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堀河の胸に、自分でもよくわからない痛みが満ちた。
まるで、冷たい氷の海にゆっくりと窒息して沈んでいくような、そんな鈍く冥い痛みだった。
その痛みは、待賢門院の御幸が終わり三条西殿へ戻ってからも、堀河の胸を締めつけ苦しめた。
何と空しいことだろう。
心を尽くした想いも、狂おしいほどの官能も、ただ一時のこと。
思い出すら残らない。
待賢門院の御前を下がって自分の局に戻った堀河は、ひどく疲れ果てたような沈んだ気持ちで深い溜め息をついた。
じっと黙り込んだまま獅子王に話しかけもしない堀河に、獅子王はものわかりの良い夫のような口調で問うた。
「疲れたようじゃな。どうした? 何かあったのか」
堀河は獅子王の顔を見た。
思いやりの見える穏やかな笑顔だ。
堀河は少し獅子王に甘えて見たくなった。
「懐かしい顔を見たのだけれど……会わねば良かった」
「誰だ?」
無邪気に問う獅子王に、堀河はなげやりな口調で呟いた。
「源頼政」
それを聞いた獅子王は、わずかに眉をひそめた。
それを見逃さなかった堀河は獅子王に聞いた。
「頼政殿を知っておるのか」
獅子王はうろたえたように視線をさ迷わせたが、口ではきっぱりと言った。
「いや、知らぬ」
またいつものことだと、堀河は諦めた。
獅子王はどうやら武士らしいから、同じ武士の出の頼政ともどこかで会ったことがあるのかもしれない。
それでも、獅子王は頼政のことが気になるらしく、いつものように堀河の肩から重い唐衣を取り去りながら、さりげなく聞いた。
「頼政は、そなたの何だ」
堀河は少し意地悪な気持ちで答えた。
「昔の男に決まっておろう」
それを聞いた獅子王の手はぴたりと止まった。
堀河は不審に思って背後の獅子王を振り返ったが、獅子王はその視線を避けるかのように、堀河の唐衣と裳を持って屏風の陰に引っ込んでしまった。




