昔のことを思い出すように、小首を傾げて遠くを見つめながら、やがて言った。
「わしもそれが知りたかった。なぜ傷が治るのか、そもそも一体わしは何者なのか。それを長い間一緒にいた従者に何度も尋ねたが、何も教えてはくれなかった」
「従者? 連れがおったのか」
「ああ。気がついた時、わしは赤子同然での。自分が誰だかわからず、身の周りのことも何一つ出来なかった。その時から、わしの側には一人の男がおってな。その男がわしの面倒を何から何まで見てくれた。優しい男で、わしはどれほど世話になったことか。そして、その男に守られながら、わしはずっと旅をして生きて来たのだ」




