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局の妻戸を閉じ掛け金を掛けると、堀河はようやく安堵して、へたりとその場に座り込んでしまった。
やっとこれで一安心。
局の中にいれば、そう人目につくこともない。
堀河はしばらくしてまた気力を奮い起こすと、さっき牛飼い童から受け取った小さな紙燭の火を、局の二つの燈台に移してまわった。
そして、自分の帳台(注)の上に寝かされた男へ目をやった。
堀河の袿を頭からひき被った男は、まるで壊れた人形のように、がっくりと茵の上にくずおれている。
堀河はしばらく放心して男を眺めていたが、やがて深い溜め息をつくと帳台の中へにじり入り、血まみれになってもう使い物にならなくなった袿を男の身体から引き剥がした。
そして、その上に男を寝かせ、少し躊躇した後、苦労して男の着物を脱がせた。
下帯一つにした男の身体はあちこち傷だらけだった。
だが、幸いもう血は流れ出してはいないようだ。
堀河は局の角盥に残っていた水で、傷の一つ一つをあらため、こびりついた血糊を拭き清めた。
ところが、身体を裏返してみると、まだ背中に折れた矢の先が突き刺さっている。
堀河は途方に暮れたが、やがて覚悟を決めて目をつぶったままその矢を必死に引き抜いた。
左腕もかろうじてまだ胴体に繋がっているだけだ。
その目も当てられぬほどおぞましく潰れた男の左腕に、堀河は恐る恐る不器用に白布を巻いた。
一体、なぜ自分がこんなことをしているのだろう。
しかも、何の縁もゆかりもない見知らぬ男のために。
一体、何でこんな羽目に陥ってしまったのか。
そう恨み言を呟きそうになるが、関わりを持ってしまった以上、もう途中でほおり出すわけにもいかない。
堀河は黙々と男の手当てをし、長い時間かかってようやく終えると、自分の単を着せて茵の上に寝かせかえた。
男はさっきからまるで死んでしまったかのように動かない。
だが、そっと胸元へ耳を寄せてみると、かすかに鼓動の音がする。
何とかまだ生きてはいるようだ。
堀河は男に綿入れの夜具を着せかけると、疲れ果てた身体を引きずって帳台を出て、常の座にしている畳の上に倒れ臥した。
耳を澄ますと、遠くで微かな筝の琴の音がする。
待賢門院様の御座所のある寝殿では、今宵の管弦の宴はまだ続いているらしい。
女房たちがあらかたそちらに出払って局にいなかったのは幸いだった。
そうでなければ、きっと途中で誰かに見咎められただろう。
堀河はこの局まで男を連れてきた時の苦労を思い出した。
※注……帳台=周囲に帳をめぐらせた寝台。天蓋付きベッドのようなもの。茵はその上に敷く薄い敷き布団。