表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/125

-1-

ぎいぃ――、ぐしゃりっ――


嫌な音がした。


牛車が大きく傾いて、何かに乗り上げる。


脇息きょうそくに寄りかかって、がたごとと揺れる車輪の音を聞きながらぼんやりしていた堀河は、牛車から転げ落ちそうになって思わず前簾まえすだれにしがみついた。


一体何ごとが起こったのだろう。


牛車の揺れが収まると、堀河は自分がしがみついたせいで半ばはずれかかった簾の隙間すきまから、恐々外をのぞいた。


淡い月明かりの中でもそれとわかるほどに青ざめた牛飼い童の顔。


目を見開いて、唇をわなわなと震わせている。


童は堀河の顔を見ると、恐る恐る牛車の車輪の下を指差した。


車輪の下には何か大きな黒いものが横たわっている。


童が手に持っていた小さな松明たいまつをさし寄せた。


堀河は思わずひっという声をあげて、紅葉襲もみじがさねうちきの袖で眼を覆った。


それは血まみれの男だった。


牛のひづめにかけられてぼろぼろになった衣。


車輪が乗り上げた男の左腕は、牛車の重みで無残につぶれているようだ。


堀河の供をしてきた二人の舎人とねりも、倒れている男の側に立ちすくんだまま、途方に暮れて顔を見合わせているだけだった。


牛飼い童はしどろもどろになりながら言った。


「そこの暗がりから急に飛び出して来たのです。牛を急がせていたので、すぐに止まれなくて……」


何と言うこと! 


自分の牛車が人をいてしまったと聞いて、堀河は青ざめた。


そして、袿の袖の陰からまた恐る恐る牛車の下を覗いてみた。


松明の明かりに照らされた男ははなだ直垂ひたたれのようなものを着ており、烏帽子えぼしはどこかへ飛んでもとどりの切れた乱れた髪が顔を覆っている。


潰された左腕からは生々しく血が流れ、車輪の下に黒い水溜りを作っていた。


だが、よく見てみると、刀傷なのか鋭く切り裂かれた直垂のあちこちに血がにじんでおり、背中には折れた矢が一本深々と突き刺さっている。


牛車に轢かれた傷だけではないのか。


そう言えば、さっき通った堀河小路の辺りで、遠くに何か人の騒ぐような物音を聞いたような気がした。


武者同士の小競り合いでも起こったのだろうか。


あまり関わり合いにならぬ方が良いかも知れぬ。


堀河は震える声で牛飼い童に言った。


「まだ生きておるのか、確かめておくれ」


堀河に命じられて、童はそっと男の顔に自分の顔を近づけた。


と、見る間に牛飼い童はきゃあぁーと細い悲鳴を上げて飛びすさった。


暗闇の中で月明かりを浴びた男の瞳が黒々と光っている。


乱れた髪の隙間から濡れたような輝きが、車の中の堀河に向けられていた。


堀河は何かにとらえられたかのように動けなくなった。


男は口の端から血をらしながら、かすれた声でつぶいた。


「追われておる……どうぞ、おかくまいくだされ……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ